1. HOME
  2. World Now
  3. ナザルバエフ・カザフスタン大統領退任 ユーラシアの国際関係図はどう塗り替えられるのか?

ナザルバエフ・カザフスタン大統領退任 ユーラシアの国際関係図はどう塗り替えられるのか?

迷宮ロシアをさまよう 更新日: 公開日:
2015年10月に日本・カザフスタン・ビジネスフォーラムが開催された際に安倍総理をエスコートするナザルバエフ・カザフスタン大統領(右)(提供:ロシアNIS貿易会)

突然の辞任

3月19日の夜、何気なくツイッターのタイムラインを眺めていたら、「ナザルバエフ・カザフスタン大統領が辞任」というロイター電が目に留まり、頭の中が「?」のマークで一杯になりました。次第に続報が入り、事実関係は把握できたものの、「なぜ、このタイミングで、突然の辞任?」という驚きは収まりませんでした。

現在78歳のナザルバエフ氏は、カザフスタンがまだソ連邦の一構成共和国にすぎなかった1989年から、この国のトップに立ってきた重鎮です。カザフ独立後も一貫して権力を保持し、旧ソ連で最長の政権を築き上げてきました。

むろん、同氏が高齢の域に差し掛かるにつれ、その後継問題は、常にカザフスタン政治の重要テーマとなってきました。しかし、旧ソ連の多くの国では大統領職がほぼ終身制と化していることもあり、ナザルバエフ氏が最高位を退く時が間近に迫っているようには、とても思えなかったのです。現地の有識者やカザフ情勢に詳しい専門家の間でも、今回の辞任表明は驚きをもって受け止められたようです。

ただし、ナザルバエフ氏は引退するのではなく、大きな影響力を保持することになっており、「院政」との指摘もあります。法律上、ナザルバエフ氏には初代大統領として特別な地位が認められており、また政権与党「ヌル・オタン」党首や国家安全保障会議議長といった要職に留まることが決まっています。首都アスタナ市が、ナザルバエフ氏のファーストネームであるヌルスルタン市に改名されることが決まるなど、個人崇拝はかえって酷くなっている印象もあります。

ナザルバエフ退任に伴い、同国憲法の規定により、トカエフ上院議長が大統領に就任しました(次の選挙がある2020年までの期間限定の大統領)。トカエフ氏は、元々は職業外交官で、ナザルバエフ大統領の忠実な部下として様々な要職をこなしてきた人物です。そして、注目すべきことに、トカエフ氏の大統領就任に伴い空席となった上院議長には、ナザルバエフの長女であるダリガ・ナザルバエワが就任しました。

トカエフも、ダリガ・ナザルバエワも、以前からナザルバエフの後継者候補と噂されていた人物です。ナザルバエフ氏本人はすでに意中の後継者を決めているのか、仮に決定済みならそれは誰なのか、まだ誰にも分かりませんが、これから1年あまりは新体制へのソフトランディングを目指すカザフ政治の動きから、目が離せません。

ユーラシア地政学への影響

ナザルバエフ大統領は、国際的な影響力も大きい政治家です。そして、カザフスタンはユーラシア大陸の要衝に位置し、ロシアにとっても中国にとっても重要なパートナーです。鉄道輸送路などで、露中を連結する役割を果たしているのがまさにカザフであり、カザフなしでは中国の一帯一路構想も水泡に帰すと言って過言でありません。したがって、ただちに完全引退するわけではないにしても、ナザルバエフ氏が大統領の座から退くことは、この地域の国際関係力学にも小さからぬ影響を及ぼすことになりそうです。

中でも気がかりなのが、「ユーラシア経済連合」の行方です。これは、2015年に発足した経済同盟であり、現時点ではロシア、ベラルーシ、カザフスタン、キルギス、アルメニアの5ヵ国が加盟しています(上掲の地図参照)。ユーラシア経済連合は、直接には、ロシアのプーチン氏が2012年の大統領選に臨むにあたって、看板政策としてぶち上げたものです。しかし、元々のルーツを辿ると、ナザルバエフ大統領が1994年にモスクワ国立大学で行った講演でその構想を語っていたという事実があります。ナザルバエフ氏は、カザフスタン建国の父であるだけでなく、ユーラシア統合の創始者でもあるのです。

ロシアと中国という両大国に挟まれたカザフスタンは、その両方に対して、「我々を飲み込んでしまうのではないか」という警戒感を抱いています。それでも、やはり今日の国力では中国の方が圧倒的な強国です。カザフとしては、レベルが近く気心も知れているロシアの方が、より現実的な統合パートナーであるという計算がありました。

それ以外にも、カザフスタンはユーラシア経済連合に、いくつかの経済的な思惑を寄せていました。具体的には、自国の石油ガスをロシアのパイプライン経由で自由に欧州市場に輸出することや、ロシア等の企業が税率や規制の低いカザフスタンに移転してくるのではないかといった期待があったのです。

しかし、ユーラシア経済連合の盟主であるロシアは、石油や天然ガスといった自国にとって死活的な分野ほど、市場統合の例外扱いにし、共同市場の形成を先送りにしています。ロシアの石油ガス会社と同等の条件でロシアのパイプラインを利用できるようにしてほしいというカザフ側の希望は、今のところ聞き入れられていません。カザフが期待していたロシアからカザフへの企業移転ブームも、発生しませんでした。

ナザルバエフ氏を含め、独立カザフスタンのエリート第一世代には、「旧ソ連諸国の再統合は是である」という基本的な価値観がありました。しかし、ロシアのプーチン政権が、ユーラシア経済連合を自国の国益に沿って過度に政治化していることに対して、カザフスタン国民の不満は高まっているという指摘もあります。カザフでは今日、1991年末のソ連崩壊後に生まれた人々が人口の多数派になろうとしており、今すぐにではないにしても、今後政策の重点がユーラシア統合から主権重視へとシフトしていく可能性もありそうです。

最近では、ベラルーシのルカシェンコ政権もロシアへの不満を露にするなど、ユーラシア経済連合の求心力はとみに低下しています。ロシアとしては、プーチン政権が鳴り物入りで打ち出したユーラシア経済連合が瓦解するような事態はなんとしても避けなければならず、その意味でもカザフスタン新体制の行方を注視していることでしょう。