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ユーラシア経済連合創設から5年 目指したEUには遠く及ばず

迷宮ロシアをさまよう 更新日: 公開日:
2019年8月にキルギスで開かれたユーラシア経済連合の政府間会合の模様。 キルギスのジェーンベコフ大統領、ロシアのメドベージェフ首相(当時)、キルギスのアブルガジエフ首相(左から) =ロイター

EUに比肩する経済同盟を作るはずが

ユーラシア経済連合が、2020年1月1日をもって、設立から5周年を迎えました。

ただ、そう聞いても、何の話かピンとくる人は少ないかもしれません。ユーラシア経済連合は、同じ地域的な多国間の「連合」でも、欧州連合(EU)や東南アジア諸国連合(ASEAN)などと違って、日本の一般の方には、ほとんど知られていないでしょう。ロシア圏に関心を持っている人ですら、普段意識することは稀なのではないでしょうか。

ロシアのプーチン政権は当初、EUに比肩するような経済同盟を形成するという意欲を見せていました。しかし、大本命だったウクライナにフラれ、加盟国は思うように広がりませんでした。経済統合の中身を見ても、その成果は限定的です。その一方で、発足から5年の今頃になって、ユーラシア経済連合に接近する国も現れています。

そんなわけで、今回は5歳の誕生日を迎えたばかりのユーラシア経済連合について語ってみたいと思います。

設立に至る経緯

社会主義の超大国であったソ連邦は、1991年12月に崩壊し(その少し前にバルト三国はいち早く独立を達成)、12の独立国に分裂します。12ヵ国の最低限の調整の枠組みとして、独立国家共同体(CIS)という国際機構が設けられました。しかし、CISは残務整理的な意味合いが強く、「文明的な離婚」のための枠組みなどと言われました。

旧ソ連諸国が、経済統合や集団安全保障など、積極的な協力関係を築いていくためには、新たな取り組みが求められたのです。実際にも、ソ連崩壊後のCIS空間では、様々な再統合の提案がなされてきたのですが、利害も国情も異なる国々をまとめるのは容易でなく、実を挙げたものはほとんどありませんでした。

そうした中で、経済規模が相対的に大きく、発展水準も比較的高く、統合にも前向きなロシア・ベラルーシ・カザフスタンの3国が先行する形で、より踏み込んだ経済統合を推進するという方向性が出てきました。その結果成立したのが、2007年の3国による関税同盟条約です。3国関税同盟は2011年7月に全面的に始動し、域内では税関手続きが廃止されました。3国間では貨物がフリーパスで国境を通過できるようになり、「旧ソ連空間で初めて、経済統合が成果を挙げた」と高く評価されました。

これに気を良くして、さらに野心的な構想を掲げたのが、ロシアのプーチン氏です。プーチンは2011年10月4日付の『イズベスチヤ』紙に「ユーラシアにとっての新たな統合プロジェクト ―今日生まれる未来」と題する論文を寄稿。同年9月24日の「統一ロシア」党大会でプーチンが2012年の大統領選に出馬することが決まった直後の論文であり、来たる大統領選に向けてのマニフェスト第一弾と受け止められました。論文の中でプーチンは、3国の統合を今後さらに深化させ、その関係を「ユーラシア経済連合」へと、さらには「ユーラシア連合」へと発展させるという構想を語りました。

従来も「ユーラシア経済共同体」という枠組みはあったのですが、プーチンが「共同体」よりもさらに踏み込んだ「連合」という言葉を使ったのは、欧州連合(EU)に比肩する地域統合体を築いていくという意欲の表れでした。論文の中にあった「我々が提案しているのは、現代世界の極の一つとなりうる、しかもヨーロッパとダイナミックなアジア太平洋地域の効果的な『結節点』の役割を果たせるような、強力な超国家的統合モデルである」といったくだりには、プーチンの強い決意がうかがえました。

そしてプーチンは論文の中で、関税同盟に加わっていない他のCIS諸国にも、ユーラシア統合への参加を呼びかけています。名指しこそしていないものの、最も期待をかけていたのは、ウクライナの参加でした。それに関連して、論文では以下のように述べられています。「我々のいくつかの隣国は、それが欧州選択に反するという理由で、旧ソ連空間で推進されている統合プロジェクトには参加したくないとしている。これは、誤った二者択一であると思う。我々は誰とも絶縁しようとはしていないし、対立しようともしていない。ユーラシア連合は、単一の自由・民主主義・市場の法の価値観によって結び付けられた『大ヨーロッパ』の不可分の一部として、普遍的な統合原則で構築されるのだ」

ちょうどその頃、EUは旧ソ連の近隣諸国を対象に、「東方パートナーシップ」という政策枠組みを打ち出し、同諸国に「連合協定」の締結を呼びかけていました。かくして、プーチン主導のユーラシア統合と、EUの東方パートナーシップがせめぎ合うこととなります。ウクライナは、ロシアからの圧迫に耐え兼ね、いったんはEUとの連合協定を棚上げしたものの、それをきっかけに野党および市民による大規模な反政府デモが発生し、2014年2月の政変に至ります。新政権はEUと連合協定を締結、ウクライナを巡る東西地政学は西に軍配が上がり、ウクライナをユーラシア統合に巻き込むプーチン・プランは挫折しました。

むろん、本命のウクライナを逃したからといって、統合の歩みを止めるわけにはいきません。ロシア・ベラルーシ・カザフスタン3国の首脳は2014年5月29日、ユーラシア経済連合創設条約に調印しました。関税同盟をさらに進化させ、商品だけでなくサービス・資本・労働力の移動も自由化し、さらに経済政策の共通化も含めた本格的な経済同盟の形成を目指すというものでした。条約は3国の批准を経て、2015年1月1日に発効、ここにユーラシア経済連合が正式に発足します。翌2日にはアルメニアが加盟、同年8月12日にはキルギスも加盟し、これによりユーラシア経済連合は現在の5ヵ国の体制となったわけです。

仏作って魂入れず

このように、ユーラシア経済連合は、とりあえず5ヵ国という数は揃えたものの、ロシアが当初標榜していたEUに比肩するような本格的な存在には、今のところなっていません。2018年現在、世界経済全体に占めるEUのシェアは22%程度ですが、ユーラシア経済連合は約2%にすぎません。

しかも、ユーラシア経済連合の存在感も、大部分がロシアのそれに由来すると言って過言でありません。上の表にユーラシア経済連合全体と各加盟国のデータをまとめましたが、ユーラシア経済連合の人口の80%、国内総生産(GDP)の87%を、ロシアが占めています。国の経済発展水準を示す1人当たりGDPを見ると、ロシアとキルギスで9倍近い開きがあります。ロシアという突出した一国があり、それに中小国が寄り添うという構図こそ、EUやASEANといった他の地域統合枠組みと大きく異なる、ユーラシア経済連合の特徴です。これは、支配・従属の関係、支援・被支援の関係に陥りやすい図式と言えます。

ある地域の経済統合がどれだけ深まっているかを見る指標に、域内貿易比率というものがあります。たとえば、EU構成国であるドイツが他のEU諸国と行う貿易が域内貿易、それ以外の外国と行う貿易が域外貿易であり、前者の比率を見たのが域内貿易比率ということになります。EU全体では、域内貿易比率は6割前後に上っています。それに対し、2018年現在、ユーラシア経済連合全体の域内貿易比率は、輸出で10.9%、輸入で18.5%に留まっています。特に、ロシアのそれは輸出で8.6%、輸入で7.9%にすぎません。この域内比率の低さでは、何のために苦労して経済連合を作ったのか分かりません。

ユーラシア経済連合で域内貿易比率が低い主原因は、ロシアやカザフスタンの世界市場向け石油ガス輸出のボリュームが圧倒的に大きいことにあります。ベラルーシにしても、ロシアから輸入した原油を加工して石油製品をEU等の域外市場に輸出する産業が最大の稼ぎ頭です。こうした産業・貿易構造は、域内の分業ネットワークを発達させていく上で、不利なのですね。2015年にユーラシア経済連合が発足して以降、域内貿易比率が顕著に高まっている様子もありません。

さらに問題なのは、ユーラシア統合のリーダーであるはずのロシアが、石油や天然ガスといった自国にとって死活的な分野ほど、市場統合の例外扱いにしていることです。現時点で、ユーラシア共同石油市場、共同ガス市場の発足は、2025年になるとされています。EUが石炭・鉄鋼という戦略物資の共同管理を統合の出発点としていたことを想起すると、ユーラシアにおける共同石油・ガス市場の先送りは、「統合の骨抜き」の誹りを免れないでしょう。

それでも接近してくる国々

このように、ユーラシア経済連合は、本命のウクライナには逃げられ、加盟国も増えず、統合も思うように深まらないと、パッとしない状況にあります。オリジナル3の間ですら不協和音が目立ち、特にロシアへの不満を募らせるカザフスタンについてはユーラシア経済連合からの脱退(BrexitならぬKazakhexit)もありうるのではないかといった話も持ち上がっています。

しかし、意外なことに、ここに来てユーラシア経済連合への接近の動きを見せる国も出てきました。たとえば、2014年にEUと連合協定を締結し、もう地政学的帰属が決着したかに思われたモルドバでは、国内の腐敗と反動から親EU路線が失速し、親ロシア派のドドン大統領の主導で2018年5月にユーラシア経済連合のオブザーバー国となっています。同国については先日のコラム「モルドバ・バトルロイヤル 欧州最貧国で何が起きているのか?」で論じたとおりで、今年の選挙結果次第では、ユーラシア経済連合に正式加盟といった展開になることも考えられます。

モルドバは貧しい小国なので、ユーラシア統合への参加に舵を切ったとしても、実質的な影響はそれほど大きくありません(EUのパートナー国が一つ脱落するわけで、政治的には物議を醸しそうですけれど)。それに対し、中央アジア最大の人口を誇るウズベキスタンがユーラシア経済連合加盟に踏み切ったとしたら、かなり大きなインパクトがあります。同国は、もともとは独立独歩の路線を歩んでいましたが、2016年にミルジヨエフ政権が成立すると改革開放に方向転換し、2019年秋にはユーラシア経済連合加盟を検討していることが明らかになりました。

だいぶ毛色の異なる話題として、イランの動きがあります。ユーラシア経済連合とイランの間では、2018年5月に暫定自由貿易協定が締結されました。そして、イランはそれに飽き足らず、ユーラシア経済連合の正式な加盟国になることに前向きな姿勢を示し始めたのです。ユーラシア経済連合は、旧ソ連諸国の結集を想定した統合機関であり、実際に現加盟5ヵ国もすべて旧ソ連諸国。もしもイランの加盟などということになったら、まったく新たな事態です。

米国主導で国際社会から厳しい制裁を科せられているイランを、万が一、ユーラシア経済連合がメンバーとして迎え入れたら、既存の加盟国にも制裁の害が及びかねません。いかにプーチンが米国との地政学的な対立にのめり込んでいても、さすがにユーラシア経済連合をそのゲームのカードに使ったりはしないでしょう。筆者としても、ユーラシア経済連合が純粋に経済同盟として発展していってほしいと願うばかりです。