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裏目に出るプーチン戦略 3つの誤算からロシアの苦境を読み解く

迷宮ロシアをさまよう
プーチン大統領とメドベージェフ首相=ロイター

大きな破綻なく2018年を乗り切ったが…

大統領選挙に、FIFAワールドカップ(W杯)と、2018年はロシアが世界的な注目を浴びた1年でした。筆者はロシア専門家であり、なおかつサッカーファンなので、2018年のロシアは一体どんな感じになるのだろうかと、何年も前からずっと想像を巡らせていました。終わってみれば、プーチン大統領は高得票率で再選を決め、W杯も成功を収めました。プーチン体制のロシアは、試練の2018年を、大きな破綻なく乗り切ったと言えそうです。

しかし、つぶさに見てみれば、ロシアの内実はまさに内憂外患。今回のコラムでは、年頭に当たり、去年1年間のロシアを振り返りつつ、「3つの誤算」という観点からロシアの苦境を読み解いてみたいと思います。

1の誤算 スポーツによる国威発揚がアダに

石油価格の高騰を受け、ロシアは2000年代に入り高度成長に転じました。財源的な余裕が生じたことから、国際的な大イベントを開催して、それをさらなる経済発展や国威発揚に繋げようという動きが強まりました。その中でも、特に重視されたのが、スポーツ大会の誘致です。2013年夏季ユニバーシアード・カザン大会、2014年ソチ冬季五輪、そして2018年サッカーW杯ロシア大会の開催が、相次いで決定しました。

しかし、そんな矢先に、ロシアのスポーツ界に衝撃が走ります。ウィンタースポーツがお家芸のはずのロシアが、2010年のバンクーバー冬季五輪で、金メダル3つに終わったのです。これは、ソ連時代、新生ロシア時代を通じて、最低の記録でした。この結果に、当時首相だったプーチン氏は怒りを露わにし、4年後のソチ冬季五輪でのロシア選手団躍進を厳命したと言います。プーチン氏の直接的な関与のほどは不明ながら、これをきっかけに、ロシアは国ぐるみの組織的なドーピングに手を染めていったと考えられています。

なりふり構わない強化策は、20142月のソチ冬季五輪での成績に直結しました。自国開催のソチ五輪で、ロシアは金13、銀11、銅9とメダルラッシュに沸き、国別のメダルランキングでトップに立ちました。翌3月にロシアはウクライナ領クリミアを併合し、国民のプーチン大統領に対する支持率が急上昇したのは有名な話ですが、実はその直前のソチ五輪の成功もプーチン株の上昇に一役買っていたのです。

しかし、しょせんは薬物の力を借りた躍進であり、ロシアは代償を支払うことになります。その後発覚したドーピングを理由に、ロシアはソチ五輪で獲得したメダルのうち、金2、銀2を剥奪されました。2016年のリオデジャネイロ夏季五輪では、ロシアは陸上、重量挙げでは出場を全面的に排除され、水泳、自転車、レスリングなどについても一部選手の参加資格が取り消されました。

そして迎えた2018年。2月の平昌冬季五輪で、ロシアは2年前のリオよりもさらに厳しい処分を下されることになります。リオの際に国際オリンピック委員会(IOC)は、ロシア選手の参加可否の判断を各国際競技連盟に委ね、ロシアとの全面対決を避けた格好でした。それに対し、平昌でIOCは、国としてのロシアの参加を認めず、ドーピング違反や薬物検査歴のないことが確認されたロシア選手のみ個人資格での五輪参加を認めるという裁定を下しました。金メダルを獲得しても、掲揚されるのはロシア国旗ではなくオリンピック旗であり、流れるメロディもロシア国歌ではなくオリンピック賛歌です。

こうして、ロシア選手が厳しい視線にさらされた平昌冬季五輪。これほどの逆風の中で、「ロシアからの五輪選手(OAR)」が男子アイスホッケーで劇的な優勝を遂げたこと、女子フィギュアでザギトワ選手とメドベージェワ選手がワンツーフィニッシュを果たしたことは、ある意味で感動的でした。とはいえ、ロシアのスポーツと言えばスキャンダラスな部分ばかりがクローズアップされてしまい、「スポーツによりロシアの威信を示そう」というプーチン戦略は完全に裏目に出たと言えます。

20186-7月のサッカーW杯に向けても、欧米とロシアの対立、ドーピング問題が尾を引き、大会が無事に開かれることを危ぶむ声が直前までありました。実際に開催された大会は素晴らしいもので、地元ロシア代表の快進撃も胸を打つものがありました。しかし、本来であれば世界とロシアの距離をもっと縮めてくれるイベントになったはずなのに、政治対立やドーピング問題でケチがついてしまったことは、残念でなりません。

プーチン大統領と記念撮影する平昌五輪金メダルのアリーナ・ザギトワ(左)と銀メダルのエフゲニア・メドベージェワ(右)=ロイター

2の誤算 ヨーロッパと一体の経済空間を築くはずが

5年前に生じたウクライナ危機以降、ロシアと欧米の反目が続いています。しかし、ロシアは欧米と対立したくてしているのではありません。ロシアは、宿敵アメリカとの関係は別として、少なくとも大陸ヨーロッパとは上手くやりたいと思っているのです。

ロシアと欧州連合(EU)は1990年代から、「リスボンからウラジオストクに至る大ヨーロッパの共通経済空間」を形成するという理念を表明し合ってきました。つまり、大西洋に面したポルトガルから、太平洋に面したロシア極東までの、EUと旧ソ連諸国を網羅した大経済圏ということです。プーチン政権にしても、その究極の目標を完全に取り下げてしまったわけではありません。

ただし、ソ連崩壊後の混乱期と、2000年以降のプーチン体制とでは、ロシアの戦略が変化しているのは事実です。1990年代のエリツィン大統領の時代には、ロシアはEUをはじめとする欧米諸国の支援を仰ぐ身であり、欧米主導の国際秩序に順応するという立場でした。それに対し、プーチン政権の下では、国際場裏における自立的な主体として振る舞おうとする志向が強まりました。

2010年代になると、ロシア経済の多角化・高度化が課題になる中で、ロシアとしては自国の製造業および農業への打撃が大きいEUとの共通市場形成を急ぐよりも、まずは旧ソ連諸国を糾合して地域市場を形成し、そこにおいて自国の産業競争力を高めようという方向性が出てきました。その上で、より質的に高く規模的に大きな経済を備えた後に、より対等の立場でEUと共通経済空間を形成すべきだという考え方が強まったのです。

ロシアのこのような政策路線の中で、鍵を握ったのがウクライナでした。むろん、ロシアにはウクライナを自国の勢力圏と見る抜きがたい発想がありますし、両国は民族・言語・宗教などの紐帯で結ばれています。ただ、そうしたことを別にして、純粋に経済的に見ても、ウクライナはプーチン・ロシアにとって是が非でも統合プロジェクトに加えたいパートナーでした。ウクライナは旧ソ連諸国の中でロシアに次いで人口・市場規模が大きく、ロシアとウクライナの企業間には密接な分業・供給関係があったからです。

プーチン政権はウクライナに対し、ロシアの主導する関税同盟(後の「ユーラシア経済連合」)に加入するよう、アメとムチを使って圧力をかけ続けました。いったんはそれが実り、ヤヌコービチ・ウクライナ大統領は201311月にEUとの連合協定交渉を棚上げして、ロシアとの提携に傾きました。元々、ウクライナ国民は汚職まみれのヤヌコービチ大統領に愛想を尽かしていましたが、そのヤヌコービチがプーチンと結託したということで、国民の怒りが爆発します。これが、20142月のヤヌコービチ政権崩壊、その後のロシアによるクリミア併合、ドンバス紛争へと繋がっていったわけです。これ以降、欧米とロシアが経済制裁を応酬する異常事態が続き、ロシア・ウクライナ関係も悪化する一方です。

何という皮肉でしょうか。リスボンからウラジオストクに至る大ヨーロッパ経済圏を構築するという究極の目標においては、ロシア、EU、ウクライナと、各当事者の利益は基本的に一致しているはずです。にもかかわらず、EUとロシアの間でその条件、主導権、手順を巡って思惑のずれが生じ、むしろウクライナ危機という未曽有の地政学的危機を招来してしまったわけですから。

ウクライナ軍と親ロシア派の戦闘で被害を受けた建物の前に立つ女性=2017年2月、ロイター

3の誤算 高度成長が一転して低成長に

2000年代にロシアは、BRICs(ブラジル、ロシア、インド、中国)の一角として、世界の成長を牽引する存在になると見られていました。プーチン政権自身も、当時は「10年間で国内総生産(GDP)を倍増させる」という意欲的な目標を掲げていました。

ところが、ロシア経済は2008年のリーマンショックで大打撃を受け、その後、一定の回復は遂げたものの、成長が力強さを欠くようになります。ロシアの政策担当者たちは、エネルギー・資源輸出に偏重した既存の経済モデルには限界があり、ロシア国家・経済の近代化が必要だと考えるようになりました。産業構造の高度化と多角化、ビジネス環境の改善を通じた投資の活性化などが、課題として浮上します。すでに述べた、ウクライナなどの周辺国を巻き込んでユーラシア経済連合を形成するという構想も、決して大国主義的な野心だけから出てきたわけではなく(そのような野心があったことは否定しませんが)、経済高度化に向けた布石という意味合いもあったのです。

しかし、ウクライナ危機後の5年間で、ロシア経済を取り巻く状況は一変しました。地政学的な危機が続く中で、低成長が常態化し、ロシアからの資本逃避が続いています。また、当初、直接的な影響はそれほど大きくないと考えられていた欧米による対ロシア制裁が、金融面で威力を発揮し始め、年を追うごとにボディーブローのように効いてきました。特に、トランプ政権成立後のアメリカが、気まぐれに対ロシア制裁を打ち出すようになり、2018年はロシアにとってずっとアメリカの追加制裁に怯えて過ごす年になりました。

20185月に4期目の政権をスタートさせたプーチン大統領は、「(2024年までに)ロシアを世界の5大経済大国の1つにし、世界平均を上回るテンポで経済を成長させる」という目標を表明しました。ちなみに、現時点の世界平均の成長率は3.7%程度と見られていますので、ロシアも少なくとも3%台の成長を実現しなければ、世界平均に追い付けません。

現実には、ロシア政府の公式経済見通しによると、2018年の成長率は1.8%、2019年も1.3%に留まると見られています。ロシア政府は、構造改革が実り2021年以降は3%台の成長に移行するとの見方を示しているものの、これは「予測」というより「願望」に近いと言わざるをえません。今のロシアの潜在成長率はせいぜい1.5%程度というのが、ロシア内外のコンセンサスになりつつあります。

ロシアはこの難局を、「強い国家」で乗り切ろうとしています(困った時のロシアの伝統ですね)。政策の重点は、投資環境の改善を通じた民間投資の促進から、国の主導によるインフラ投資にシフトしています。また、政府は産業育成、輸出促進、地域振興に向け、様々な施策を講じようとしています。ただ、ロシア企業や、ロシアでビジネスをしている外国企業に言わせれば、「政府はそんなに頑張らなくてもいい。そんなことより、欧米との関係を修復して、制裁という足枷から早く解放してくれ!」というのが本音なのではないでしょうか。