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モルドバ・バトルロイヤル 欧州最貧国で何が起きているのか?

迷宮ロシアをさまよう
モルドバの首都キシナウにある国立博物館の展示(撮影:服部倫卓)

旧ソ連で唯一ラテン系の国モルドバ

日本で「モルドバ」という国名を言っても、その位置やお国柄についてすぐにイメージが浮かぶ人は、多くないでしょう。モルドバは1991年暮れのソ連邦崩壊に伴って誕生した新興独立国の一つであり、下の地図に見るとおり、ウクライナとルーマニアに挟まれた内陸国です。なお、「沿ドニエストル共和国」というロシア語系住民による分離主義地域を抱えており、地図ではその部分が薄い緑になっています。

2004年に実施された国勢調査によれば、モルドバの全人口338万人のうち、民族的なモルドバ人が75.8%を占め、以下ウクライナ人8.4%、ロシア人5.9%、ガガウス人(キリスト教の正教を信奉するトルコ系民族)4.4%などと続きます。モルドバ人というのは、お隣のルーマニア人と同系統の民族であり、ラテン語系のルーマニア語を話し、その多くがキリスト教の正教徒です。首都は、人口69万人ほどのキシナウ。

日本でモルドバが一般の話題に上ることは、まずありません。オリンピックでモルドバのアスリートが活躍するといったことも、ほとんどありませんしね。強いて言えば、「ノマノマイェイ」という歌詞がクセになる「恋のマイアヒ」をヒットさせたO-Zoneが、モルドバ出身であるという話題くらいでしょうか。

「欧州最貧国」と呼ばれて

もう一つ、国際情勢、ヨーロッパ地域のことにある程度お詳しい方であれば、「モルドバは欧州最貧国である」というのを聞いたことがあるかもしれません。

下図では、旧ソ連12ヵ国の経済データを比較しています。一般的に、国の経済発展水準を比べるために用いられることが多い指標は、国民1人当たりの国内総生産(GDP)であり、その数字を縦棒で示しています。また、旧ソ連諸国では、貧しい国ほど国民が国外に出稼ぎに出て、彼らが本国にもたらす個人送金によって経済が成り立っている度合いが強いので、個人送金の対GDP比を折れ線で示してみました。

今回の主役であるモルドバの1人当たりGDPは、この中では最下位ではありません。ただ、タジキスタン、キルギス、ウズベキスタンは欧州ではなくアジアに属す国々です。一方、欧州系の国の中では、ウクライナの1人当たりGDPがモルドバのそれよりもわずかながら低くなっています。これは、ここ数年でウクライナに生じた経済的落ち込みと為替下落が原因であり、決してモルドバが盛り返したというわけではありません。言うまでもなく、ここに名前のない西欧・中欧諸国は経済水準がはるかに高いわけで、モルドバが(現時点ではウクライナと並んで)欧州最貧国であるという事実が確認できます。

中央アジアのタジキスタン、キルギスといった国は、国外出稼ぎ労働への依存度が、世界的に見てもきわめて高い国です。そして、農業と食品加工産業を除くと、国内にこれといった産業のないモルドバも、外国からの個人送金がGDPの16.2%に上っており、非常に高い出稼ぎ依存度となっています。

最貧国から巨額のカネを巻き上げた男がいた

このように、モルドバは貧しい小国ですので、遠い日本で注目を浴びることが少ないのも、やむをえません。

ところが、筆者のような、モルドバに強い愛着と関心を持っている者にすら、モルドバの政治は非常に理解しづらい代物です。普通は、保守VS革新とか、親欧米VS親ロシアとか、その国の政治を見る上での軸というものがあるはずなのに、モルドバの場合はどうもそういう安定した軸が見当たりません。国が小さい割には変化が目まぐるしく、1年くらい目を離していて、久し振りに情報を収集すると、別世界のようになっていることもあります。

この11月に、モルドバではサンドゥ首相率いる内閣が退陣に追い込まれ、キク首相を首班とする新内閣が成立しました。サンドゥ首相は、ACUMという欧州志向の改革派勢力を率いる聡明な女性リーダーです。その親欧米派のACUMが、バリバリの親ロシア派である社会主義者党と連立を組み、今年6月に成立したのがサンドゥ内閣でした。当初から「半年も持たない」などと指摘されていた無理な組み合わせであり、案の定、短命に終わったわけです。そもそもなぜ、6月に呉越同舟のような内閣が成立したのでしょうか。そして、いったん成立したはずの野合が、5ヵ月あまりで崩壊してしまった原因は何でしょうか。

順を追って説明しますと、モルドバでは今年2月24日に総選挙があり、社会主義者党が35議席、民主党が30議席、ACUMが26議席、残りが10議席という結果に終わりました。定数が101ですので、何らかの連立を組まなければ多数派が形成できません。しかし、三つ巴の連立交渉は難航を極め、ようやく期限ぎりぎりの6月8日に社会主義者党とACUMが連立協定にこぎ着け、サンドゥ内閣が成立したのでした。

その際に、路線が異なる社会主義者党とACUMを結び付けたのは、民主党と、そのリーダーであるプラホトニューク氏による支配体制に終止符を打たなければならないという危機感でした。プラホトニュークというのはモルドバを代表するオリガルヒ(政商)であり、大統領や首相への就任経験こそないものの、過去数年続いてきた民主党を中心とした政府の実質的な最高実力者でした。プラホトニュークは次第に権力をほしいままにするようになり、「世紀の窃盗」と呼ばれる犯罪行為で、欧州最貧のこの国から巨額の資金を巻き上げたのです。政策路線が正反対の社会主義者党とACUMが手を組まざるをえないほど、プラホトニュークの専横は目に余るものだったということです。

多数派工作で敗れて以降も、民主党は、すでに手なずけていた憲法裁判所に「連立は無効」と宣言させたり、社会主義者党とACUMの議員を議事堂に入れないようにしたりと、ありとあらゆる妨害工作を試みました。プラホトニュークは、親欧米路線を採っていれば、EUや米国が支援してくれるはずだと、過信していたようです。しかし、もともとプラホトニュークを敵視していたロシアだけでなく、この時点でEUや米国も同氏を見限り、国際的なプラホトニューク包囲網が完成しました(近年の国際政治で欧米露が足並みを揃えた稀有な事例に)。6月14日に米国の駐モルドバ大使がプラホトニュークと面談し、政権を明け渡すよう通告すると、彼はその足で空港に向かい、国外に逃亡しました。

明るい話題が少ないモルドバだが、最近同国名産のワインの魅力が知れ渡り、日本のネット通販などでも手軽に買えるようになったのは嬉しい(撮影:服部倫卓)

来年は大統領選挙

上述のように、異なる路線同士の連立は半年も持たず、社会主義者党が離反したことで、11月14日に議会でサンドゥ内閣不信任案が可決されました。同日、社会主義者党と民主党の支持により、キク新内閣が成立。キク新首相は、かつて民主党政権で蔵相を務め、最近ではドドン大統領の経済顧問を務めていた人物です。

ただ、社会主義者党とACUMの亀裂をもたらしたのは、左右や東西といった政策路線の違いというよりは、政治腐敗の問題と、それに関連した司法改革についての立場の隔たりだったようです。国内政治の浄化を進めたいサンドゥ首相は、司法改革を徹底しようとし、その一環として、検事総長を首相が任命する制度変更を狙いました。しかし、プラホトニュークなき後、国内の利権を掌中に収めつつあった社会主義者党にとって、それは不都合でした。もともと利権体質の権化である民主党がそれに同調し、サンドゥ内閣を退陣に追い込んだというのが真相のようです。

筆者は、モルドバの一連の政局を眺めていて、「これって、何かに似ているな。そうだ、プロレスの、『バトルロイヤル』だ」との結論に至りました。周知のように、バトルロイヤルというのは、多くのレスラーが同時にリングに上がり、入り乱れて戦う試合です。そこには様々な思惑や作戦が渦巻き、まず皆にとって厄介なAを潰すためにBとCが協力したりするけれど、次にはBを潰すためにCとDが組むとか、目まぐるしい合従連衡が繰り広げられるわけです。

それと同じように、モルドバの政治では争点や友敵関係が常に流動的です。今年6月には「反プラホトニューク」で社会主義者党とACUMが組みましたが、11月にはサンドゥによる行き過ぎた政治浄化に反発して社会主義者党と民主党が組みました。当然、親欧米VS親ロシア、右派VS左派という対立軸が前面に出ることもありますし、憲法体制が争点になることもあります。

モルドバでは、2020年秋に大統領選挙が予定されており、前回の大統領選と同様、社会主義者党の(公式的には無所属ですが)ドドン現大統領と、ACUMのサンドゥの一騎打ちになりそうです。その場合、今度の主たる対立軸は、親ロシア(前者)か親欧米(後者)かという東西地政学になる可能性が高いかもしれません。民主党の残党は、路線的には親欧米ですから、今度はサンドゥ支持に回るのでしょうか。バトルロイヤルはまだまだ続きます。