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度々の逮捕、毒殺未遂…不屈の精神「プーチンが最も恐れた男」ナワリヌイ氏の光と影

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野党指導者たちの会合に出席するアレクセイ・ナヴァーリヌイ氏
野党指導者たちの会合に出席するアレクセイ・ナヴァーリヌイ氏=2012年1月、モスクワ、関根和弘撮影

映画「ナワリヌイ」の予告編

日本のメディアでは表記ルールから「ナワリヌイ」としているが、私にとってなじみが深く、原音に近い「ナヴァーリヌイ」を使いたい。

私が初めて取材現場でナヴァーリヌイ氏と接触したのは2012年1月末のことだ。ロシアでは当時、かつてないほど反政権運動が盛り上がっていた。

発端はこの2カ月前に実施された下院選だった。政権与党「統一ロシア」がらみの大規模な不正疑惑が浮上し、党の官僚的な体質や腐敗ぶりに対する長年の不満も相まって国民の怒りが爆発した。

さらに国民を落胆させたのは、プーチン氏の後を継いだ大統領メドベージェフ氏だった。

彼はプーチン氏より一世代若く、リベラル的な考えを標榜していた。ロシアを欧米のような民主主義国家にしてくれるだろう、と国民は期待していた。だが、実際にはそうはならなかった。

それどころかこの年の3月に迫っていた次の大統領選でプーチン氏を後継者に指名し、「強権政治」に逆戻りする道筋を開いた。メドベージェフ氏は結局、プーチン氏の忠実なる側近でしかなかったことが明らかになると、国民の失望は大きかった。

反政権運動に参加したのは、モスクワなど都市部の中間層だったが、主導したのは複数の野党勢力だった。欧米流のリベラル派や過激な民族主義グループなど、言ってみれば「左」から「右」までが「反プーチン」の一点で大同団結した。

運動で中心的な役割を果たしたのは、エリツィン政権下で第一副首相を務めたボリス・ネムツォフ氏や元チェス世界チャンピオンのガルリ・カスパロフ氏、ロックミュージシャンのユーリ・シェフチェク氏、小説家のボリス・アクーニン氏といった著名人だった。だが、彼ら以上に注目されていたのがナヴァーリヌイ氏だった。

ナヴァーリヌイ氏は、ほかの野党指導者のように路上で人々を大量動員するわけではなかったが、大学で身につけた法律や金融、財務の知識と、起業や少数株主、弁護士活動といった実務経験の双方を生かし、国営大企業の不正を調べてはブログで「告発」していた。

そんな活動はやがて、「政治とカネ」をめぐる汚職問題の追及へと発展した。2010年に市民団体「ロスピル」を設立し、ネットを駆使して情報を収集して国家予算の横領などを調査した。

ロシア語で金を切り取るニュアンスがある「ラスピル」と、「ロシア」を表す「ロス」を組み合わせたネーミングで、ロゴもロシアの国章「双頭の鷲」にのこぎりをあしらった。皮肉とユーモアに満ちていた。

汚職そのものに焦点を当て、データとファクトで不正を暴くナヴァーリヌイ氏のやり方は実にうまかった。

そもそも汚職はロシア社会ではびこっており、人々にとってとても身近な問題だった。

もちろん、汚職は政治家や権力者の腐敗とつながっているのだが、ほかの野党指導者のように教条的な権力批判をしなかったのも支持を集めることにつながった。

ソ連崩壊後の混乱期、ロシアでは一部政治家やオリガルヒ(新興財閥)らによる権力の「私物化」が繰り返された。そうした中、権力側だろうが野党だろうが、政治を語る人たちへの「うさんくささ」が社会で募った。

こうしてネットで知名度を上げてきたナヴァーリヌイ氏がリアルでも幅広く知られるようになったのが、冒頭で紹介した下院選後の反政権運動だった。

統一ロシアを揶揄した彼の言葉「詐欺師と泥棒の政党」は、たちまち運動のスローガンの一つとなった。

野党勢力の各指導者が集まる会合でも、彼は異彩を放っていた。考え方の違う指導者たちが時に利害をぶつけ合う中、「我関せず」といった感じでスマホをいじる姿が目立った。

野党指導者たちの会合に出席するナヴァーリヌイ氏(手前左)。しきりにスマートフォンをチェックしていた
野党指導者たちの会合に出席するナヴァーリヌイ氏(手前左)。しきりにスマートフォンをチェックしていた=2012年1月、モスクワ、関根和弘撮影

報道陣にも素っ気なかった。私自身、事前に取材を申し込んでも反応がなかったり、現場で声をかけても軽くあしらわれたりした。

「政治闘争」やメディア対応よりも、ソーシャルメディアを通じてユーザーたちとコミュニケーションすることの方を重視しているようだった。

数万人規模で連日集会が繰り広げられたこの運動は結局、プーチン氏が大統領に復帰したことで尻すぼみになっていった。路線の違う複数のグループが反プーチンというスローガンだけで集ったにすぎず、必然の成り行きだった。

野党勢力に対する失望が広がるのとは逆に、ナヴァーリヌイ氏の存在感は高まり、2013年にはモスクワ市長選に出馬した。だが投開票日の2カ月前、不可解な出来事が起きる。

反政権集会に参加するナヴァーリヌイ氏
反政権集会に参加するナヴァーリヌイ氏=2012年5月、モスクワ、関根和弘撮影

ナヴァーリヌイ氏が、ロシアの地方都市にある国営企業に不利な契約を結ばせて損害を与えたとして、巨額財産横領罪で実刑判決を言い渡されたのだ。

事件をめぐっては地元の捜査当局が立件を断念していたが、国の捜査機関が再捜査を宣言し、急展開した。

選挙直前になっての動きだっただけに、捜査の動機は出馬妨害だったとの臆測を呼んだ。だが、ナヴァーリヌイ氏は上訴によって裁判を継続させ、立候補も実現した。

結果は、プーチン政権の支持候補に敗れはしたが、次点に食い込む健闘ぶりだった。手応えを感じた彼は2016年、次期大統領選(2018年)に立候補することを正式に発表。選挙戦用の公式サイトをオープンした。

「本業」の活動も切れ味は鋭かった。2017年、政権中枢のメドベージェフ氏の大々的な調査結果を発表した。

汚職調査基金「汚職との戦い」(2011年に設立)のメンバーたちと暴いたのは、メドベージェフ氏が他人名義の豪華な別荘やヨット、ブドウ園などを国内外に多数保有している疑惑だった。

メドベージェフ元大統領に関する汚職疑惑を「告発」する動画=ナヴァーリヌイ氏のYouTube公式チャンネル

YouTubeにアップした動画は4500万回超再生される反響ぶりだった。メドベージェフ氏は「私や知人、さらには聞いたこともない人たちについてのくだらないことや戯言を拾い集めた、まるでフルーツミックスのようだ」と完全否定したが、国民の支持を失った。

権力の不正追及を推進力にしながら政治活動を展開してきたナヴァーリヌイ氏だったが、結局大統領選には出馬できなかった。巨額財産横領事件の差し戻し審で、再び有罪判決(執行猶予付き)が言い渡され、それを理由に中央選挙管理委員会が立候補を禁じたのだ。

ナヴァーリヌイ氏が立候補できたとしても、プーチン氏の勝利は揺るがなかったかもしれない。選挙の4年前、ウクライナ領のクリミア半島を一方的に編入宣言したことがロシア国民から「実績」として評価され、支持率は高かったからだ。

だが、判決が立候補の届け出直前というタイミングに、プーチン政権に対し、ナヴァーリヌイ氏や欧米から非難の声が上がった。

その後、ナヴァーリヌイ氏は命まで狙われる。2020年、西シベリアの地方都市トムスクからモスクワに向かう飛行機の中で、ナヴァーリヌイ氏が意識不明の重体となる。

オムスクに緊急着陸して病院に搬送されたが、ここでの治療を信頼できなかった親族や仲間たちの要望でドイツの病院に移送された。検査の結果、血液からソ連、ロシアで製造されてきた神経剤「ノビチョク」系の毒物が見つかったと発表された。

ロシアではプーチン氏が権力の座に就いて以降、政治家やジャーナリストが謎の死を遂げることが相次いでいる。しかも検出されたノビチョク系の毒物は民間で作ることは困難で、国家の関与が疑われた。

容体が回復したナヴァーリヌイ氏は反撃に出た。一般公開されている情報を幅広く集めて分析する「オシント(OSINT=open-source intelligence)」の手法を採る調査報道機関「ベリングキャット」(本部・イギリス)とともに、毒物を盛ったのがロシアの情報機関、連邦保安局の当局者だった疑いがあることを突き止めた。

ナヴァーリヌイ氏は療養先のドイツから関与が疑われる人物たちに電話。自ら当局者を装い、彼らから情報を引き出そうとした。そのうちの1人はナヴァーリヌイ氏の偽装にだまされ、計画を明かした。

ちなみに今日本でも公開中のドキュメンタリー映画「ナワリヌイ」もこの一部始終が収められており、見どころの一つだ。

ナヴァーリヌイ氏は電話のやり取りをYouTubeでも公開し、その反響に後押しされる形で、ナヴァーリヌイ氏は2021年1月、ロシアに帰国した。この年の秋に予定されていた下院選への出馬準備のためだった。

毒殺未遂事件への関与が疑われる人物と電話でやり取りした動画=ナヴァーリヌイ氏のYouTube公式チャンネル

だが、モスクワの空港に到着すると間もなく、彼は逮捕された。巨額財産横領事件とは別の詐欺事件で保護観察付きの有罪判決(執行猶予付き)を受けていたが、保護観察官との面談を複数回受けなかったことが理由だった。

ナヴァーリヌイ氏はこうした事態を予想していたのだろう。逮捕の2日後、さらに衝撃的な動画を公開した。タイトルは「プーチンのための宮殿。最も大きな汚職の歴史」。

黒海に面したロシア南部クラスノダールにある68ヘクタールの土地に、豪華な宮殿やアイスホッケー場、教会、温室などが建設されたプーチン氏のために「宮殿」があると、膨大な資料や写真、動画などとともに明かした。

土地はプーチン大統領の知人が所有しているが、ナヴァーリヌイ氏らの調査によると、プーチン氏が使うために整備されたという。この動画は2022年7月17日現在、1億2400万回超再生されている。

「プーチンのための宮殿」の動画=ナヴァーリヌイ氏のYouTube公式チャンネル

プーチン大統領の報道官、ペスコフ氏は「実際、それは事実ではない」と否定した。

プーチン氏は過去、ナヴァーリヌイ氏について度々記者から質問を受けているが、筆者が知る限り、彼の名前を口にしたことはなかった。

ナヴァーリヌイ氏がドイツに療養中、彼の調査活動について質問を受けたときも、プーチン氏は「ドイツにいる患者」という言い方をした。「取るに足らない人物」とでも言いたいかのような徹底ぶりだ。

だが、一方でナヴァーリヌイ氏に対する締め付けや不可解な捜査、毒殺未遂などを考えると、政権側の焦りのようなものを感じ取るのは筆者だけではないはずだ。

もちろん、ナヴァーリヌイ氏の調査結果や毒殺未遂への国家機関の関与は否定、捜査の動機も「政治的なものではない」としている。

ただ、ロシアを取材して思うのは、プーチン政権になってこうした不可解なことが次々と起き、政治家やジャーナリストが攻撃されたり、不審死したりすることが多いということだ。使われる凶器も個人や民間では入手できない放射性物質や化学兵器だったりもする。

「国は関与していない」と言われてもにわかに信じがたい。

ナヴァーリヌイ氏は2022年3月、新たに詐欺や法廷侮辱罪で禁錮9年と罰金120万ルーブルの判決を言い渡された。少なくとも次の大統領選(2024年)は絶望的だろう。

ロシアの野党指導者の中で、権力の批判を声高に叫ぶ人はたくさんいても、権力の腐敗ぶりにここまで鋭く切り込んだ人はナヴァーリヌイ氏をおいてほかにはいない。

現在公開中のドキュメンタリー映画「ナワリヌイ」でも、毒殺未遂事件の調査の過程が見どころと言えるだろう。

映画「ナワリヌイ」の一場面。ドイツでの療養を終え、飛行機でロシアに戻るナヴァーリヌイ氏
映画「ナワリヌイ」の一場面。ドイツでの療養を終え、飛行機でロシアに戻るナヴァーリヌイ氏=©2022 Cable News Network, Inc. A WarnerMedia Company All Rights Reserved. Country of first publication United States of America.

だが、一方でナヴァーリヌイ氏に懐疑的なロシア国民も少なからずいるということも伝えておきたい。

それは彼自身、平均的なロシア人よりも裕福であったり、自身も認めるように「ナショナリスト」という一面もあるからだ。

最近ではそのような主張は鳴りを潜めたが、ナヴァーリヌイ氏は中央アジアや北カフカスの出身者に対する排外主義的な言動が問題になることがあった。民族主義者のグループと連携することもあった。この点については、愛国を掲げながらも多民族国家としての強みを強調するプーチン氏の方が一見、リベラルな考えのようにも思える。

ナヴァーリヌイ氏の今後の身を本当に案じている。ロシアでは政権の不正を追及して、獄中で「謎の」死を遂げた人もいるからだ。

なぜドイツからロシアに戻ったのか、逮捕されて収監されるに決まっているではないか、と個人的には悔しく思う。

だが、ロシアの矛盾に長年向き合ってきたナヴァーリヌイ氏ほどの人がそれを予想しなかったはずはない。それでもなお、帰国する決意をした勇気を称賛しつつ、確かな思惑、戦略があってのことだと期待したい。