1. HOME
  2. World Now
  3. 放送停止のロシアのテレビ、なぜ最後に「白鳥の湖」? ウクライナ侵攻めぐり規制強化

放送停止のロシアのテレビ、なぜ最後に「白鳥の湖」? ウクライナ侵攻めぐり規制強化

World Now
ロシアの主要都市カザンの劇場で開かれた国際バレエ祭で「白鳥の湖」に出演するダンサーたち。ロシアでは最も人気のある作品の一つだ
ロシアの主要都市カザンの劇場で開かれた国際バレエ祭で「白鳥の湖」に出演するダンサーたち。ロシアでは最も人気のある作品の一つだ=2020年12月、ロイター

「このような難しい決定は人生の中でありませんでした。一時的に番組の放送を停止することにしました」

ロシアで数少ない独立系リベラルメディアの「ドーシチ」(ロシア語で「雨」の意味)で最高責任者を務めるナタリア・シンデエワ氏は3月3日、最後の生放送に出演し、声をつまらせながら語った。

ドーシチはアプリなどを通じてニュースなどを放送するメディアで、プーチン大統領を批判する活動家らを積極的に取り上げるなどしてきた。ウクライナについても、政府発表以外の情報も積極的に伝えてきた。

ところがロシア当局は3月1日、「ドンバス(ロシアと隣接するウクライナ東部の一地域)でのロシアの軍事作戦について、虚偽の情報を提供した」などとして、ドーシチのサイトに接続できないようにした。

最後の放送にはシンデエワ氏のほか、従業員らも出演。スタジオにいない従業員たちもオンラインでつなぎ、語り合った。

番組を終えてシンデエワ氏が退席する際、「戦争は反対」と述べると、ほかの従業員から「その通り。戦争反対」との声が上がった。当局に対し、最後の意地を見せた形となった。

番組終了後、ドーシチのロゴが表示されてしばらくすると、音楽とともにモノクロのバレエダンサーの踊る映像が流れ始めた。ファゴットやオーボエの演奏に乗って4人の女性が手を交差して組みながら踊る。クラシックバレエの代名詞とも言える「白鳥の湖」だ。

一見、何の脈絡もないように思えるが、ロシア人の多くはピンときたかもしれない。というのも、ソ連時代には何かよからぬことが起きたとき、白鳥の湖の映像が流れることがあったからだ。

例えば18年間の長期政権を築いたブレジネフが1982年に死去したとき、国営放送は予定していたコンサートの放送を取りやめ、白鳥の湖を流した。

ブレジネフの次の最高指導者アンドロポフが1984年に亡くなった際も同じように放送された。

1991年8月には各チャンネルが一斉に白鳥の湖を放送した。このときは、ソ連の最初で最後の大統領となったゴルバチョフ氏に対するクーデーター未遂事件が起きていた。

いずれも何が起きているのかは明示しない。アナウンサーが話すわけでもテロップが出るわけでもない。ただひたすらバレエの映像が続いた。

情報統制が厳しかったソ連体制下で、何とか伝えようとして磨かれてきた「におわす技術」が、今になって発揮されたのは皮肉としか言いようがない。

もちろんドーシチは意図を明かしていないが、自由な報道ができなくなったことを「よからぬこと」と位置づけ、プーチン政権に対する抗議の意思を表明をしたのだろう。。

それにしてもなぜ、白鳥の湖が選ばれてきたのだろうか。ロシアが生んだ巨匠チャイコフスキーの名作としてこの国では最も有名な曲の一つだが、チャイコフスキーが作った有名曲はほかにもある。バレエ作品にもなっている「くるみ割り人形」や「眠れる森の美女」、あるいはオペラの「エフゲニー・オネーギン」もある。

これについて、独立系のリベラル紙「ノーバヤ・ガゼータ」は最新号で次のように解説している。

「白鳥の湖は、神秘主義的なものと悲しみで溶かれた水彩絵の具的なテーマがある。これに対し、オネーギンは情熱や人間ドラマ、生き生きとしたキャラクターの要素が強すぎる。くるみ割り人形も、お祭りやクリスマスのムードと詩的な要素が大きすぎる。白鳥の湖は憂鬱を象徴しており、死ではないにしろ、何か非常事態を彷彿させる」

ノーバヤ・ガゼータも最新号の表紙は爆弾の投下と白鳥の湖のバレエダンサーという組み合わせのイラストだった。

同紙もプーチン政権に対する批判的な論調で知られており、ドミトリー・ムラトフ編集長が昨年、ノーベル平和賞を受賞した。ドーシチ同様、当局による情報統制に活動縮小を余儀なくされた。

プーチン大統領は侵攻開始から1週間後の3月4日、当局が「情報の入手先が信頼できない」「間違った情報」などと認定した場合、記者たちに対して最大15年の禁錮刑を科すことができる改正法を施行させた。

「間違った情報」の定義は明示されていないものの、当局の意図は明らかだ。とういのも、侵攻が始まった2月24日、通信情報技術マスコミ監督庁(ロスコムナゾール)がメディアに対し、ロシア政府の公式発表だけに基づく報道を要請していたからだ。

プーチン氏はウクライナへの軍事介入を「特別な軍事作戦」と称しており、「侵攻」や「攻撃」、「戦争」「宣戦布告」などの言葉を使うことも処罰の対象になるとみられる。

このため、ノーバヤ・ガゼータは疑惑が持たれるような記事をサイトから削除した。取材活動は続けるとしているが、これまでのような当局批判を含めた自由な記事掲載はできないとみている。

ドーシチ同様、リベラルな論調で知られるラジオ局「モスクワのこだま」もウクライナ侵攻をめぐって虚偽の情報を流したと当局が認定し、サイトへの接続が遮断された。会社は解散を決めたが、編集局からは反発の声が上がっている。

改正法も含め、メディアに対する規制強化はロシアに拠点を置く外国メディアも対象とされており、朝日新聞も含め、欧米の主要メディアは相次いで取材活動の一時停止などに踏み切った。

ただ、ウクライナ侵攻をめぐっては現地の人々などによって写真や動画などの情報がソーシャルメディアで大量に発信されており、今回の措置は国民の不信や不満を増大させ、逆効果になる可能性もありそうだ。

筆者はこう見る

ソ連時代は政府による厳しい情報統制が続いたが、1986年のチェルノブイリ原発事故をきっかけに変化が訪れた。

当時書記長だったゴルバチョフ氏のもとに情報が届かなかったという反省から、彼がペレストロイカ(改革)の重要な柱として断行したのがグラスノスチ(情報公開)だった。

ソ連の後継国家であるロシアでも当初はこうした流れを受け継ぎ、初代大統領のエリツィン時代は極めて自由な報道や論評が許された。エリツィン氏すら強烈に風刺するようなテレビ番組も誕生した。

だが、プーチン氏が大統領に就任すると、言論の自由は徐々に狭められた。オリガルヒ(新興財閥)が政治に介入しないよう、プーチン氏は彼らの事業に圧力をかけるなどして影響力をそいでいった。その過程で、オリガルヒが牛耳っていたマスメディアを国営化するなどし、報道への影響力を強めた。

2012年には外国から資金支援を受ける非政府組織(NGO)の活動を制限する「外国エージェント法」が制定され、2017年にはメディアにも適用されるようになった。外国機関の利益のために活動しているとして、80団体以上が「監視対象」になっている。ドーシチもこのうちの一つだった。

ウクライナ侵攻をめぐる報道規制はそうした流れがいよいよ極まった感じがする。まるでソ連時代に回帰したかのようだ。

昨年12月、ソ連が崩壊してから30年だった。その節目に日本で声優として活躍するジェーニャさんにインタビューしたところ、彼女はソ連時代をこう振り返った。

「国が情報をコントロールする。それがソ連のコンセプト。漫画の『進撃の巨人』と同じで、壁の外側にどんな世界が広がっているか分からない」

確かに「大国意識」や「安定」を理由にソ連時代を懐かしむロシア人はいる。だが、情報が極度に統制されたあの時代に戻ることを本当によしとするだろうか。このままの締め付けが続けば、いずれプーチン政権は国民からしっぺ返しを食らうと思う。