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ウクライナ侵攻でゼレンスキー大統領がしかける「情報戦」ロシアの三つの分断にくさび

World Now 更新日: 公開日:
ウクライナのゼレンスキー大統領のコラージュ
ウクライナのゼレンスキー大統領はSNSテレグラムで積極的に動画を配信し、「情報戦」で効果を上げている=GLOBE+編集部が作成

ロシアはプーチン時代になり、国民の間で「三つの分断」が起きている。一つ目はソ連時代を知っているかどうか。

ソ連は1991年に崩壊し、それから31年が経過した。40代~50代以上の多くはアメリカと覇を競ったソ連時代に郷愁(きょうしゅう)を抱き、大国復活を目指すプーチン大統領を支持している。

決して全てではないが、ソ連時代を知らない若い世代は、プーチン大統領の政策にみられる「ソ連回帰」にピンと来ておらず、こういった世代とは一線を画している。

二つ目は情報源として、統制が敷かれたロシアの国営メディアだけに頼っているかどうか。スマホを持ってSNSを使いこなし、独立系メディアや西側メディアに触れている層とは受け取る情報の質が全く違う。

一つ目の分断と層の境は似通っているが、大都市のモスクワやサンクトペテルブルクなどでは、ソ連時代を経験している層だとしても、ビジネス関連や自分の趣味などのために西側のメディアにふれ、実際に頻繁に海外旅行している人であれば、情報源を国営メディアに頼っている人たちと圧倒的な価値観の相違がある。

プーチン政権が、軍事侵攻に批判的な態度をとってきた「ノーバヤ・ガゼータ」など独立系メディアに圧力を加えるのも、この分断により、軍事侵攻を支持するか否かで大きな格差が出てきているためだ。

ノーバヤ・ガゼータ本社前で会見するドミトリー・ムラトフ編集長=10月8日、モスクワ、石橋亮介撮影
ノーバヤ・ガゼータ本社前で会見するドミトリー・ムラトフ編集長=10月8日、モスクワ、石橋亮介撮影

三つ目は、別の国になった今のウクライナを知っているかどうか。

独立してから30年がたち、自由の空気に触れたウクライナは、プーチン時代になって「もの言えば唇寒し」のロシアとは全く違う言論空間に包まれている。

ウクライナに親戚や友人がいれば、その現状を把握しているのだが、2014年のクリミア併合以降、ロシアの国営メディアは、ウクライナは民族主義勢力に操られ、ロシアへの敵愾心を煽っているというプロパガンダを行っており、ウクライナの現状を知らなければ、プーチン政権の情報操作を妄信してしまう。

誤解を恐れずに言えば、この分断は日本でいえば、明治維新や戦前・戦後のような大きな世代間の考え方や生き方の格差がある。

つまり、今、治安当局の摘発を恐れながらも、「Нет войне」(No war)を訴えている人たちは、「ソ連人ではなく、西側のメディアに触れ、今のウクライナの状況を知っている」層であり、「大儀なき戦争」の本質を知っていることが反戦意識につながっていると思われる。

ウクライナのゼレンスキー大統領も、ロシア国内のこの層に直接、届けられるような演説を行った。全面侵攻開始直前の24日未明、SNS「テレグラム」を使って、11分間の演説をした。ウクライナ語を重んじる大統領はこの時ばかりは、ロシア語で呼びかけた。

「私たちのことを(プーチンは)ナチズム信奉者であると言っている。しかし、ナチス・ドイツの打倒に800万以上の命をかけた市民がナチズムを支持するだろうか? 私がどうしたらナチズム信奉者であり得るというのだろうか?」

「ロシアにとってウクライナが脅威であるということは過去も現在も未来もあり得ない。ロシア人は戦争を欲しているのか?その答えはあなたたち、ロシア市民だけにかかっている」

ロシアによる侵攻前、ウクライナ、ロシア両国民に対して演説するゼレンスキー大統領。動画がテレグラムを通じて配信された=V_Zelenskiy_official/telegram
ロシアによる侵攻前、ウクライナ、ロシア両国民に対して演説するゼレンスキー大統領。動画がテレグラムを通じて配信された=V_Zelenskiy_official/telegram

テレグラムは2013年、ロシア人技術者のパーベル・ドゥーロフ氏と兄のニコライ・ドゥーロフ氏が開発した。やり取りするメッセージを暗号化するその秘匿性から、日本では犯罪組織の連絡手段として用いられていることが知られている。

ロシアでも広く使われており、テレグラムが発表した最新のレポートによると、全体のユーザーのうち、モスクワが32.56%、サンクトペテルブルクが13.18%。18-24歳が21.9%、25-34歳が30.6%。高学歴が45.2%とされている。

このことから、ゼレンスキー大統領はロシア国内の分断を詳しく分析し、効果的に戦争抑止を呼び掛けるため、テレグラムを用いた可能性がある。

モバイル世界会議で基調講演するテレグラム共同創業者でCEOのパーベル・ドゥーロフ氏
モバイル世界会議で基調講演するテレグラム共同創業者でCEOのパーベル・ドゥーロフ氏=2016年2月、ロイター

ウクライナのメディア「ウクライナの真実」によると、テレグラムはこの戦争中にロシアとウクライナ側の情報のやり取りを遮断しないと宣言した。「戦争に関連する未確認情報」が多いものの、「多くのユーザーから遮断しないよう要請が寄せられた。唯一の情報源であり、われわれはユーザーの側に立つ」と説明した。

実際、テレグラムにはロシア軍から攻撃を受けているウクライナ国内の一般市民からロシア国内に住む友人や知人のロシア人に向け、大量の情報が寄せられているとみられる。

そのやり取りの中には、ロシア軍が侵攻した2月下旬の段階で、ウクライナ側からロシア側に「私はもうインスタグラムで探せなくなるだろうから、今後はテレグラムで探して」として、テレグラムのリンク先が明記されていた。

名前からロシア人とみられるユーザーがウクライナに住む友人を心配して、「安全な場所に逃げて」「ロシアがいつか戦争をするためのお金がなくなることを祈っている」などとウクライナ人のユーザーの「チャンネル」にメッセージを書き込んだりしている。

さらにテレグラムに載っている情報として重要なのは、ウクライナ国内で戦士したとみられるロシア軍兵士や捕虜になっている兵士の動画像が掲載されていることだ。

ロシア軍兵士の実名、誕生日、出身地などが記された、実物とみられる「軍隊手帳」や、ウクライナ側に捕まったとみられる捕虜がロシア国内の親戚に電話をしているところを撮影した動画などが広まっている。

さらには、戦死したロシア軍兵士とみられる写真が公開されている。この戦死者・捕虜情報を作成したのは、「ウクライナ内務省」と説明されている。

ロシア軍の戦死者の情報は、ロシア国内の厭戦機運も広がる大きな原動力となる可能性があり、これがテレグラムでなおも公開され続けていることは注目に値する。