「悪夢のように早く終わってほしい」
オリンピックのリンクで情熱のプログラムを披露し、日本のファンを魅了したメドベージェワさんは自らのインスタグラムを真っ黒にして、やり切れぬ感情をつづった。
ウクライナ情勢が緊迫化する中で、メドベージェワさんが訴えたこのメッセージは、言論統制や反政権派への摘発を進めるプーチン政権に盾突く行動ととられかねない。
ロシアでは今、全土の都市で、ウクライナ侵攻を継続するプーチン政権に対して反対する街頭デモなどが散発的に行われているが、治安部隊が次々に摘発している。
拘束者はすでに1400人を超えており、なおも政権の判断に反旗を翻す者たちへの目を光らせている。
インスタグラムに国内外に135万人のフォロワーがいるメドベージェワさんの発信力は大きく、その分、治安当局を刺激するだけに、彼女の今回のメッセージは勇気ある行動なのだ。
メドベージェワさんは常に自らの意見をはっきりと示してきたスケーターだった。記者からのどんな辛辣な質問にも応じ、自らの考えを伝えてきた。
獲物を狙うような目つきで矢継ぎ早に質問を浴びせる記者をうならせ、時に笑わせた。ある記者は「どんな薄っぺらい質問でも彼女は答えを与えようとする。そしてその答えには1グラムほどの生意気さも下品さもうかがえない」と言ったものだ。
自らのインスタグラムでも仲間や同僚たちのことを思いやる言葉にあふれている。
こんなエピソードもある。
平昌オリンピックを間近に控えた2017年11月のグランプリ(GP)シリーズNHK杯の時のことだ。右足の負傷を抱えながら強行出場した。
大好きな日本。自分を愛してくれるファンが待ち構える大阪。気丈に笑顔を振りまいたが、「右足が持たないかもしれない」とも感じていた。
SPは乗り切ったが、その後、激痛が走った。フリーには強い麻酔薬を打ち、右足にテーピングをまいて臨んだ。
それでも、メドベージェワさんはNHK杯を優勝した。後にこの痛みは骨折とわかった。
尊敬する羽生結弦選手との再会も楽しみにしていたが、羽生選手は練習の際に4回転ルッツを跳んだときに転倒。右足を負傷し、リタイアした。
自身も平昌オリンピック出場が危ぶまれる同じような境遇なのに、報道陣には自分のことはわきに置いて、羽生選手への気遣いを示した。
「ユヅルには、何も余計なことを考えないで治療に専念してほしい。早く回復することを祈っています」
今回、メドベージェワさんが更新した黒い背景の抗議インスタグラムには、白色のメッセージの下に平和の象徴でもあるハトのイラストがついていた。
オリンピックでは世界の平和を願い、開会式でハトが会場を飛ぶ。ロシアを代表したオリンピアンとして、フィギュアスケート界でも交流を続ける隣国ウクライナのことを気遣い、はっきりと意思表示をせずにいられなかったのだろう。
ロシアではほかの著名人もインスタグラムで画面を真っ黒にした抗議メッセージを流している。
メドベージェワさんと同じフィギュアスケーターではソチオリンピックペアの金メダリスト、タチアナ・ボロソジャルさんが「戦争はいらない」とメッセージをつづっている。
2002年ソルトレイクシティオリンピック男子シングルのアレクセイ・ヤグディンさんも攻撃をやめるよう訴えている。
北京冬季オリンピックが終わった余韻もあり、このレジェンドたちの言葉は世界のファンに響くだろう。
一方で、1000万人近いフォロワーがいるロシアの著名司会者、イバン・ウルガント氏も自らプーチン政権へ抗議の姿勢を示し、「恐怖と痛み。戦争をやめて」とメッセージをつづっている。