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ウクライナ侵攻、ロシアがヘルソン州を住民投票・併合準備?最悪シナリオ「核の脅し」

World Now 更新日: 公開日:
M777榴弾(りゅうだん)砲を発射するウクライナ兵士ら
M777榴弾(りゅうだん)砲を発射するウクライナ兵士ら。アメリカから供与された同兵器はその攻撃の正確さと威力から戦況を変える「ゲームチェンジャー」になる可能性があると言われている=2022年8月1日、ウクライナ東部ハルキウ州、ロイター

イギリス国防省は7月28日、ウクライナ軍の反攻について次のようにツイートした。

「ウクライナは南部ヘルソン州での反攻にはずみがつきつつある」「ロシア軍が占領する政治的に最も重要な都市、ヘルソン市は他の占領地から実質的に遮断された。同市を失うようなことがあれば、ロシアが占領をバラ色に描くのは難しくなるだろう」

イギリス国防省のTwitter公式アカウント

ヘルソン州は、東部ドンバス地方と南部クリミア半島を結ぶ要衝の地。ロシアが、ウクライナへの本格侵攻直後、州のほぼ全域を占領した。ロシア側は早ければ9月、ロシア併合を問う住民投票を予定する。そのため、ウクライナが早期に奪回できるかどうかが焦点だ。

州内でロシアが占領する土地は大河ドニプロ川を挟み、両岸にまたがる。その主要な橋を7月、ウクライナ軍が破壊した。イギリス国防省は補給が難しくなったとして、「ロシアの占領軍は脆弱になった」と評価した。

ウクライナの地図

橋を破壊したアメリカ製HIMARS(ハイマース、高機動ロケット砲システム)は射程が80キロあり、ロシアの砲の射程外から撃ち込める。

両軍はこれまで遠くから大砲を撃ち合う戦いを続け、砲弾がウクライナの10倍以上あるロシアが優勢だった。

しかし、数週間前からアメリカからウクライナにハイマース16門が供与され、両軍の攻防の焦点となったヘルソン州でもロシアの弾薬庫や指揮所の多くが攻撃された。

ハイマースがウクライナに到着したことを明かすレズニコフ・ウクライナ国防相のツイート

アメリカのワシントン・ポスト紙(7月28日)は次のように報じる。

「主導権はロシアからウクライナに移りつつあり、ハイマースがその鍵を握る」

ウクライナのゼレンスキー大統領は7月28日、ヘルソン情勢をめぐり次のように述べた。

ウクライナのゼレンスキー大統領
ウクライナのゼレンスキー大統領=2022年4月23日、キーウ、朝日新聞社

「敵の補給路はすべて断ち、敵のどんな計画もあらゆる手段で阻止する。ウクライナの領土が回復されるまで」

ゼレンスキー政権がヘルソン奪回を急ぐ理由の一つは、9月にも予定される住民投票が実施されれば、クレムリン(ロシア大統領府)が「核カード」を使う恐れもあるためだ。

ヘルソン州ではロシアが州民にパスポートを配布するなど、「ロシア化」が進む。住民投票では「ロシア側は7割前後が賛成したとしてロシア連邦への『ヘルソン編入』を既成事実化するだろう」との見方がウクライナ側にある。

その場合、クレムリンは、ヘルソンへの攻撃を「ロシアへの攻撃だ」とみなし、ウクライナや西側諸国に「核使用の脅し」をかける最悪のシナリオが現実味を帯びる。

ウクライナ侵攻後、クレムリンは「核の脅し」を行ってきた。プーチン大統領は2月、核戦力を含むロシア軍の戦力を特別態勢にするよう命令した。核カードで西側の制裁をけん制する狙いだった。

だがヘルソンを「ロシア領」とした上で「核の脅し」に踏み切った場合、事態はさらに深刻だ。ウクライナ軍がヘルソンに手出しが難しくなったり、西側の軍事援助が鈍ったりする可能性も生まれるからだ。

東方経済フォーラムで演説するロシアのプーチン大統領=2019年10月2日、ウラジオストク
ロシアのプーチン大統領

アメリカのシンクタンク「戦争研究所」は7月19日、次のように警告した。

「プーチン大統領は、ヘルソン、ザポリージャ、ドネツク、ルガンスク各州を併合した後、ウクライナ軍の反攻を抑止するため、核の脅しをレバレッジとして使うかもしれない。プーチンは核使用を認めるロシアの防衛政策が新たに併合した領土にも適用されると声明し、それがウクライナや友好国の脅威となるかもしれない」

ウクライナでのロシアの戦争は第3段階を迎えている。キーウ攻略を主目的にして失敗した第1段階(2月末~3月末)、東部ドンバスの全面占領を目指すとした第2段階(3月末~)を経て、ラブロフ外相が7月20日、戦線を改めて拡大する意向を次のように述べた。

「(「特別軍事作戦」は)ドネツク・ルガンスク人民共和国だけのことではなく、ヘルソン州、(ロシア軍が一部を支配する南部)ザポリージャ州や他の多くの地域にも及ぶ。このプロセスは首尾一貫しており、粘り強く続くものだ」(ロシアのメディア「レンタ・ルー」より)

ロシアのラブロフ外相
ロシアのラブロフ外相=2019年12月、ワシントン、ランハム裕子撮影

ロシアの占領地域を可能な限り拡大しロシアに編入する意向が見え隠れする。その手段が住民投票だ。ロシア紙イズベスチア(7月26日)はヘルソン州の親ロシア派勢力トップの言葉を次のように伝えた。

「住民投票は行われる。ヘルソンはロシア連邦の構成主体になる」

しかし、住民投票の実施は戦況次第だ。南部のパルチザン(ゲリラ戦をする非正規部隊)は住民投票を進める勢力を標的にしている。ヘルソンの親ロシア派勢力の暗殺も続き、そのトップも「いつ死ぬかわからない」とSNSで弱音もはく。

ヘルソンの戦況は不透明だ。イギリスのテレグラフ紙は次のように予測する。

「橋の破壊でロシア軍の増強が不可能になれば、いつか州都ヘルソンも奪回できる。今のところウクライナ軍の前進は限定的だ。今後、ロシアの防御陣地を崩せるだけの歩兵や装甲車両を持てるかどうか注視する必要がある」

戦争研究所も情報源とするロシアの軍事ブロガー「ルィバリ」はウクライナの戦力増強に注目する。

「イギリスで、ウクライナ軍の機械化旅団3個(計約1万人)が訓練を受けている。ウクライナにはすでに彼らのための装備が用意されている。それらがロシア軍に攻撃をしかけてくる」

ロシアの「独立新聞」(7月24日)は、住民投票には国際法の裏付けがないとしつつも、ロシア側は強行するとの見方を示した。

「ロシアはヘルソン州と(その東隣の)ザポリージャ州で9月11日にむけ住民投票をしようと準備を急ぐ。その際、ロシア政府は間違いなく法的な根拠について無視する。国際社会はその結果を認めないだろう」

それでも「結局はウクライナ人の理解をえて住民投票は実施される」との識者談話を紹介した。9月11日はロシア各地で州知事選がある。それに合わせてヘルソンでも住民投票をするとの見方だ。

ロシアは7月、ウクライナ軍の動きを見越し、ウクライナ南部方面の兵員数を1.5倍に増強し、三重の防衛線をしいた。

ゼレンスキー大統領は7月31日、「ロシア軍は南部の占領地域の態勢強化を目指し、ドンバスの部隊の一部をヘルソン、ザポリージャ両州へ移動させている」とSNSで述べた

「それは事実か」。ロシアのメディアからこう尋ねられたロシアのペスコフ大統領府報道官は8月1日、明言を避けつつも否定はしなかった

住民投票が行われるか否か。それが「核の危機」を招かないか。今後1~2カ月の戦いが帰趨を決める。