「ウクライナ南部で、パルチザン活動がロシア軍の動きを鈍らせている可能性が高い」
4月中旬、アメリカのシンクタンク戦争研究所が公式サイトでこう述べ、戦況図に「パルチザンの報告されている地域」を書き加えた。南部ザポリージャ州・メリトポリ市とヘルソン市がそれだ。
「ロシア占領下のメリトポリでパルチザンがゲリラ戦」。イギリスのタイムズ紙(5月22日)も、こんな見出しの記事を掲載。その活動を次のように書いた。
「5月18日の夜明け前。ロシア軍の将校2人が遺体となって路上に横たわった。数時間後、ロシア軍司令部近くで手りゅう弾が爆発し、銃撃戦が続いた。パルチザンは霧のように姿を消した。こうした激しいパルチザン戦が、クレムリンによる地域の完全なコントロールを防いできた。パルチザンらによると、倒した人間は100人にのぼるという。市外に避難中のフェドロフ市長は『攻撃は、特殊戦部隊やキーウの軍指導者の支援を受けて行われている』と述べた」
戦争研究所は、パルチザン戦がメリトポリで始まったのは「遅くとも3月中旬」と述べた。
ロシアと戦ってきた元パルチザン指導者で、5年前に「ウクライナ英雄」の称号を大統領から得たジェムチュゴフ氏(51)が、ウクライナ・モロダ紙(6月2日)に次のように語った。
「開戦後の2月~3月、住民たちが自発的に抵抗組織をいくつか立ち上げた。兵員やロシア軍の輸送トラックなどを破壊した。しかし、組織はすべて、現地に入っていたロシア連邦保安庁(FSB)の要員につぶされた」
南部ではウクライナ軍の抵抗は比較的少なく、ロシア軍は開戦数日でメリトポリを含む主要都市を陥落させた。ロシア軍の主要目標は当初、キーウ、その後、東部ドンバス地方に移った。ウクライナ軍もその防衛を優先し、南部の解放は後回しとなった。
フェドロフ・メリトポリ市長によると、この間、市民500人がロシア軍に拉致・監禁された。市長も一時、拉致されていた。「ロシア化」も進む。占領軍は、テレビ放送や学校教育をロシアのものに切り替え、通貨もロシアのルーブルを導入しようとしている。市長によると、15万人いた市民の半数が市外へ逃れた。
つぶされたパルチザン運動の立て直しを、ウクライナ当局は図った。ジェムチュゴフ氏らによると、パルチザンを、国防省や地域防衛隊など、キーウにある様々な司令部が直接リクルート、身体検査をして現地に送り込むようになった。「活動の目標」の調整は大統領直属機関が担う。南部のパルチザンは当初の数百人規模から数千人に拡大した。
ウクライナ国防省は、パルチザンが活動しやすい土壌を、市民参加で作ろうとしている。4月、公式サイト上に「市民のレジスタンス・センター」を開設。「占領軍への不服従運動」を市民に提起し、そのハンドブックも作った。占領者の「仕事」を妨害し、その意思をくじく心理戦だ。
職業別に「あなたが警察官なら捜査をサボタージュしよう」「公務員なら占領軍にでたらめな書類をあげよう」「ボイラーマンなら燃料に水を混ぜよう」と呼びかける。
中でも市民による「現地ロシア軍の位置情報」が有効なようだ。
現地メディア「ノーボエ・ブレーミャ」によると、メリトポリで5月22日、パルチザンとウクライナ軍が協力し、ロシア軍が通信傍受に使っていた武器と大砲を複数、破壊したという。軍幹部は「砲撃を正確に行うには、住民によるロシア軍の位置情報の提供は貴重だ」と述べた。
ただ、本格的な軍事活動には困難も伴う。3月中旬、大統領府高官が南部地域のパルチザンに向け「鉄道の破壊作戦」を提起、次のように呼びかけた。
「全面的な線路破壊の戦いを始めよう。優先目標は、クリミア半島とメリトポリやヘルソンを結ぶ路線。敵の補給ラインを断とう」
だが、鉄道輸送の妨害にパルチザンが初めて成功したのは2カ月後の5月18日。ウクライナ大統領府のアレストビッチ顧問は、ロシア軍の補給路の防御が固かった、と述べた。
軍事的な手法を教えるのは、主にSNSだ。パルチザン戦経験者たちが様々なサイトを開設している。
ジェムチュゴフ氏もその一人。YouTubeで次のように述べた。
「深夜、線路に爆弾を置く。導火線を100メートル引き、着火してください。爆破後はFSBに注意。犬を使ってパルチザン狩りを盛んに行っている。犬の嗅覚をだますため、逃亡前、周囲にタバコの葉をまいてください」
気がかりな動きもある。5月、民間人もパルチザン戦の対象になり始めた。ロシア軍に協力する親ロシア派ウクライナ人がターゲットだ。
市内の原発をロシア軍が占拠した、南部ザポリージャ州エネルゴダル市。ロシア軍が現市長を銃で脅して市外へ追いやった。軍がすげかえた新「市長」が狙われた。5月23日、母親のアパートの玄関先を出ようとしたところ、仕掛け爆弾が爆発。上半身をやけどし、鎖骨を折る重傷を負った。
ウクライナ軍現地司令部はこの日、次のように発表した。
「爆破の際、対ロシア協力者のみを正確に狙い、巻き添えはなかった。パルチザンの待ち伏せ攻撃と結論できる。(ロシアの)占領者は、若者2人の行方を追っている」
メリトポリでも5月30日、中心部で乗用車が爆破され、男女2人が胸や足に大けが。爆風による黒煙が市上空を覆った。
ウクライナのメディア「エルベーカー・ウクライナ」は、爆発が起きた地区は、ロシア側の「軍民行政府」司令部があり、軍がすえた親ロシア派の「州知事」が住んでいる、と伝えた。また、爆破はメリトポリの「市長」、ガリーナ・ダニリチェンコ氏の車を狙っていたという。
ロシアの自作自演の「偽旗作戦」の可能性はないのか。クレムリン(ロシア大統領府)のペスコフ報道官は5月23日、リア・ノーボスチ通信に次のように語った。
「ウクライナのナショナリズム勢力のやり口で、ロシア軍は予防措置をとらざるをえない」
ロシアの占領軍は対抗措置として、6月1日、南部一帯でウクライナの通信回線を遮断。ロシア側のSIMカードがないと通信できないようにした。
米国の戦争研究所は、攻撃はパルチザンによるものとの見方を示唆し、6月4日、次のように伝えた。
「通信遮断などの措置にもかかわらず、ロシアの占領当局は、ウクライナのパルチザンを完全に抑制することはできていない。南部ヘルソンの占領当局者は、安全のため防弾チョッキを身に着けたり、移動に装甲車を使ったりし始めた」
一方、ウクライナ政府は、親ロシア派ウクライナ人への攻撃について、奨励はせずとも黙認はしているようだ。
ウクライナ国防省の「市民のレジスタンス・センター」は6月1日、次のように述べた。
「メリトポリ市内で、ガリーナ・ダニリチェンコ『市長代行』を標的とする写真つきのビラが現れた。敵にモラルや心理面での圧力を強めるため、ビラや国旗などのウクライナのシンボルの数を増やすべきだ」
ウクライナ南部では、親ロシア派の顔つきのビラが、街路樹や建物のガラスドアに貼られている。「知事」「市長」ら15人。その居場所の情報を提供したウクライナ市民には「懸賞金」が支払われるという。
筆者はこう見る
ウクライナ人同士が傷つけあうのは、どんな理由であれ、悲劇だ。
身の危険のあるダニリチェンコ・メリトポリ「市長」は5月、親ロシア派メディアのインタビューで、「大きな責任を負い、恐ろしくはないか」と尋ねられ、次のように答えた。
「(スマホの)番号がネットに出て、1日数千の通知や着信があった。もちろん脅迫です。でも、私にとってウクライナの権力はもう存在しないのです」
だが、問題は、南部では、ロシア軍の暴力以外、どの国の権力も存在しないことだ。地元メディア「リア・メリトポリ」によると、300人いる市警のうち親ロシアの警察官は35人余り。拉致や拷問がやまないのは、通常の治安機関が機能していないことを裏付ける。ダニリチェンコ氏は、市内の企業のほとんどが操業を止め、ウクライナの銀行も機能していない、とも述べている。
ウクライナのゼレンスキー大統領は6月2日、「ロシア軍がウクライナの国土の20%を占領している」と述べた。その半分が南部地域だ。
その解放の見通しは不透明だ。ウクライナ軍は、クリミアに隣接するヘルソン州で一部地域を奪還した。しかし、ロシア軍は防御を固め、南部占領の長期化を図る。
ウクライナ国防省諜報部門トップのスキビツキー氏は5月末、地元メディアに次のように語った。
「ウクライナ南部でロシアは5月初めから、陸海空軍からなる部隊を強化し、3重の防衛線を引いた。鉄道、港、空港を使った補給システムも構築した。戦争は、年末まで続くかもしれない」
パルチザンの攻撃は、親ロシア派による「統治」を妨げ、彼らが狙うロシア編入の住民投票実施を難しくしているのは確かだ。しかし、戦線の膠着を打破するだけの力はない。
6月7日もヘルソン市の喫茶店で爆発があり、10人がけがした。ロシア、ウクライナ双方のメディアが伝えた。
南部で「権力の空白」がさらに続けば、暴力の連鎖が強まる恐れがある。