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ロシア軍占領のウクライナ南部ヘルソン州 学校破壊、略奪、監禁…男性ら決死の脱出劇

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取材に応じたオレク・バトゥーリンさん
取材に応じたオレク・バトゥーリンさん=本人提供

クリミア半島に隣接するウクライナ南部ヘルソン州を拠点にする新聞記者、オレク・バトゥーリンさん(43)。州都ヘルソン市は、ウクライナの主要都市では最も早い3月2日、クリミアから来たとみられるロシア軍が占領した。占領地域は次第に州内の他の自治体へ。「命が危ない」と感じたバトゥーリンさんは4月初め、自家用車で自宅を脱出。戦場を突破し、その際、銃撃も受けたという。

――ヘルソンから戦闘が激化するニコラエフへ自家用車で向かったのはなぜですか。

ウクライナ南部は、「人道回廊」が設定されていない。だから自力で運転し、前線を突破するしかありませんでした。

戦場のニコラエフ州以外の方面は、すべてロシア軍が支配しています。ウクライナの管理下の地域へ逃れるには前線へ向かうしかありませんでした。

前線近くの農家に2日間泊めてもらい、戦闘の状況をうかがいながら、突破の機会を待ちました。

4月初めの戦況図。点線が両軍の戦闘が行われている場所=@Ukrain_War/Twitter

――農村は安全だったのですか。

私たちがいた時、ロシア兵が村にやってきて、家々で貴重品を掠奪しました。「明日も来る」というので、出発を決意しました。

――ロシア軍の検問所をどう突破したのですか。

検問所は約30カ所ありました。武器を持たないか、服を脱がされて体を調べられたり、車の中を捜索されたりしました。

ロシア兵には「あちら(ウクライナ支配地域)ではファシストが人々を殺している。なぜ行くのか。我々が解放したここのほうが安全だ」と言われましたが、止められはしませんでした。

多くの検問所で、兵士から「牛乳はないか」「パンをくれ」などと、食べ物をねだられました。

――前線のロシア軍の態勢はどうだったのですか。

家々のそばに、ロシア軍が大きな塹壕(ざんごう)を掘り、中に大砲や戦車を置いて、砲塔部分だけ外に出し、防御陣地にしていました。

それは、ウクライナ軍が攻撃しにくいよう、民家を「人間の盾」にするためです。

ロシアの戦車、装甲車が列をなし、平原に設置された多連装ロケット砲「グラート」がウクライナ軍を砲撃する場面に何度も出くわしました。砲撃音はしばしば聞こえました。

グラートの写真=ロシア国防省のTwitterアカウント

――最も危険だったときの状況を教えて下さい。

私たちは5家族が集まり、5台で車列を組んでいました。前線で突然、塹壕に潜んだ歩兵が銃を撃ってきました。銃弾が先頭車両をかすめました。

すぐ逃げると逆に標的になる。できる限りゆっくりUターン。少し離れた場所でじっとしていました。

しばらくすると、地面でなく空へ向け威嚇射撃する音が聞こえました。今度は大丈夫だろうと、そばを車で走り抜けました。それは賭(か)けでした。

約13時間走り、ヘルソンからニコラエフ州を抜け、100キロ余り北のキロボグラト州へ。ウクライナ側の検問所で保護されました。自宅を出て4日目でした。

――なぜ脱出を決意したのですか。

ロシア軍が暴力で町を支配しつつあります。ヘルソン州では、多くの市でロシア軍が軍用車で市役所に乗りつけ、銃を手に首長に「辞めるか、死ぬか」と迫っています。

私が住んでいたカホフカ市(人口3万人)でも4月1日、脅された市長が辞任し、州外へ逃れました。その後、警察署も占拠されました。

拉致され、行方不明の首長も何人かいます。その後、親ロシア派のウクライナ人が臨時の首長として「任命」される。多くの役所や軍、警察の施設の屋根にロシア国旗が掲げられています。

――ジャーナリストの拉致もウクライナ南部で相次いでいます。

私自身、3月12日から8日間、ロシア軍に監禁されました。

――どのように拉致されたのですか。

知り合いのウクライナ人から電話で「近くのバス停に来てほしい」と連絡がありました。不自然に思い、用心して取材ノートなど押収されそうなものは持たず出向きました。

バス停に知り合いはおらず、軍用車両が止まっていました。中から目出し帽をかぶった数人が出てきて、私を路上に押し倒し、両手を後ろ手にしばり、警察署へ連行しました。

――拉致の実行犯は?ヘルソン市長は、KGB(ソ連国家保安委員会)の後継機関、FSB(ロシア連邦保安庁)が関与していると、地元メディアに述べています。

よく分かりません。私の所へ来たのは軍用車だったので、ロシア国家親衛隊かもしれません。ロシア大統領直轄の、軍とは独立した治安機関です。

――拷問はされたのですか。

8日間、両手はしばられたまま。ロシア人は銃で足や背中をなぐり、「殺すぞ」と脅しました。なぜか「ベラルーシの記者に知り合いはいないか」と聞いたり、反ロシア集会の組織者の情報を引き出そうとしたりしました。

独房でしたが、他のウクライナ人が殴られてうめく声や、悲鳴が聞こえました。私を呼び出した知り合いの声も聞こえ、彼も拘束されていました。銃声も響きました。私は「銃殺され、野原に埋められるんだろう」と覚悟しました。

――ウクライナ語のメディアの状況を教えて下さい。

テレビはウクライナ語の放送は遮断されました。すべてロシアのチャンネルに切り替えられました。

紙の新聞は発行できなくなり、ウェブメディアも数が減っています。記者を拉致するのは、脅して反ロシアの記事を書かせないようにする狙いでしょう。

――ヘルソンの学校の生徒は今、どうしているのですか。

ロシア軍は首長などと同様に、校長たちを脅しています。ロシア語で、ロシアの教育カリキュラムに従って教えるように、と。

私の住んでいたカホフカ市では、4月8日、公立学校がいっせいに学期を前倒しして終了し、「夏休み」になりました。校長たちの抵抗です。

ウクライナ文部科学省も、ロシア式の教育を拒否するため、授業の「早期打ち切り」を奨励しています。政府は、ロシア軍が撤退すれば授業を再開する方針です。

ヘルソン市に近いアレクサンドロフカ村の学校は、ロシア軍の砲撃で校舎が破壊されました。以前から授業ができていません。農村部ではそういう例が多い。オンライン授業も不可能です。ロシア軍が通信を切断し、インターネットが使えないのです。

砲撃を受けて破壊された学校=ヘルソン州アレクサンドロフカ村
砲撃を受けて破壊された学校=ヘルソン州アレクサンドロフカ村、オレク・バトゥーリンさん提供

――仮にロシア軍や親ロシア派による占領が続くとして、統治はうまくいくと思いますか。

役所なら公務員、警察なら警察官が必要だが、親ロシアの人材は少ない。機能しないと思います。

ヘルソン州では各地で反ロシアの集会やデモが続いています。ロシア軍は当初、ウクライナ人が花束を手に歓迎してくれると思っていたのでしょうが、完全な間違いです。

――ロシア軍の占領後、経済に変化はありますか。

物不足で、価格が数倍になったものもあります。砂糖は、ウクライナの他の地域の4倍します。パンなどもすべて高くなり、手に入りにくくなっています。

――ロシア側は、実効支配するクリミア半島から、人道的支援物資を持ち込み、配っていると主張しています。

経路は分かりませんが、クリミア半島産の肉が売られています。保存状態が悪く、傷んだ肉で腹を壊す人がいて問題になっています。

最も深刻なのは薬が入手できなくなったこと。糖尿病など慢性疾患の患者が亡くなっています。また、現金がほとんど流通せず、銀行に長い行列ができています。

――自力で脱出する人は増えそうですか。

「黒いタクシー」と呼ばれる、2万5千ドル(約30万円)で脱出を請け負う運送業者が現れています。

大金を持たない人に、私は脱出のコツを伝えています。それに従って自家用車で脱出した人は、これまで100人以上にのぼります。

脱出に成功したウクライナ人の描いたイラスト。車窓にロシア語で「子供」と書いてある=ヘルソン市議会のテレグラムアカウント

筆者はこう見る

ウクライナ東部の掌握を目指すロシア軍は、南部でも第2戦線を展開している。その中心、ヘルソン州をめぐりウクライナ軍と激しい戦いが続く。

今のところ拉致を免れているヘルソン市の市長は4月12日、SNSに次のように書いた。

「たくさんの市民が自宅を捨て、脱出してゆくのは胸が痛む。『市民1人が去る損失は、空襲・砲撃2回分に匹敵する』と言われる。心の傷をいやせるのは故郷です。だから、いつか戻ってきてください」

キーウ州での集団虐殺、東部マリウポリ市の壊滅。命がけでロシアの支配地域から脱出する市民は今後も増えるだろう。ロシア軍の占領を助けているのが、親ロシア派ウクライナ人たちだ。

彼らは主にSNSを使って、自治体ごとに「集会禁止」「ロシア軍への接触禁止」などの命令書を出している。ロシアへの抗議集会がやまない現状を見ると、占領政策が機能していないのは明らかだ。

3月末に市長が拉致されたヘルソン州北西部のノバカホフカ市の広場で4月10日、親ロシア派がロシア支持の集会を開いた。SNSに彼らがアップした写真を見ると、参加者は30人、うち9人がロシア国旗を手にもち振った。

一方、3月にこの市で開かれたウクライナ支持集会では、その数十倍の市民がウクライナ国旗を手に参加、デモもした。親ロシア派の統治の正当性は強い疑問符がつく。

ウクライナ当局は4月12日、地下に潜伏していた、親ロ野党政治家のメドベチュク氏を拘束したと発表した。

ロシアのプーチン大統領に近く、娘の名づけ親にもなってもらった。ロシアが、ウクライナ大統領を現職ゼレンスキー氏から彼にすげ替える可能性があるとの情報もあった。

親ロシア派のウクライナ人政治家・活動家は、ロシア軍の後ろ盾がなくなれば「権力」を失う。両国軍の戦闘のゆくえが、彼らの運命を決する。