ロシアの大都市を拠点とする青年組織「春(ヴェスナー)・運動」(約1千人)は3月、SNSに反戦サイト「ビジュアル・プロテスト」を立ち上げ、主な活動の場をリアルからネットへと移した。
きっかけはプーチン政権が制定した「フェイク」法だ。ロシア軍を批判した場合、政権が虚偽とみなせば、最高禁固15年を科されるため、公の場で直接的に反戦を訴えることはリスクが高いと判断した。
全国のロシア人に「SNSでビジュアルな抗議活動をしよう」と呼びかけた。ストリート・アートなど、逮捕の危険が比較的少ないリアルな運動17種類を提起。それを写メしてSNSにあげ、アピールする。
最も多いのが「街路で結んだ緑色のリボン」。ロシアでは平和運動のシンボルとなっている。ウクライナ大統領の姓、ゼレンスキーとロシア語の「緑」(ゼリョーヌィ)の響きが似ているからと言われる。
バルト海に接するロシアの「飛び地」領土、カリーニングラードからは市街地の柱に結びつけたリボンが投稿された。
ほかにもモスクワ、極東、シベリアの数十か所から樹木などに結んだ画像の投稿が続いた。
プーチン氏の似顔絵など、ストリート・アートも多い。シベリアのノボシビリスクからは5月、緑に塗った壁に、黒いスプレーでプーチン氏を描いた絵が投稿された。「彼はロシア兵を死に追いやった」と書き添えている。
「お札に反戦の文句を書いて流通させる」運動も。4月24日の投稿は、5000ルーブル札に「プーチンはウクライナで子供を殺している」「ブチャはフェイクでない」と書いたり、戦争支持の「Z」を書いて、斜線で消したりしている。
ロシア最大の祝日、対ナチスドイツ戦勝記念日(5月9日)を「反戦の日」に変えようと呼びかけた。この日、ロシア各地で市民が戦死した自分の祖父の写真のプラカード掲げ行進する。プラカードに反戦の文章を書きこむ作戦だ。「祖父たちは今の戦争に恥じ入っている」とする、プラカードのひな形もネットで公開した。
実際使われた「反戦プラカード」の写真も9日、投稿された。ウラル地方のエカテリンブルクでは「私の祖父は戦争を繰り返したくなかった。私も戦争反対だ」と書いた紙を、プラカードの下半分に重ね、写メしている。
「春・運動」幹部は10日、ラジオ・リバティーの取材に、次のように語った。
「祖父がナチスと戦ったと言っている本人たちが、ウクライナでナチスと同じことをしている。欺瞞にほかなりません」
しかし、写メするためのリアルな運動は危険が伴う。ロシアは中国のように監視カメラ網が発達しているからだ。
サンクトペテルブルクの画家サーシャ・スコチレンコさん(30)はスーパーで、商品の値札2枚の上に、反戦の言葉を書いた小さな紙を差し込んだ。「春・運動」が推奨する活動の一つだ。しかし、当局が店内のカメラで発見。4月に逮捕、起訴された。ロシア語メディア・メデゥーサによると、フェイク法により最高で禁固10年が科されるという。
「春・運動」は9年前、政権の汚職を追及するサンクトペテルブルクの若者たちが立ち上げた。「民主主義」や「人権」の確立も求め、組織はモスクワなど5都市に広がった。
だが近年、弾圧のため、当局が様々な口実を使うようになってきた。
昨年5月、極右からリベラルまで様々な立場の若者が集まり議論するカフェバーをサンクトペテルブルクに開いた。それが「衛生上の理由」で関係者が起訴され、半年後、店は閉鎖に追い込まれた。
ビジュアルな反戦運動についても取り締まり対象にされた。当局は5月、「春・運動」が刑法で禁じる「カルト教団」に相当するとみなした。サンクトペテルブルク支部長の国立大生、ワレンチン・ホロシェニンさん(20)、学生の書記長エブゲニー・ザチェエフさん(20)ら6人が逮捕された。
「春・運動」は声明を出し、「反戦活動は違法ではない。違法なのは、戦争、ジェノサイド、殺人だ」と訴えた。また、エブゲニーさんらが逮捕された5月7日、「ビジュアル・プロテスト」に逮捕された若者との連帯を示す緑のリボンの写真が投稿された。ウラジオストクなど四つの都市からで、投稿はその後2日間に渡って続いた。
名門モスクワ大学の学生の活動も弾圧の対象になっている。同大生ドミトリー・イワノフさんは4月末、微罪で起訴され、今も拘留されている。容疑はSNSのサイト「抗議するモスクワ大生」に、「(反体制政治家)ナワリヌィのネット投稿をリポストした」という内容だ。戦争反対の文章をネットで転送したことが罪に問われた。
IT専攻の学生だが、これまでも繰り返し逮捕され、卒業に必要な試験を受けられないでいる。
なぜSNSでは反戦活動が可能なのか。ロシア生まれのSNS「テレグラム」がその場を提供している。ツイッターなどが遮断される中、理由は不明だが、当局の規制を免れているのだ。ゼレンスキー大統領の演説やロシア軍がウクライナの民間施設を攻撃する場面さえ見ることができる。
「春・運動」のテレグラムのサイトは、4万人が登録する。プーチン政権に批判的なロシア語のニュースサイトも数多い。ニューヨーク・タイムズやBBCもサイトを開設しており、ロシア人にとってテレグラムが「情報の抜け穴」となっている。
一方で、民主派の活動家の亡命が相次ぐ。プーチン政権批判で知られるパンクバンド「プッシー・ライオット」のリーダー、マリア・アリョーヒナさん(33)は食品宅配員に変装し、リトアニアへ出国した。
テレグラムのチャンネルで、「ロシアを覆う空気に耐えられない」と語った。
「春・運動」も、ウクライナ侵攻後、中核メンバー100人のうち6割が欧州などへ去った。ネットに国境はない。それを生かし、遠隔で反戦活動を続ける人が多いという。
ロシアに残る若者の主な動機は「愛国心」だ。書記長のエブゲニーさんや、モスクワ大学のドミトリーさんは、SNSで異口同音に次のように語っている。
「自分はロシアで生まれ育った。ここを去る選択肢はありません」
ネット中心の反戦運動に展望はあるのか。「春・運動」の広報担当者はオンライン取材に対し、次のように語った。
「それは戦争の行方にかかっています。私はウクライナが勝ち、ロシアが負けると思います。敗戦後、少しでもロシアで民主化が進めば、亡命中の活動家も帰国できるでしょう。ただ、それはすぐには起きず、プーチン大統領がこの世を去った後のことかもしれません」
筆者はこう見る
ウクライナ侵攻前、「人権」や「言論の自由」を支持するロシア人は増え続けていた。
ロシアの独立系世論調査機関レバダ・センターが調査で「何を一番大切な価値と考えるか」と質問したところ、この4年間で言論の自由などを支持する人の割合が増えた。
ネットの影響があるのは間違いない。国際政治経済ジャーナル「フォーリンアフェアーズ」によると、ウクライナでの戦争の情報を、ネットを使って西側から得ているロシア人は6人に1人にのぼる。
プーチン政権がウクライナ侵攻後、多くのSNSを遮断し、フェイク法を作ったのは、こうした背景がある。
同センターの4月28日の調査では、「特別軍事作戦」の支持率は74%だった。
同センターのボルコフ所長によると、そのうち66%(3分の2)程度は、国営テレビのプロパガンダから情報を得る、政権の「岩盤支持者」だという。
3月2日、ウクライナ侵攻後のロシア世論について、豪州メディアに、次のように説明した。
「ネット情報を見る若い世代は反戦的で、世代間ギャップがある。モスクワなど大都市と地方のギャップも大きく、都会では賛否が五分五分だ。全体的にみて(ウクライナの)事態に否定的なのは3分の1だ」
「春・運動」は後者の氷山の一角。顔を出して反戦活動する人間はごく一部だ。
今、ロシアの若者の関心は「兵役逃れ」に移っている。
「春・運動」は5月16日、「水面下で進む動員」というタイトルの投稿をした。
「(ロシアの)より多くの男性が、軍の『徴兵・連絡事務所』に顔を出すよう言われるようになってきた。『短期間の従軍』を募る手紙が国内で広がっている。企業では動員に備えた従業員の『リストアップ』が行われている」
そして、次のように兵役拒否を呼びかける。
「戒厳令がしかれていない以上、特別軍事作戦への参加拒否は違法ではありません」
英国防省によると、ロシア軍は2月に参戦した地上兵力の3分の1を失った。動員の必要性は高まっているとみられる。
一方、プーチン政権にとっては動員の実務を担うのはロシア各地にある「徴兵・連絡事務所」だ。ウクライナ侵攻後、その10か所以上で、火炎瓶を投げ込む放火事件が相次いでいる、と複数のロシアメディアが伝えた。
政権のプロパガンダ機関である「国営テレビ」離れも起きているようだ。ロシア紙コメルサント(5月11日)によると、メディア調査機関が「複数のメディアが異なる報道をした場合、何を一番信じますか」などと問う「調査」を実施したところ、「テレビ」と回答した人の割合は、2021年では42%だったのに対し、ウクライナ侵攻後では、3月17日時点で33%、4月27日時点で23%と減り続けている。
プーチン大統領が特別軍事作戦に動員をかけるのは難しくなっている可能性がある。また、「戒厳令(戦争状態)」を宣言し、国民総動員をかけるのは、きわめてハードルが高いと思われる。