1. HOME
  2. World Now
  3. 底なしの日韓関係悪化、「東アジア安保体制の危機」だと気づいているか

底なしの日韓関係悪化、「東アジア安保体制の危機」だと気づいているか

ことばで見る政治の世界
東アジア安保を維持する意志が問われる。日米韓首脳会談に臨む(右から)安倍晋三首相、トランプ米大統領、文存寅韓国大統領。2017年7月6日、独ハンブルクで。朝日新聞撮影

■日米安保条約の「不都合な真実」

30年ほど前から、日本の外交・安全保障問題を自分の専門領域としてカバーしてきた。

もし、日米安保の本質は何か、と問われたら、一言のもと「在日米軍基地の自由使用に尽きる」と答えるだろう。

うんとかみ砕いて言うと、1960年に改定された現在の日米安保条約は、アメリカが日本を防衛すること(第5条)と、「極東における国際の平和及び安全に寄与するため」アメリカが在日米軍基地を使えること(第6条)のふたつが柱になっている。日本国内向けには、第5条が強調される。日米安保は、アメリカが日本を守ってくれる約束だという理解は、国民の耳には心地よい。しかし、アメリカが本当に重視するのは、第6条である。すなわち、日本にいるアメリカ軍が、日本の領域外にも出撃できるという利点である。それこそがアメリカの世界戦略における日本の位置づけだ。

最初の安保条約(旧安保)は、連合国軍による日本の占領が終わると同時に発効した。朝鮮戦争の最中に結ばれたことからもわかるように、もともと安保条約とは、朝鮮有事に対応して在日米軍基地からアメリカ軍を出動させる仕組みなのだ。

1951年に締結した旧安保条約(左)と60年に改定した現行の安保条約(右)の原本=福永伸氏撮影

この「不都合な真実」は長い間、日本国民には極力伏せられてきた。1960年に現在の安保条約に改定されるとき、日本政府はアメリカ政府との間に「事前協議」という制度を設けることで合意した。アメリカ軍が配置や装備に重要な変更を加えたり、日本国外に出動したりするときは、アメリカは日本と事前に相談しなければならない、という内容だ。アメリカの対外戦争に巻き込まれたくない、という日本世論に配慮した仕組みといわれる。

だが安保改定時に、日米両政府はこの「事前協議」を無効にする密約を結んでいた。朝鮮半島有事で在日米軍が出動する際は、日本との事前協議は必要ないとされた。この密約の存在が公的に確認されたのは、なんと民主党政権の2010年である。

■佐藤栄作首相、衝撃の提案

近年は、もっと赤裸々な事実が明らかになっている。

この話は、沖縄がまだアメリカ軍の施政下にあった1960年代後半のことである。

当時の佐藤栄作首相は、「沖縄の祖国復帰が実現しない限り、我が国の戦後は終わらない」と宣言し、沖縄返還を最重要課題にしていた。しかし、大きな障害があった。それは、アメリカが沖縄に配備していた核兵器である。佐藤は、「核抜き本土並み」を模索したが、アメリカは核配備の続行を譲らない。交渉は暗礁に乗り上げた。

佐藤は、1968年12月と翌1969年2月、ひそかにある人物を首相官邸に招いた。日本占領時代から日米間のバックチャンネルとして暗躍していたハリー・カーンである。佐藤は、アメリカにメッセージを伝える役をカーンに期待した。

密談の記録は、佐藤の政務秘書官であった故楠田実が個人的に残していた資料の中にあった。(以下は、この資料を報じた2015年5月9日放映のNHK「総理秘書官が見た沖縄返還~発掘資料が語る内幕~」による)

佐藤栄作首相(右)と沖縄返還前の琉球政府・屋良朝苗主席 =1970年1月28日、朝日新聞社撮影

カーンは、アメリカの立場をこう説明する。

「アメリカにとって日本本土及び沖縄の基地は、朝鮮半島での事態に対処するため必要なのだ。日本と沖縄の果たす役割は絶対だ」

カーンは、朝鮮半島の有事を念頭に、沖縄での核兵器配備を重ねて要請する。

佐藤は、日本の国民感情は核を受け入れないとあくまで拒否する。だが、その代わりに驚くべき提案を口にした。

「そういう事態が発生したら、アメリカ軍は日本本土の基地を使えばよいのだ。その結果、日本が戦争に巻き込まれても仕方がない」

「朝鮮半島でアメリカ軍が出なければならないような事件が起こった場合、日本がそれに巻き込まれるのは当たり前だ」

「このことを自分の国から言うのは初めてだ。国会でも、もちろんこんなことは言ったことはないし、絶対に口外しないでほしい」

このやりとりは手書きで、日本語で記録されていた。日本側の記録であることは明白で、佐藤の発言のそのままであろう。

このように、日米安保とは、第2次朝鮮戦争に備える仕組みであった。

さいわい、朝鮮半島で有事が再発しなかったため、日本は戦争に巻き込まれなかったにすぎない。日米安保を単にアメリカが日本を守る条約と考えると、本質を見誤ってしまう。

■危機にある、東アジア安全保障の構図

アメリカは韓国との間で米韓相互防衛条約という軍事同盟を、朝鮮戦争休戦協定後の1953年10月に調印している。アメリカの視点からみれば、米韓と日米のふたつの条約を中軸に、東アジアの安全保障体制を築いている。アメリカにとっては、在韓米軍と在日米軍とは別個独立した存在ではない。セットで考えるのが当たり前だろう。

アジアにおけるアメリカの軍事戦略を、英語で「ハブ・アンド・スポーク(Hub-and-Spokes)」と呼ぶ。アメリカを軸に、二国間条約を張り巡らして築いた安全保障体制だ。ヨーロッパの北大西洋条約機構(NATO)のような多国間で構成する集団安全保障体制ではない。あくまで軸であるアメリカが中心のシステムである。

この「ハブ・アンド・スポーク」が機能するには、ふたつの条件が必要だろう。

ひとつは、アメリカの二国間条約のパートナーである国同士の関係が良好であること、少なくとも敵対関係ではないこと。アメリカの同盟国同士がいがみ合っていては、安全保障は実質的には機能しない。もうひとつは、アメリカの側にこの「ハブ・アンド・スポーク」を維持し、地域に関与し続ける強い意思があること。そこには、いがみ合いがちな国同士をなだめて関係を改善することも含まれるだろう。

アメリカは実際、その役割を果たしてきた。植民地支配の歴史を引きずる日韓関係は、一貫してアメリカの頭痛のタネだった。日韓の国交樹立を目指す両政府の交渉は1951年に始まり、1965年までかかっている。なんとかまとまったのはアメリカの強い圧力があってのことだった。韓国がこのほど破棄を通告した軍事情報協定も、オバマ政権の支持のもと、2016年にスタートした。アメリカという仲介役が日韓関係には欠かせないのが現実なのである。

しかし、その構図はもはや崩れかかっているのではないか。

韓国の文在寅政権は、歴史認識問題に関心を集中するあまり、安全保障を含む日韓関係全体をバランスよく組み立てることができなくなっている。

いっぽう日本の安倍政権は、アメリカとの関係さえよければ安全保障環境を乗り切れると考えがちで、韓国に対しては「もういい加減にしろ」と言わんばかりに圧力を強めている。
そしてトランプ大統領は、同盟関係を、経済の損得で割り切ろうとしている。日米安保ですらディールの対象になりかねない。当然のことだが、「ハブ・アンド・スポーク」への持続的関与は極めて怪しい。

さらに状況を悪化させているのは、日米韓それぞれの国内でも、ナショナリズムやポピュリズムが渦巻いていることだ。これが安保体制に遠心力として作用している。

日本産ビールの販売中止を知らせる掲示があるソウルのスーパーの飲料コーナー=2019年7月6日、武田肇撮影

このような状況下では、多国間の枠組み抜きのアメリカを軸とする二国間関係だけで、はたして東アジアの安全保障は保たれるのだろうか。朝鮮半島だけではない。政治的・軍事的に超大国になりつつある中国、専制体制を強めるロシアのプーチン政権もいる。それらと対峙しつつ、地域の安定を築く公共財の役割を、東アジアの安保体制は担えるのか。

今まで全く想定していなかった危機の時代の始まりである。