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再エネ100%を目指すオーストラリアの先進地 「切り札」はテスラのメガバッテリー

World Now 更新日: 公開日:
ホーンズデール風力発電所とメガバッテリー
ホーンズデール風力発電所とメガバッテリー=南オーストラリア州提供

イーロン・マスク氏がスピード完成

青空の下には、茶色い荒野が広がっていた。数分おきに小さな竜巻のような土煙が舞う。荒野の先には白い鉄塔がそびえ立ち、三つの巨大な羽根が「ブオンブオン」と音をたてて回っている。風力発電の風車だ。右を向いても、左を向いても、見渡すかぎり、多くの風車が立っていた。

ここはオーストラリア南部、南オーストラリア州の州都アデレードから北に車で3時間ほどの場所にある「ホーンズデール風力発電所」。山手線の内側よりも広い敷地内に、99基の風車が並ぶ。フランスの再生可能エネルギー会社が運営しており、最大出力は316メガワットある。貿易風が丘にあたって吹き下ろされる場所に位置することから、安定した発電ができる。

オーストラリア・ホーンズデールの位置=Googleマップより

風車の間を縫うように、風力発電でつくった電気を街に送る送電線が走っていた。すぐ脇の荒れ地には、縦横1メートル、高さ2メートルほどの白くて細長い箱形の装置が何百個も並べられている。冷蔵庫のようにも見えるが、よく見ると「TESLA」の文字が。風力発電の電気を「貯(た)めておき」、夜間など電気が足りないときに流して調整できるメガバッテリーだ。

同州なども出資し、2017年に約9000万豪ドル(約88億円)かけて設置した。

テスラのイーロン・マスク最高経営責任者(CEO)は「州政府との契約締結から100日以内にシステムの設置と稼働が完成しなければ費用は無料にする」とツイート。締結から63日間で完成させたことで「賭け」に勝ったことでも、当時世間の注目を集めた。

ホーンズデール風力発電所
ホーンズデール風力発電所=2024年5月、南オーストラリア州、佐々木凌撮影

バッテリーはリチウムイオンバッテリーで、技術そのものはテスラの電気自動車(EV)に使われているものと同じだ。このメガバッテリーの貯蔵容量は129メガワット時で、2017年時点では世界最大だった。

「とはいえ、州全体の発電量からするとわずか。当時は役に立たず、お金の無駄だとたたかれたが、今ではそんなことを言う人はいない」。州政府幹部のクリストファー・ウッドさんは語る。

というのも2022年、メガバッテリーの調整機能をうまく用いて10日以上、全州で必要な電気を再エネで賄うことに成功したからだ。同州は今、再エネの普及率で世界の先頭を走る。ただ、この世界的な記録を打ち立てるまでには、激しい再エネ批判に見舞われるなど、その道のりは険しかった。

南オーストラリア州幹部のクリストファー・ウッドさん
南オーストラリア州幹部のクリストファー・ウッドさん=2024年5月、南オーストラリア州、佐々木凌撮影

同州は2007年、地球温暖化対策として州内で必要な電気の100%を再エネだけで賄うことを将来の目標に掲げた。このとき州内は火力発電がほぼ100%(天然ガスが61%、石炭が39%)で、再エネは1%にも満たなかった。

それでも州政府は風力発電所や大規模太陽光発電所を建造し、太陽光パネルを取り付ける家庭への補助などを急ピッチで進めた。その結果、2015年時点で再エネ比率は36%に。2016年には、州内で最後に残った石炭火力発電所が閉鎖された。州政府が補助金を打ち切ったためだ。

だが、閉鎖から半年も経たない同年9月、50年に1度といわれる嵐が起き、前代未聞の「全州停電」が発生した。

豪雨と暴風、8万回以上の落雷で多くの送電塔が倒れるなどし、隣接州から送電を受けることもできなくなりブラックアウトに。必ずしも再エネが原因ではなかったのだが、「不安定な再エネに頼りすぎたからだ」「石炭火力を廃止したせいだ」などと、州政府は激しい批判を浴びた。

南オーストラリア州の発電所に並ぶメガバッテリー
広大な敷地内に白い直方体のメガバッテリーが並んでいた=2024年5月、南オーストラリア州、佐々木凌撮影

そもそも電気は、発電量と消費量が釣り合わなければ、周波数が乱れる。すると発電所などが壊れないように次々と自動停止し、大規模停電が起きる恐れがある。そのため反対派は、発電量が安定しない再エネは天候や昼夜を問わず一定の電力を安定的に低コストで供給できる「ベースロード電源」にはなり得ないと主張してきた。全州停電により、こうした再エネへの不安や不満が再燃した。

停電対策にも

そこで州政府が切り札として導入したのが、テスラのメガバッテリーだった。発電が不安定であっても、大量にできた電気を大規模に貯めて供給を調整すれば、安定して発電しているのと同じことになる。同州がメガバッテリーの導入を決めたことは、大規模停電のシンプルな解決策になった。

テスラの共同創業者兼CEOのイーロン・マスク氏
テスラの共同創業者兼CEOのイーロン・マスク氏=2024年4月、アメリカ・カリフォルニア州、Image Press Agency via Reuters Connect

余った再エネの電気をつかって水をくみ上げ、電力需要が高まる夜間などに水を落下させて発電する「揚水発電」の整備も検討した。だが、揚水発電では発電までに時間がかかり、長期的な調整には役立つものの、熱波で電力需要が急激に増えたり、停電で周波数が不安定になったりしたときに、すぐに対応できない。これに対し、メガバッテリーは機動力が強みだ。発電量と消費量に応じて、瞬時に蓄電と放電を切り替えられる。

実際、メガバッテリーの稼働後は、大規模な停電は生じていない。ホーンズデール風力発電所の運営会社によると、2019年に送電線のトラブルで隣州から送電を受けることができなくなって周波数が乱れた際にも、バッテリーの調整によって停電を回避し、1400万豪ドル(約13.7億円)分の損害を防げたという。

電力調整用のガス発電やディーゼル発電の起動も大きく減ったため、電気代の削減にもつながった。同社によると、メガバッテリーがなかった場合と比べ、住民が払わずに済んだ電気代は最初の2年間だけで、約1億5000万豪ドル(約146.7億円)に上り、初期投資額を上回る削減効果があったという。

このメガバッテリーは再エネを無駄なく最大限使うための成功事例となり、国内外のメガバッテリー導入の呼び水となった。同州も2020年にメガバッテリーの容量を64.5メガワット時増やして1.5倍にするとともに、他の場所にも整備。現在では6カ所で稼働中で、さらに一つを建造中だ。

アメリカ・カリフォルニア州に設置されたテスラのメガバッテリー「メガパック」=テスラのYouTube公式チャンネル

バッテリーによって再エネが最大限活用できるようになったことで、2022年12月9日~19日の丸10日と18時間45分連続で、州内で使った電気の100%を再エネだけで賄うことに成功。州政府によると、州全体という広範囲で10日以上、風力・太陽光の再エネだけで必要な電気を生み出したのは、世界初だという。

2023年の1年間でも、州全体で1日に使われた電力の100%を再エネだけで供給できたのは、180日に上る。当初の目標よりも3年前倒しで、2027年までに再エネ100%が達成できる見通しを示す。

短期間で「再エネ先進地」になることに成功した理由は、好条件が重なったことが挙げられる。人口が約180万人と日本の約70分の1で福島県と同じぐらいだが、面積は約98万平方キロメートルで日本の2.6倍ほど。日照時間が長く、太陽光より比較的安定して発電できる風力発電に適した土地も多かった。

ウッドさんは加えて、他州と比べて石炭に依存しない経済だったことも大きかったと指摘する。石炭の産出や輸出が盛んなオーストラリアだが、同州はもともと炭田が一つだけで他州よりも生産量が少なく、石炭火力発電の比率も低かったため、再エネに舵(かじ)を切りやすかったと言える。「我々はオーストラリア初となる再エネ100%を必ず実現する。だが、それで終わりではない。再エネは、まだまだ増やせるからだ」と力を込める。

次のステップとして期待されるのは、再エネを使った水素の製造だ。