復活した「マツダの魂」
――新車への搭載が終了していたロータリーエンジンが今年、11年ぶりに復活しました。その背景や狙いは何だったのでしょうか。
ロータリーエンジンはマツダの歴史そのものであり、貴重な資産でもあります。社内には「マツダの魂」とまで表現する人も少なくありません。
しかし、2012年に搭載する車種の生産が終了し、同時にロータリーエンジンの量産化も終了しました。
その後時代が進み、クルマは電動化の時代を迎えています。そんな中で、エンジンにはこれまでの「動力源」に加え、電気自動車を動かすモーターに電気を送る「発電機」という新たな役割も与えられるようになりました。
ロータリーエンジンの大きな特長として、コンパクトでハイパワーであることが挙げられると思います。これは、EVの発電機という新しい使い方にとても向いています。ロータリーエンジンに新たな可能性が与えられたということです。
――ロータリーエンジンの11年ぶりの復活に、上藤さんはどのように関わったのですか。
2020年に商品本部に異動になり、ハイブリッドエンジンを搭載するSUV「MX-30」を、プロジェクトマネジャーとして担当することになったのが始まりです。
マツダでは、車種ごとに「主査」と呼ばれる立場の担当者がいて、企画・構想・開発・生産・収益管理・販売など、その車に関する全般を統括しています。私は2021年に前任者から、MX-30の「主査」のポジションを引き継ぎました。
新しい車種としてMX-30の開発が始まったのが2016年。当時、私は別の部署にいましたが、たまたまその情報を知ることができる立場にあり、EVの「発電機」としてロータリーエンジンが使われることも知っていました。
ただ、当時からそのことを知っていた人は、社内でもそんなに多くはなかったと思います。
「なぜ自分が?」からの挑戦
――ロータリーエンジン復活の話を最初に聞いたとき、どう思いましたか。
私自身は、ロータリーエンジンそのものの開発に深く関わってきたわけではありませんが、マツダの社員として誇りに思っている技術であることは間違いありません。
量産が終了した後は、開発者たちは他の部署に散り散りになってしまっていました。なかにはロータリーエンジンへの思いが忘れられないまま、新しい部署への配属をひそかに「出稼ぎ」と呼んでいた開発者もいたと聞いています。
そんな「ロータリー冬の時代」にあっても、社内で研究・開発がきちんと続いていたことを知ったときは率直にうれしかったですし、応援したいと思いました。多くのマツダ社員が同じ気持ちだったと思います。
――その一方で、ロータリーエンジンの量産化再開を実際に担当する立場になるというのは、大きなプレッシャーがあったのではないですか。
なぜ自分が、というのが最初の正直な感想でした。特に最初の1カ月は「これは、とんでもないものを引き受けてしまったのではないか」とすら思ったのが正直なところです。
コロナ禍だったこともあり、打ち合わせはオンライン中心。顔を合わせる機会がない人も多く、どこにどういう人がいるかを覚えるだけでもたいへんでした。何とか努力した結果、その後は声だけでその人が誰かがわかるようにもなりましたが。
ただ、これは自分にとっても大きな挑戦になるなというふうに考えると、自然にチャレンジング・スピリットがわき上がってくるのを感じました。
大きなバトンを受け取ったわけですから、途中でどれだけ転んでも、絶対にゴールテープを切ってやるぞと。自分が意外と負けず嫌いだということに、自分自身でもあらためて気付かされました。
担当してみるとやはり苦労の連続で、開発も年単位で遅れてしまいました。いま振り返ってみると、怒号が飛び交ってもおかしくないような場面も多々ありましたが、ありがたいことに実際にはそういう雰囲気にはならなかったんです。
プロジェクトを進めるにあたり、メンバーはそれぞれがベストを尽くし、「誰が悪い」というようなことは誰も言わなかった。「すべてうまくいったら、逆におもしろくないよね」と言ってくれるメンバーもいました。
ロータリーエンジンを扱っている「特別感」のようなものもあったのかもしれませんが、メンバーには本当に恵まれたと思っています。数多くの人たちに助けられて、さらにチーム一丸となって、なんとかここまで乗り切ってきました。
ゼロから開発する難しさ
――開発が難しかった点を具体的に教えてください。
今回、ロータリーエンジンを発電機として採用したのはプラグインハイブリッド車(PHEV)。バッテリーから供給された電気のみで走るバッテリー式電気自動車(BEV)の技術を応用しつつも、エンジンにあたる電駆ユニットも含めてすべてゼロから設計し直す必要があります。
さらに、発電機として使うための理想のロータリーエンジンを作るために、今回はこれまで触ることがなかった領域まで踏み込んで、まったく新しく作り直したようなところもあります。
ロータリーエンジンはこれまで、2機のローターで一つのエンジンとして構成されていたものが主流でした。ただ今回は発電機ということで、あくまで電動モーターをサポートする役割。狭いスペースに収めなければならないことを考えると、1機で構成して、しかも十分な出力を出すことが求められます。
例えば、心臓部にあたるローター部分の大きさは、これまでの開発ではほとんど変更されてこなかったのですが、今回初めて手をつけることになりました。電駆ユニットの一部分として収めるために、簡単にいうと平たくして大型にしなければいけなかったからです。
もちろん、これまで長年の技術の積み重ねがあってこそ実現できたことではあるのですが、我々としてもまったく未知の領域の開発なので、常に何が起きるかわからないという状況が続いていました。
私自身、何度も何度も嫌な汗をかきました。それでも、「電動化の時代にロータリーエンジンで新たな技術を生み出そう」という合言葉の元で一丸となり、最終的には、コンパクトで十分な出力を出せるロータリーエンジンを開発することができました。
――たいへんな過程を乗り切ってこられたということですが、これまでにもそういう経験があったのでしょうか。
なきにしもあらず、というのが正直なところでしょうか。
商品本部に異動する前は、車両技術部で長く塗装を担当していたのですが、塗装工場が火事で燃えてしまったという経験をしておりまして。
まだ若手のころだったので、すべての責任を負うという立場ではなかったのですが、それでも担当していた車を作ってくれる別の工場を手配するといった業務を、他のメンバーと一緒になって走り回ってこなしていたことを覚えています。
2007年には、中国での新工場の立ち上げメンバーになったこともあります。あるとき、工場内で使う補助具を地元の企業に発注したところ、図面の寸法よりすべて少しずつ短いサイズで仕上がってきました。
理由を聞いたところ「寸法どおり作ったものを、見栄えがよくなるように磨き上げたんだ」とのこと。工場内で使うもので、お客さんの目に触れるものではないので、見栄えはそれほど重要ではなく、むしろ寸法の方が大事であることをあらためて伝えて、作り直してもらいました。
発注の際の図面にすべて書かれていたことではあったのですが、特に海外でのコミュニケーションの取り方について、とてもいい勉強になりました。
もちろん、MX-30の主査としての経験とは、立場も苦労の種類も異なってはいます。ですが、若いうちにそういった体験をしてきたことが、私の中ではこのプロジェクトを乗り切ることができた原動力の一つになっていると感じています。
未来の「モビリティ」に見える可能性
――今年9月にMX-30 Rortay-EVが国内でも正式に発表され、受注・量産が始まりました。ロータリーエンジンはこれから、どういう方向に向かっていくのでしょうか。
9月にその日を迎えることができたときは、月並みな言葉ではありますが、まさに感無量でした。一方で、ようやくスタートラインに立てた、という気持ちもあります。
ロータリーエンジンは、様々な可能性を持ったエンジンだと思っています。水素をはじめとする様々な燃料にも対応可能で、将来性・拡張性のあるユニットとして捉えることができます。
今回、コンパクトで高出力な発電機として世の中に送り出せたことは、まずは大きな一歩となったと感じています。これからは、実際に使っていただいたお客さまの受け止めや、世の中の動きにも影響を受けることになるでしょう。
マツダは、適材適所の商品をそれぞれの地域の実情に応じて提供するという「マルチソリューション戦略」を掲げていますが、ロータリーエンジンもこれから、そのカードの一つという重要な役割を担っていくことになるはずです。
ものすごく遠い将来にも確かに夢がありますが、手の届きそうなすぐ近くの将来に実現しそうな技術にこそ、人はワクワク感を感じるのだと思います。ロータリーエンジンはまさにいま、そういうところにある技術ですし、それをかたちとして実現していかなければならないと思っています。
――これからのクルマは、どうあるべきだと思いますか。
電動化の流れが避けられない中で、クルマと人とのつながり、関わり方も大きく変わっていくのではないかと考えています。
「東京モーターショー」が「ジャパンモビリティショー」に変わったのも、より多様性が認められる社会へと変化していくなかで、クルマもそれを受け止める「モビリティ」へと進化していくというメッセージだと感じました。
電気自動車を「大きな動く蓄電池」として利用しやすくしたり、空を飛ぶクルマも含めた無人搬送機を災害救助の現場で使えるようにしたり。これからはメーカーも「自動車でできること」だけでなく、「自動車の技術でできること」も考えていく時代だと思います。そのためには、他業種や自治体との連携といったことも不可欠になっていくのではないでしょうか。