完全自動運転へ過熱する期待 テスラ車の例から安全性高める企業姿勢と仕組みを考える

自動運転技術に関連して、EV(電気自動車)で世界シェア1位のテスラは目立つ企業である。同社CEOのイーロン・マスク氏は自動運転の将来性を声高に宣伝してきた。同社はレベル2(人間の介入を前提とした自動運転に準じる運転支援機能)の「オートパイロット」機能を市販車に搭載しており、テスラのユーザーは自動運転機能(運転支援機能)に慣れ親しんでいる。また同社は自動運転タクシー事業への参入意向を表明している。
マスク氏は、テスラのCEOとして「完全自動運転は来年にも実現する」と11年連続で約束し続けてきたそうである。つまり、実現は簡単ではなかったのだ。
マスク氏は2022年、英紙フィナンシャル・タイムズの記者に対して次のように述べた。「人間の運転よりも安全度が高い自動運転の達成に、かなり近づいてはいるのです。そして一番良く見積もれば、今年中にそこまで到達できると思います。本当にあと少しなのです」「進歩は劇的です。人間による運転と同じ安全レベルに達するだけでなく、人間をはるかに超える安全レベルに達するだろうと、自信を持って言えます。究極的には、けがをする確率で言えば人間よりは10倍安全だろうと思います」
実現するなら、すばらしいことだ。しかし裏付ける証拠はあまりにも乏しい。
米国では自動運転技術に関わる事故が多数報告されている。メーカー別に見ると、突出して多いのがテスラである。
テスラ車の自動運転技術に関わる早い段階の事故の一つは、日本で起きた。
2018年4月29日、神奈川県綾瀬市の東名高速上り線でレベル2自動運転機能(運転支援機能)を使っていたテスラ車による人身事故が発生した。バイク4台でツーリングしていた集団のうち1台が渋滞で止まっていたバンに接触し転倒。仲間が事故車のライダーを救護していたところにテスラ車が減速せずに直進して突っ込んだ。停車中のバイクがはじき飛ばされ、救護中だったライダーにぶつかって転倒させ、そこをテスラ車が通過し、頭部をひいた。ライダー1人が亡くなり、2人がケガを負った。
テスラ車のドライバーは事故直前に「前方注視が困難なほど強い眠気に襲われ」居眠り運転をしていた。先行車が、事故後の救護のため停車中だったバンとバイクを避けて車線変更した。そこにさしかかったテスラ車の自動運転機能(ここでは車間距離を保つクルーズコントロール機能)は、どうやら停車中のバンとバイクをうまく認識できず、先行車がいなくなって「車間が開いた」と誤認識した疑いがある。自動ブレーキも警告システムも動作しなかった。人間のドライバーが運転していたなら回避行動を取ったのではないか。
テスラ車のドライバーは裁判で「運転支援機能の故障(暴走)」を主張し、無罪を訴えた。だが、テスラのエンジニアは神奈川県警に「クルーズコントロール機能は追尾していた車両が車線変更して、代わりに静止した車両が前方に現れるとエラーを起こすことがある。その点は納車時に説明している」と述べた。すでにユーザーに説明済みの欠陥が表面化した事故だったというわけだ。
一方、事故は時速10キロほどの低速走行中に起きた。この条件下で停車中のバイクという明らかに避けるべき対象に衝突したことを、どのように考えればよいだろうか。
しかも、テスラのWebサイトには当時、「テスラに乗り込んで行き先を伝えれば、後は何もする必要はありません」と書かれていた。ドライバーが居眠りしてしまった背後には、このような宣伝文句の影響があるのではないか。
裁判の判決は、運転支援機能にはあまり踏み込まず、ドライバーが眠気を覚えた場合の運転中止義務を怠ったとして運転手が事故責任を負う形となった。経緯を見ればドライバーの責任は重い。しかし、欠陥がある自動運転機能(運転支援機能)をドライバーが過信してしまったことが事故の原因である。事故を受けてメーカーがどれだけ誠実に欠陥を修正したのかは、不明である。当時のテスラ日本法人は事故に関して週刊新潮などメディア取材に応じなかった。
その後も、テスラのレベル2自動運転機能「オートパイロット」は人間のドライバーでは考えにくい種類のミスを犯してきた。
例えば停車中の緊急車両に衝突した事故や、降車中のスクールバスの脇を減速せずに通過して生徒を負傷させた人身事故が報告されている。また、オートパイロットを使用中の居眠り運転、よそ見運転による事故は複数起きている。
このことから、テスラは米司法省や米運輸省道路交通安全局(NHTSA)の調査を受けてきた。2021年8月、NHTSAは、オートパイロットを搭載したテスラが駐車中の緊急車両に激突する一連の事故(うち1件は死亡事故)について調査を開始。NHTSA当局は2022年6月、オートパイロット搭載のテスラ83万台を対象とした調査を強化し、同社の電気自動車と定置型の救急車や道路維持車が関与した16件の事故を特定した。
また、同年7月、カリフォルニア州陸運局(DMV)は、テスラが「オートパイロット」と、その有料オプションである「フルセルフドライビング(FSD)」機能について、自律的な車両制御をまだ提供できないにもかかわらず、実際より高性能に見える虚偽の宣伝をしていたと非難した。「フルセルフドライビング」という名称にも問題があると指摘した。
テスラのCEOであるイーロン・マスク氏は、テスラが搭載する「オートパイロット」を信頼しているようである。マスク氏と同乗した英紙フィナンシャル・タイムズの記者は、マスク氏がテスラ車に運転を完全に任せている様子を目撃して驚いている。しかも、マスク氏自身の小さな子どもも同じ車に乗っていた。少なくとも、マスク氏本人はテスラ車に運転を任せることを危険な行為だとは思っていなかったようだ。
「『(人の)介入なしで空港まで行ける』とマスク氏が言う。私は警戒して、シートベルトを締めた。マスク氏はマジシャンかもしれないが、間違っている可能性もある」(日本経済新聞掲載の2022年10月7日付翻訳記事より)
念のために補足すると、テスラの自動運転機能は前述したようにレベル2であり、ドライバーは常に運転に介入できるようにハンドルに手を置いているべきだと考えられる。実際には、ドライバーがテスラ車のオートパイロットを信用しきってしまい、居眠り運転、よそ見運転などが多発しているとも伝えられるのだが。
Business Insiderの報道はテスラ車に対するマスク氏の自信の根拠に疑義を呈している。テスラ社は、自動運転ソフトの「訓練」にあたり、マスク氏や有名インフルエンサーがよく通るルートを特別に優遇していたというのだ。
例えばマスク氏の邸宅の私道を出入りする経路や、テスラの工場周辺のルート、マスク氏が創業した米宇宙企業「SpaceX」周辺のルート、サンフランシスコにあった同じくマスク氏がオーナーのTwitter(現X)本社周辺などである。
つまりマスク氏本人は自社の自動運転機能の最も優秀なケースを体験していたことになる。マスク氏が自動運転の不具合を見つけたとき、原因となったデータを作成した従業員は解雇されたという。従業員にはマスク氏のユーザー体験だけを特別に優先する強い動機があった。このような一部の人々だけを優遇する取り組みについて、取材を受けた元従業員は「不誠実だと感じた」と振り返っている。
テスラ車への調査はまだ続いている。ただし、テスラのCEO(最高経営責任者)であるマスク氏が、新設の「政府効率化省(DOGE)」のトップに任じられて第2期トランプ政権入りを果たしたことで、問題は複雑化した。
2024年12月1日、米投資会社スタイフェルのアナリストは、テスラの株価見通しを引き上げた。米大統領選でトランプ氏が当選したことで、テスラの運転支援機能「オートパイロット」の有料オプションである「フルセルフドライビング(FSD)」の利用範囲拡大や、無人ロボタクシーの「サイバーキャブ」が認可される可能性が高まったと見たためだ。テスラの株価は同2日の市場で約3.5%上昇して357ドルの終値をつけ、2022年4月以来の最高値を記録した。バイデン民主党政権よりも、第2期トランプ共和党政権の方が「自動運転の安全性に甘く、自動運転のビジネスに優しい」と投資家たちは考えたわけである。
12月13日には、トランプ次期米大統領の政権移行チームが、先進運転支援技術や自動運転技術を搭載した車両の衝突事故の報告を義務付けるNHTSAの指令の撤廃を勧告した。
衝突の30秒以内に先進運転支援技術や自動運転技術が使われていたなどの場合、自動車メーカーに事故の報告を義務付けていたが、これを「過剰な」データ収集だと主張しているという。ロイター通信によれば、2024年始から同年10月15日までにNHTSAに報告された死亡事故45件のうち40件はテスラの車両だった。また、政権移行チームは自動運転車の規制を「自由化」、「(業界の)発展を実現する最小限の規制」を勧告した。このニュースを受け、テスラの株価は4%超上昇した。投資家らは規制緩和が企業活動を後押しする「良いニュース」だと捉えたわけである。
テスラ社は、事故の報告義務や事故の報道記事などがテスラ車の安全性を実際よりも悪く見せ、不公平で誤解を招くと考えているようだ。同社の元政策・事業開発担当副社長ローハン・パテルは「一般大衆は脈絡も分析もない誤ったデータによって混乱している」と述べた。規制機関とは正反対の見方をしている訳である。
事故の多発にもかかわらず、同社は自動運転技術の普及をさらに進める姿勢だ。2025年1月末に開かれたテスラの四半期決算説明会で、CEOのイーロン・マスク氏は2025年6月にテキサス州オースティンでレベル4の完全自動運転タクシーの運行を開始する計画を明らかにした。同社によれば、テスラ車の運転支援機能「オートパイロット」の有料オプションである「フルセルフドライビング(FSD)」の走行距離は30億マイルに達したという。
一方で、安全性に注目する立場の筆者にとっては、各企業が、多発する事故への対策や規制当局への報告や技術の改善を誠実に行っているのなら、堂々と規制に服すことがむしろ業界の発展には良いのではないかと思える。人の命の価値を軽く扱うことで企業の業績見通しが向上するとしたら、なにかが間違っているのではないだろうか。
締めくくりに、今までとは違う考え方を指摘しておきたい。
前述したように、テスラのCEOであるイーロン・マスク氏がトランプ第2期政権入りを果たしたことで、自動運転に関する規制緩和が進むと期待されている。日本においても、自動運転を推進する取り組みはより盛んになりつつある。ただし、いままで述べてきたように自動運転の安全性に関するデータは乏しく、安全性に関する議論がどれだけ真剣に行われているのかには疑問がある。
自動運転を開発する研究者や起業家たちが「完全自動運転で死傷者を減らすぞ!」「運転手不足問題を解決するぞ!」と意気込み、精力的に開発する営みを否定したい訳ではない。技術者や技術に特化した企業が、技術による課題の解決に全力を尽くすことは当然である。
だが、自動運転技術は人間のドライバーとは違う種類の事故を起こす。記事で見てきたように、自動運転車はこれまでに停車中の自動車やバイクに衝突し、自転車の横断を先行車と誤認し、巻き込み事故の被害者をひきずった。こうしたレアケースへの対処はそもそも難しい。自動運転技術が完成度を高める過程で、どれだけの人々が死傷することになるだろうか。
社会の全体最適を考えるなら、自動運転技術とは別のやり方を同時に考えてもよいのではないか。例えば「事故を減らす」という課題への対策としては歩道と車道の分離など交通環境の整備を進めるやり方が正攻法である(宇沢弘文、『自動車の社会的費用』、岩波新書)。また「運転手不足」という課題への対策として経済学が教える正攻法は「運転手の給与を上げる」ことだろう。
前述のCruiseは100億ドル(1兆5500億円)を投入した自動運転タクシー事業を継続できず断念した。もちろん企業の研究開発投資というミクロな動きと、公共投資というマクロな動きを単純に比較することはできないが、「事故を減らす」「運転手不足を解消する」という課題の解決を考えるなら、都市計画や運転手の給与にお金を振り向ける考え方にも一考の余地があるのではないだろうか。
ここで重要な点を確認しておく。(1) 自動運転技術は人間とは異なる種類の事故を起こす。予測や事前の対策が難しい。(2) 自動運転技術に関する事故に関わるデータは不十分で、安全性の検証は道半ばである。現状では自動運転技術が人間よりも安全とはいえない。(3) 自動運転技術の開発コストは多くの開発企業の想定を上回り、開発撤退の例が相次いでいる。(4) 第2期トランプ政権のもと、自動運転技術への安全基準を緩める方向の圧力が予想される。
AI(人工知能)用半導体で急拡大した半導体メーカーNVIDIA(エヌビディア)の自動車部門を副社長兼ゼネラルマネージャーとして率いるAli Kani氏は最近、真の自律走行車は「この10年間には現れない」と述べ、加熱する期待を冷まそうとした。「業界はゆっくり前進する必要がある。1社が一つのミスを犯しただけで、業界全体が数年遅れてしまう。 だから、私たちは最も責任ある行動を取り、どんな近道も避けるべきだ。本当に安全であることが証明されて初めて行動できる」。筆者はこの意見に同意する。
自動運転技術の開発会社が唱える楽観論と、自動運転の間違いによる人身事故の悲惨さという現実の間には、大きな隔たりがある。そして自動運転技術の開発や、その安全性の評価には、想像を超えた金額と努力が必要であることが見えてきているのである。
記事の最後に、筆者の提案を記しておきたい。
1点目に、自動運転の推進側(自動車業界やソフトウェア業界)と利害関係を持たない専門家による団体を設置し、自動運転技術の安全基準の設定、事故調査に関わる情報を共有し、自動運転技術の研究開発に反映させてほしい。
2点目に、自動運転技術の推進に関わる社会的合意を取るため、事故の詳細や安全性評価などの情報は、たとえ企業側に不利な情報であっても公開してほしい。
特に事故の教訓は企業秘密の壁を越えて共有する枠組みをぜひ構築してほしい。Waymoは2530万マイルの走行で死亡事故ゼロの実績を誇らしげに発表したが、残念ながらこの実績は他社、例えばテスラやホンダの自動運転技術の安全性を裏付けない。自動運転技術の開発は各社がバラバラに行っているからである。さらに、前述のACM(Association for Computing Machinery、米国計算機学会)の指摘によれば、2530万マイルという走行距離は安全性を確認するにはまったく不十分なのである。
筆者は自動運転技術を否定はしない。ただし開発企業は楽観的な見方をするだけではなく、悪い材料にこそ真剣に取り組んで欲しいと願う。科学哲学者ジャン=ピエール・デュピュイは巨大技術に伴うリスクを考える思考のフレームワークである「賢明な破局論」を唱えた(『ありえないことが現実になるとき』、ちくま学芸文庫)。このフレームワークでは「事故の可能性を最小化しよう」と思考するのではなく、起こりうる重大事故について深く思考し、さかのぼって対策を考える。見たくない、考えたくない出来事ほど、避けようとするのではなく、真剣に思考する必要があるのだ。