1. HOME
  2. 特集
  3. 風をつかむ力 エネルギーと国家戦略
  4. 習近平氏の「鶴の一声」、上意下達で全力疾走 目を見張る速さで進む中国の再エネ転換

習近平氏の「鶴の一声」、上意下達で全力疾走 目を見張る速さで進む中国の再エネ転換

World Now 更新日: 公開日:
南寧市郊外の「龍源風力発電」にあるオペレーションルーム。広西龍源風力発電の馬芸峰社長が、中国全土で1万2339基の風車が稼働していることを説明してくれた=2021年2月4日、中国・広西チワン族自治区、奥寺淳撮影

中国南部の広西チワン族自治区。中心都市の南寧市から車で約2時間、山あいに入ると、標高400~830メートルの山の尾根に沿ってそびえる90基の風車が目に飛び込んできた。国有電力大手「大唐集団」の風力発電所。高さ100メートルを超す風車が、山の風を受けてぐるんぐるんと回っている。

風車のたもとに行くと、「シュオォーン、シュオォーン」という羽根が風を切る低い音と、かすかな振動が体に伝わってくる。

「1.5元(約24円)、1.5元……」。勢いよく回る羽根を見上げながら、同集団の広西地区の潘炳康広報部長はにやりと笑った。「この音です。羽根が一回りするたびに1.5元分ずつ発電して、稼いでくれるんですよ」。風力発電を普及させるための固定価格買い取り制度(FIT)は、昨年末から段階的に打ち切られ始めた。しかし、発電効率が上がったことで1キロワット時あたりの価格が下がり、石炭火力の電力価格と同額か、より安く発電できるようになった。「補助金がなくなった分利益は減るが、それでも十分にもうかる」

ドローンを飛ばして上空から見ると、南寧市郊外の山の尾根に沿って国有電力大手「大唐集団」の風車が連なって見えた=2021年2月4日、中国・広西チワン族自治区、奥寺淳撮影

そこから西へ80キロの山あいにも、風力発電で中国最大手「龍源電力集団」の43基の風車が稼働していた。ここ数年で設備の巨大化が進み、発電効率が飛躍的に向上した。2014年に着工した第1期の発電容量は1基あたり2メガワットだったが、15年からの第2期は2.5メガワット。21年から採用する設備は4メガワットになるという。広西龍源風力発電の馬芸峰社長は「私が08年に黒竜江省で事業を始めたとき、1基あたりの発電容量は0.85メガワット。それが今では技術の進歩により1基で当時の5基分の発電ができる」という。

山の尾根に沿って建てられた「龍源電力」の風車。風を受けて勢いよく回っていた=2021年2月4日、中国広西チワン族自治区、ドローンで奥寺淳撮影

発電所のたもとの管理施設にあるコントロールルームにも案内してもらった。馬さんがこれを見てくださいと指をさしたのが、幅約3メートル、高さ約1.5メートルの大型スクリーン。表示された中国の地図上に、数え切れないほどの風車のマークがぐるぐる回っている。龍源が全国で稼働させている風車の発電状況がリアルタイムにわかる。稼働数は、「1万2339基」。龍源1社だけで、19年末時点の日本全体の5倍超の設備が動いていることがわかる。

住宅地に近い場所に風車が設置されることもある欧州では騒音問題もあるが、国土の広い中国は人里から離れた場所にあるので苦情もない。龍源の発電所ではむしろ風車が壮大に広がる光景を見ようと、家族連れやカップルでにぎわっていた。年間十数万人が訪れるという。

習近平・国家主席は昨年9月、国連総会によせたビデオ演説で、「30年までに温室効果ガスの実質的な排出量を減少に転じさせ、60年までにゼロにする」と公約。20年は石炭火力がなお56%を占めるが、それを5%程度にまで減らす壮大な計画だ。20年の風力発電が占める割合は6.1%。それが、国家発展改革委員会のエネルギー研究所が1月に公表した50年の再エネ構成比の見通しでは、38.5%にまで増えるという。太陽光21.5%、水力や原子力も含む非化石エネルギーが全体の78%を占めると予測。世界最先端のクリーン社会を目指している。

習主席の演説は「30・60目標」という金科玉条のスローガンとなった。「右へならえ」で、地方政府も企業も再エネへの転換で成果を出そうと競い合っている。3月の全国人民代表大会(全人代)では今年の重点目標として「30年までの温室効果ガス排出量のピークアウトに向けた行動プランを策定する」と政府活動報告で示した。国営新華社通信は25年までの5カ年計画が「30・60目標」達成のかぎを握ると断じた。

とはいえ、中国はエネルギー消費量が伸びており、米グローバル・エナジー・モニターによると、石炭火力発電所は一部の古い設備を閉鎖しつつも、昨年1年間だけで原発30基分に相当する数が新たに造られた。1月には太陽光発電の出力が止まった夜に風がない悪条件が重なって風力発電の9割が止まり、大規模停電を招いた。再エネへの転換とエネルギーの安定供給をどう両立させるかが大きな課題だ。

しかし、大唐の潘さんはいう。「いまの中国の体制は極めて効率がいい。中央政府が決めたら、地方政府はその目標の達成に向けて全力で取り組む。できないという選択肢はありえない」。もし計画が達成できなければ、地方の党幹部はすぐに更迭され、政治生命が絶たれる。

龍源の馬さんはさらに強気だ。国の目標はかなり控えめだという。「中国の再エネの発展速度は国の目標よりもはるかに速い。30年のピークアウトの目標は前倒して25年に、60年の実質ゼロは50年には達成できるだろう」

太陽光発電の発電コストも、すでに石炭火力とほぼ同じレベルまで下がった。業界では今後5年で、さらに発電コストが3分の1以上は下がると言われている。再エネより高く、CO₂を排出する石炭を燃やし続ける理由は薄れている。国連環境計画などの共同研究によると、中国は19年に再生可能エネルギー関連に約90兆円を投資し、世界全体の約3割を占めてトップだった。

習主席は昨年12月、30年までに風力と太陽光の発電容量を1200ギガワットまで増やすと表明。しかし、20年の1年間だけで120ギガワットを増やす記録的な伸びを見せ、すでに530ギガワットに達した。「中国再生可能エネルギー展望2020」を中国と共同で作成したデンマークのエネルギー庁は、目標を前倒しで達成する可能性があると予測している。