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始末が悪い北朝鮮の汚物風船 宣伝ビラから汚物へ 恥も外聞も捨て進む「無敵の人」化

北朝鮮インテリジェンス 更新日: 公開日:
北朝鮮が送ったとみられるゴミのような様々な内容物が入った風船=2024年6月2日、韓国・仁川の公園、聯合ニュース via ロイター

北朝鮮は6月8日から10日にかけても汚物風船を韓国に飛ばした。韓国軍によれば、計640個の風船が確認された。

金正恩総書記の実妹、金与正(キムヨジョン)朝鮮労働党副部長は9日付の談話で、風船1400個に約7.5トンの紙くずをぶら下げて韓国に飛ばしたと明らかにした。

北朝鮮から飛んできたとみられる風船の、ゴミのように見える内容物を検分する韓国軍兵士
北朝鮮から飛んできたとみられる風船の、ゴミのように見える内容物を検分する韓国軍兵士=2024年6月2日、韓国・仁川、聯合ニュース via ロイター

また、北朝鮮国防次官は2日の談話で、5月28日夜から6月2日未明にかけて「紙くず15トンを各種の気球約3500個で韓国の国境付近と首都圏地域に散布した」と明らかにした。国防省が担当しているため、北朝鮮は一連の行動を軍事作戦として位置付けているのだろう。

陸上自衛隊東北方面総監を務めた松村五郎元陸将は「韓国の人々に不安感や嫌悪感を与え、北朝鮮に対して手ぬるい、あるいは逆に北朝鮮を追い詰めていると、左右両方から韓国政府への不満を高めさせ、国内対立をあおる心理戦でしょう」と語る。

北朝鮮は昔から、心理戦に風船を使ってきた。康仁徳・元韓国統一相によれば、朝鮮戦争後から、北朝鮮は「切手ビラ」と呼ばれる、ポケットティッシュ大のビラを風船にぶら下げ、大量に韓国に送りつけてきた。相手を馬鹿にした写真や絵で嫌悪感や怒りを植え付けるのが特徴。過去、朴正煕、金大中、朴槿恵などの大統領経験者が標的になった。2017年から2018年にかけても、当時の文在寅(ムンジェイン)大統領やトランプ米大統領を非難するビラがまかれた。

2018年ごろに北朝鮮が韓国にまいたビラ。タイトルは「ヒトラーも形無しにする老いぼれヤクザの頭目」。ヒトラーが「俺は広いロシアで2000万を殺したが、こいつはちっぽけな北朝鮮で2500万を根こそぎ?俺よりもっと狂ったやつだな」。「北完全破壊」のこん棒を持ったトランプ米大統領は「米国に服従しなければ、根こそぎにしてやる」
2018年ごろに北朝鮮が韓国にまいたビラ。タイトルは「ヒトラーも形無しにする老いぼれヤクザの頭目」。ヒトラーが「俺は広いロシアで2000万を殺したが、こいつはちっぽけな北朝鮮で2500万を根こそぎ?俺よりもっと狂ったやつだな」。「北完全破壊」のこん棒を持ったトランプ米大統領は「米国に服従しなければ、根こそぎにしてやる」=筆者提供

ところが、北朝鮮は今回、宣伝ビラの代わりに汚物を送り付けてきた。金与正氏は5月29日付で発表した談話で「韓国の連中はわれわれに対する自分らのビラ散布は『表現の自由』と騒ぎ、全く同じ、我々の行動には『国際法の明白な違反』というずうずうしい主張をしている」と主張。「汚らわしい汚物を拾いながら、それがどれほど不愉快で疲れるのかを体験すれば」とも語り、韓国の脱北者団体が北朝鮮に風船につけて送っている金正恩体制を批判するビラなどが、「汚物並みの衝撃」だったことを図らずも告白した。

板門店での米朝首脳会談に同行した金与正氏
板門店での米朝首脳会談に同行した金与正氏=2019年6月、東亜日報提供

北朝鮮も、もはや米韓を揶揄するビラが心理戦で効果を上げない事実は理解している。

一方、米韓連合軍司令部戦略部長を務めたロバート・コリンズ氏は「汚物を風船にぶら下げて送り付ける軍事作戦など、聞いたことがありません」と語る。韓国軍に勤務する知人も、「いくら心理戦とはいえ、汚物を詰め込む仕事を命じられた北朝鮮軍人がかわいそうです。同じ軍人として理解できません」と話す。松村氏も「極めて幼稚で下品な行動です。少しでも効果があるなら、何でもやろうという追い詰められた心境なのでしょう」と指摘する。

北朝鮮にとって人糞は毎年冬に繰り広げられる肥料づくり「堆肥(たいひ)戦闘」の貴重な資源だ。脱北者などの証言によれば、地方では住居と別の場所にくみ取り式のトイレがある。住民たちは人糞が盗まれないよう、トイレに施錠している。北朝鮮に勤務した西側外交官の一人は、ペットボトルに人糞を詰めて大事に持ち運ぶ、北朝鮮の子どもたちを目撃したことがある。大事なものを手放し、外国から軽蔑の視線を送られてでも、汚物を韓国に送りつける作戦をやり遂げるつもりなのだろう。

北朝鮮が韓国に散布した誹謗中傷ビラ。筆者が2017年頃に韓国人の知人から提供を受けた
北朝鮮が韓国に散布した誹謗中傷ビラ。筆者が2017年頃に韓国人の知人から提供を受けた=筆者提供

韓国の脱北者団体は6日、北朝鮮に向け、風船につけた金正恩体制を批判するビラなどを再び送った。北朝鮮国防次官は「発見される量と件数によって、我々は百倍の紙くずとごみを再び集中散布する」と警告。予告通り、8日から10日にかけ、新たに汚物風船を飛ばした。

韓国も9日から、南北軍事境界線沿いでの軍の拡声器による宣伝放送を再開した。金与正氏は9日付の談話で「非常に危険な状況の前兆」と位置付けたうえで、「北朝鮮による新たな反撃を目の当たりにするだろう」と予告した。

松村氏によれば、風船の大きさや形状、材質によってはレーダーで捕捉することも可能だ。しかし、元々、特定の標的を狙わず、無差別に、大量に散布しているため、動きを正確に予測することは難しい。動きを把握して風船を撃ち落としても、ゴミが韓国内で散乱することには変わりない。北朝鮮上空で風船を撃墜すれば、軍事行動として北朝鮮に韓国を攻撃する口実を与えることになる。北朝鮮も同様に、韓国による軍事行動を避けるため、生物化学兵器などの散布を行う可能性は少ないだろうが、嫌がらせ行為が延々続くこともありうる。

尹錫悦(ユンソンニョル)政権は今、動揺する韓国市民や、政局に利用しようとする野党に理解を求め、結束を呼び掛ける必要に迫られている。ただ、相手は恥も外聞もかなぐり捨てた「無敵の人」たちだ。今は、38度線に巨大な壁でもつくりたい心境だろう。