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金正恩総書記の妹・金与正氏が一転、韓国を罵倒 専門家「失敗の責任取らされている」

北朝鮮インテリジェンス 更新日: 公開日:
板門店での米朝首脳会談に同行した金与正氏
板門店での米朝首脳会談に同行した金与正氏=2019年6月、東亜日報提供

態度一変、韓国政府関係者「信じられない」

与正氏は2022年12月、朝鮮労働党中央委員会総会拡大会議や憲法制定50周年を祝う記念式典に相次いで出席。式典では金正恩氏の後ろの2列目に着席し、「白頭山血統」としての健在ぶりを見せつけた。

朝鮮労働党中央委員会の拡大総会に出席する金与正氏
朝鮮労働党中央委員会の拡大総会に出席する金与正氏(左から2列目の手前から2番目)。朝鮮中央通信が配信した=2022年12月、平壌、朝鮮通信

これに先立ち、与正氏は11月24日付の談話で、韓国の尹錫悦政権が推進する北朝鮮への独自制裁を激しく批判した。際だったのが下品で強烈な言葉遣いだ。与正氏は、韓国を「ずうずうしくて愚昧な連中」と呼び、尹大統領を「大ばか」とあざけった。

与正氏は2020年6月の談話でも、金正恩体制を非難するビラを風船につけて北朝鮮に向けて飛ばした脱北者を「家の中の汚物」「クズ」と呼んだ。

だが、与正氏が2018年2月の訪韓時に見せた姿は正反対だった。年長の金永南最高人民会議常任委員長(当時)に席や道を譲り、北朝鮮からの随行者に優しい言葉をかけていた。

当時、金与正氏と面会したり、目撃したりした韓国政府関係者らは、与正氏の激しい言葉遣いについて「信じられない」と口をそろえる。

与正氏が「無理をしている」様子もいくつかうかがえる。11月18日、朝鮮中央通信は新型の大陸間弾道ミサイル「火星砲17」の試射を巡る写真を配信した。そのなかに、発射に興奮して喜ぶ与正氏の姿が写っていた。与正氏は両足を広げて踏ん張り、感極まった様子でそばの軍人の腕をつかんでいた。むしろ、腕をつかまれた軍人の方が戸惑った様子だった。

大陸間弾道ミサイル「火星砲17」の試射成功を喜ぶ金与正氏
2022年11月18日、大陸間弾道ミサイル「火星砲17」の試射成功を喜ぶ金与正氏(後ろ左)ら。朝鮮中央通信が伝えた=朝鮮通信

北朝鮮は8月10日の全国非常防疫総括会議で、13分にわたって討論する与正氏の肉声を初めて公開した。与正氏はやや早口で抑揚をあまりつけず、実兄の正恩氏が新型コロナウイルス対策で如何に奮闘したかについて語り続けた。

かつて文在寅政権当時、南北協議に参画した韓国政府の元高官は「与正は米朝や南北協議を主導する立場だったが、失敗した。ロイヤルファミリーだから粛清はされない。だが、責任を取る意味で米国や韓国に対する強硬派の意見を代弁させられている」と分析する。

北朝鮮流の情報戦略とは

北朝鮮が流す公式報道から、裏に隠れた実態を推測することは可能なのだろうか。ONNは昨年11月、北朝鮮の情報分析のポイントをまとめた報告書「IMPROVING DATA ACCESS AND CREDIBILITY IN LOW-INFORMATION ENVIRONMENTS:CASE OF DPRK」を発表した。

報告書はまず、北朝鮮の公式報道について「レベル、オーディエンス、タイミング、トーン、その他」といった五つの主要素から判断する必要がある、と指摘する。

金与正氏の11月24日付の談話は、韓国政府が同月18日の北朝鮮ICBM発射を受け、独自制裁の検討に触れたことへの反応だった。ロイヤルファミリーの一員である金与正氏という「レベル」、韓国側の動きから数日後という「タイミング」、罵詈雑言という「トーン」を総合して考えれば、北朝鮮が韓国に強い警戒感や敵愾心を持っていることがわかる。

与正氏は24日の談話で「文在寅(前大統領)が執権の時は少なくともソウルがわれわれの標的ではなかった」と述べたが、これは誤りだ。2020年6月の談話で文在寅政権を脅し、南北連絡事務所の爆破に至った経緯があるからだ。

ONNのレイチェル・リー上級アナリストは「北朝鮮が誰に向かって話しかけているのか」について考えることも重要だと指摘する。北朝鮮は10月10日、様々なミサイル発射や空軍演習の模様を公開した。リー氏は「対外的には、北朝鮮の軍事的な即応性と兵器開発の進展、金正恩氏が2021年1月に強調した政策をアピールし、外部勢力の強硬路線には強硬に対応するというメッセージがあります。対内的には、敵の脅威を阻止できることを示し、市民を安心させる狙いがあるでしょう」と語る。

最近、北朝鮮がミサイル発射などの軍事挑発を公開しない場合がある点については「北朝鮮と韓国は最近、軍事的な対抗措置を相次いで行っているため、個別に発表することが難しかったのではないでしょうか。一連の動きが終わった後、一つのストーリーにまとめる方が理にかなっています」と指摘する。

北朝鮮は全ての情報をコントロールできるのだろうか。北朝鮮は米国の偵察衛星が上空を周回する時間を把握し、正恩氏や与正氏らロイヤルファミリーの行動や、ミサイルなどの軍事情報を隠す措置を取っているとされる。

ONNアナリストのジェウ・シン氏は「すでに知られている偵察衛星が特定の場所を通過する時期を推定することは可能ですが、多くの商用衛星が一日中北朝鮮上空を通過しています。北朝鮮は、早期発見をより難しくするために、より多くの活動を夜間に移した可能性があります。10月のミサイル発射や砲撃の多くも夜間に行われました。合成開口レーダー(SAR)は夜間の活動を把握できますが、カバーできる範囲が昼間ほど大きくないからです」と語る。

2018年9月18日、北朝鮮の順安空港では、普段見ることができない与正氏の姿をいくつか捉えることができた。その一つは、空港内施設のカーテンの陰から、不安そうな表情で外を見つめる与正氏の姿。もう一つは、レッドカーペットの上を不要に歩く金英哲党統一戦線部長を注意する姿だった。この日、韓国の文在寅大統領が南北首脳会談のために訪朝した。空港では、金正恩氏との間で歓迎行事が行われて生中継されたため、与正氏の姿を捉えることができた。

二つの場面は、与正氏に実権があることを示すと同時に、北朝鮮側もそれなりの緊張感を持っている事実を教えてくれた。色々と批判も多い北朝鮮との交流だが、接触が増えれば、正恩氏や与正氏の実像に近づける。

また、ONNアナリストのティエンラン・シュー氏は「情報統制が厳しい北朝鮮もミスをすることがあります」と語る。シュー氏によれば、北朝鮮の朝鮮中央テレビが公開した2015年のドキュメンタリーで、金正日総書記がICBM「火星13」視察している場面が登場した。画面を詳細に分析すると、ミサイルの第1段エンジンが映っていた。

画像から火星13のエンジンが、旧ソ連製R-27 SLBMエンジン2基か、火星10のエンジン2基を使ったもので、総揚力が50トンだと評価できたという。火星10と火星13は結局、プログラムに失敗が判明し、開発が放棄された可能性があるという。シュー氏は「この画像の把握は非常に難しく、多くの分析者も見落としました。おそらく、北朝鮮も検閲で見落としたもので、意図的なリークではなかったと思います」と語る。

与正氏は、母親の高英姫氏がガンの治療でフランスの病院に入院していた際、偽名を使ってパリにあるユネスコ(国連教育科学文化機関)代表部員の資格を得て、母親に付き添ったという。活発で政治に関心を持つ半面、母親思いの優しい性格だとも言われる。

北朝鮮は最近、「開かれたロイヤルファミリー」を目指し、与正氏や正恩氏の妻や娘の姿を公開する機会が増えている。公開する機会が増えるほど、罵詈雑言を繰り返す与正氏の本当の姿が見えてくるだろう。

大陸間弾道ミサイル(ICBM)「火星17」の試射成功に貢献した国防科学研究機関の科学者、技術者、軍需工場の労働者と記念写真を撮る金正恩朝鮮労働党総書記と金総書記の娘
大陸間弾道ミサイル(ICBM)「火星17」の試射成功に貢献した国防科学研究機関の科学者、技術者、軍需工場の労働者と記念写真を撮る金正恩朝鮮労働党総書記(中央)と金総書記の娘(左)。日時は不明。朝鮮中央通信が2022年11月27日に配信した=朝鮮通信