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北朝鮮が英仏などからの外国人観光ツアー受け入れを再開直後に停止 その理由とは?

北朝鮮インテリジェンス 更新日: 公開日:
金東哲氏=牧野愛博撮影
金東哲氏=牧野愛博撮影

北朝鮮旅行を扱う「高麗ツアーズ」(北京)は3月5日、公式サイトで北朝鮮北東部の羅先(ラソン)経済特区への観光について「一時的に閉鎖されたという連絡を(北朝鮮当局から)受けた」と明らかにしました。北朝鮮当局は2月末から、西側諸国の団体観光客に羅先経済特区を開放していました。2005年から10年にわたり羅先でホテルを経営した韓国系米国人の金東哲(キムドンチョル)牧師は「ロシアとの連帯を示すために軌道修正した可能性がある」と語ります。そのうえで、「北朝鮮観光には様々な問題点がある」と指摘します。(牧野愛博)
羅先の地図=朝日新聞社作成
羅先の地図=朝日新聞社作成

――フランス人観光客らが2月に羅先観光の映像をSNSなどで公開しました。

私も2002年から羅先で暮らし、2005年から、北朝鮮当局にスパイの疑いで逮捕された2015年まで、市内で外国人専用の「豆満江ホテル」を経営しました。

映像を見る限り、街の様子は当時とほとんど変わっていません。様々な群衆大会(市民を動員した集会)が開かれる東明洞の広場や、羅先市当局の許可を受けて中国投資家が富裕層に販売している15階建てのマンタラ・アパートが映っています。

北朝鮮から解放されて米ワシントン郊外のアンドルーズ空軍基地に政府専用機で到着し、トランプ大統領(中央)らに出迎えられた金東哲氏(右から3人目)=2018年5月10日、ランハム裕子撮影。肩書は当時。
北朝鮮から解放されて米ワシントン郊外のアンドルーズ空軍基地に政府専用機で到着し、トランプ大統領(中央)らに出迎えられた金東哲氏(右から3人目)=2018年5月10日、ランハム裕子撮影。肩書は当時。

私が経営していた豆満江ホテルもすぐ近くの幹線道路沿いにありました。映像には映っていませんが、すぐそばには、日本統治時代に建設された南山旅館(旧羅津ヤマトホテル)もあります。

でも、外国人が訪れることができる場所は限られています。学校で児童生徒の授業風景や演劇を観覧し、金日成主席の銅像など政治的なモニュメントや海岸の景色を見物する程度です。たとえ西側諸国からの観光客でも印象に残るものはほとんどないでしょう。2日もすれば、やることがなくなってしまいます。映像を見る限り、通りは閑散としているようで、活気がうかがえませんでした。

――かつて羅先ではカジノが盛んだったのではないですか。

羅先では2000年ごろから、香港資本のエンペラーホテルなどでカジノが盛んに営まれていました。顧客の80~90%が中国人でした。中国政府が一時、自国の政府高官の腐敗の温床だとして取り締まりを強化したこともありました。

北朝鮮も外聞を気にしたのか、新型コロナウイルスの感染拡大によって中朝国境が封鎖された2020年1月ごろまでにはカジノは羅先で開かれなくなったと聞いています。

――羅先市民は外国人観光客についてどのように教育されているのですか。

一般市民には「外国人には近づくな」「話をしてはいけない」と教えています。観光客が北朝鮮に入国する際には厳しい所持品検査があります。政治的な出版物や聖書、凶器に使われる可能性がある物品の持ち込みは禁止です。

クルーズ船の出発セレモニーに参加した羅先経済特区の地元住民たち=2011年8月30日、ロイター
クルーズ船の出発セレモニーに参加した羅先経済特区の地元住民たち=2011年8月30日、ロイター

カメラは持ち込めますが、軍事施設や軍人の撮影は禁じられています。金日成の銅像などは全身を写すよう指示されます。「北朝鮮は偉大な国である」とアピールするのが目的なので、みすぼらしい建物や貧しい身なりの人の撮影も禁じられています。あまり楽しめない旅行だと思います。

羅先でも売春が行われていましたが、外国人相手の売春は厳禁です。北朝鮮の公安当局が監視していて、もしホテルで外国人相手の売春行為が発覚すると、そのホテルは営業禁止処分になり、関係者は厳しく罰せられます。

――羅先でのホテル経営ではどんなことが大変でしたか。

1泊4000円ほどの部屋を105室経営していました。収益は年間90万~110万ドル(2015年当時の1ドル=120円換算で約1億800万円~1億3200万円)でしたが、そのうち、約70万ドル(約8400万円)を市に上納していました。外国人客を宿泊させるし、私自身が外国人なので、不必要な検閲や取り締まりを避ける必要があったからです。「誰が泊まり、何を話したか」も、すべて報告していました。

羅先の町中を行き交う市民たち=2011年8月30日、北朝鮮の羅先、朝日新聞社
羅先の町中を行き交う市民たち=2011年8月30日、北朝鮮の羅先、朝日新聞社

羅先は経済特区ですが、経済インフラがほとんど整備されていません。上下水道が整備されていないので、地下水を直接くみ上げて使います。沸騰させないと飲めません。私のホテルにはシャワーはありましたが、浴槽を満たすだけの水は確保できませんでした。

電気も午後10時以降にならないと来ないのが普通でした。発電機と燃料がないとホテル経営は成り立ちません。何よりも、シーツや歯ブラシ、コップ、かみそりなどの日用品が北朝鮮では手に入りません。すべて中国から輸入して賄っていました。

――なぜ、北朝鮮は羅先観光を再開し、すぐに停止したのでしょうか。

平壌には様々な国から観光客が訪れますが、羅先を訪れる観光客のほとんどは中国人とロシア人です。羅先の当局者が最も期待しているのは外国からの投資ですが、観光客がビジネスに投資することはめったにありません。

中国政府も依然、中国人の北朝鮮観光を禁じているようです。新型コロナ禍が収まり、経済を活性化させたいため、北朝鮮当局が焦って外国人観光客を受け入れた経験がある羅先を西側観光客に開放したのかもしれません。

ただ、羅先を訪れた西側観光客が様々な写真や映像を公開し、各国のメディアが取り上げる騒ぎになっています。北朝鮮が今、最も重視しているのはロシアとの連帯です。ロシアは北朝鮮が経済的な孤立から抜け出すことを助けることもできます。制裁に苦しんでいる北朝鮮にとって、ロシアとの関係は重要です。ロシアと共に戦い、ウクライナを支援している西側諸国に反対する姿勢を示す必要があります。

(ロシアと対立関係にある)西側諸国の人々が北朝鮮観光を楽しんでいる姿が世界に流れている状況に、北朝鮮当局は慌てたのではないかと思います。