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北朝鮮が巨大な新型ICBM「火星19」を発射 その狙いとは?透ける金正恩体制の焦り

北朝鮮インテリジェンス 更新日: 公開日:
2024年10月31日朝に試射された新型の大陸間弾道ミサイル(ICBM)「火星19」
2024年10月31日朝に試射された新型の大陸間弾道ミサイル(ICBM)「火星19」=朝鮮中央通信公式サイトより

各種メディアは、11月5日の米大統領選を前にした発射であったことから、米国をけん制する狙いがあると伝えた。発射したミサイルがICBMである以上、米国を意識した行動であることは間違いない。ただ、状況を子細にみていくと、新たな米朝交渉のための条件つり上げ、などといった余裕のある行動ではなさそうだ。

防衛省によれば、北朝鮮は最近、立て続けにICBMを開発してきた。2022年2月に液体燃料型の「火星17」(射程1万5000キロ以上)を、2023年4月には固体燃料型の「火星18」(射程同)をそれぞれ発射した。移動発射台(発射台付き車両、通称TEL)の大きさは、火星17が北朝鮮で最大級の部類に入る11軸(タイヤ11列)、火星18が9軸で、今回発射した火星19は11軸となっている。金正恩氏は昨年12月、火星18の発射訓練を視察した際、やはり大きな満足を示したという。火星17も18も米東海岸を射程に収めている。

2024年10月31日朝に試射された新型の大陸間弾道ミサイル(ICBM)「火星19」。右下に「3段階分離」と書かれている
2024年10月31日朝に試射された新型の大陸間弾道ミサイル(ICBM)「火星19」。右下に「3段階分離」と書かれている=朝鮮中央通信公式サイトより

金正恩氏は米東海岸にある首都ワシントンを攻撃できる能力がある火星18で「大満足」したはずなのに、なぜ、同じ固体燃料型の火星19を開発したのか。しかも、火星19は過去最大だった火星17と同じ大型の移動発射台を使っていて、全長は推定28メートル以上。米国のICBMミニットマン3の全長は約18メートルで、それより10メートル程度大きい計算になる。

2024年10月31日朝に試射された新型の大陸間弾道ミサイル(ICBM)「火星19」の発射台付き車両
2024年10月31日朝に試射された新型の大陸間弾道ミサイル(ICBM)「火星19」の発射台付き車両=朝鮮中央通信公式サイトより

長く北朝鮮軍を分析した元自衛隊幹部は「ミサイルも腕時計と一緒で、コンパクトにするには高度な技術がいる。巨大なミサイルを発射するためには強力なエンジンや高い強度のフレームが必要だが、小型化する技術よりは簡単だ」と語る。移動発射台も巨大化すればするほど、通行できる道路や橋梁が限られ、山間地のようなカーブが連続した場所では移動が不可能になる。そうなれば、展開予想地点が把握されやすくなり、移動発射台としての価値が落ちることになる。

本来のICBM開発のセオリーを考えた場合、北朝鮮は今回、火星18よりも小型だが、射程は同等かそれ以上のICBMを通常角度で発射し、大気圏再突入技術を確かめる試験を行う必要があったのではないか。もちろん、通常角度で発射すれば、日本列島上空を通過する可能性も生じるなど、国際的な摩擦を呼ぶ。北朝鮮は大気圏再突入をする機体を追いかけて情報を収集する弾道ミサイル観測艦も保有していない。

2024年10月31日朝に試射された新型の大陸間弾道ミサイル(ICBM)「火星19」の発射台付き車両
2024年10月31日朝に試射された新型の大陸間弾道ミサイル(ICBM)「火星19」の発射台付き車両=朝鮮中央通信公式サイトより

垂直に近い角度で落下するために迎撃が極めて難しいとされるロフテッド軌道をとったことにはある程度合点がいくが、さらに巨大なミサイルを作った理由がよくわからない。北朝鮮が2021年1月に発表した国防5カ年計画にはミサイルに複数の弾頭を搭載する多弾頭ミサイル(MIRV)の開発が盛り込まれているが、北朝鮮の技術水準から、開発成功にはまだ至っていないと考えられている。

元自衛隊幹部は「北朝鮮内に複数の技術開発チームがいて、金正恩氏に対する忠誠心を示すため、開発競争をしているのかもしれない」と語る。

11月5日の米大統領選に向け、「朝鮮は核戦力強化路線をいかなる場合にも絶対に変えない」(金正恩氏)と強調するための舞台回しが欲しかったのかもしれない。

元自衛隊幹部は「いずれにしても、最近の北朝鮮には余裕が感じられない。ロシア派兵もそうだが、非常にバタバタしている印象を受ける」と語る。米国のブリンケン国務長官によれば、北朝鮮兵約8000人が、ウクライナが越境攻撃を続けるロシア南西部クルスク州に入ったという。しかし、8000人も兵士がいれば、捕虜になったり、脱走したりする兵士は当然出てくるだろう。

クルスク州ではウクライナ軍のドローン(無人機)が猛威をふるっている。樹上や土中に隠れる能力に秀でた北朝鮮特殊作戦軍兵士であったとしても、ドローンは搭載したカメラや赤外線センサーで簡単に見つけ出して、手榴弾を投下する。多くの北朝鮮兵士が死傷する可能性が高い。

すでに、SNSでは「負傷した北朝鮮兵士」だという人物が独白する映像も流れている。元自衛隊幹部は「北朝鮮が隠しておきたい秘密が漏れることもあるだろう。北朝鮮市民の動揺が広がるかもしれない。北朝鮮のロシア派兵は、余裕のある行動ではなく、そうせざるを得ない切羽詰まった行動だとみるべきだ」と語る。

金正恩氏は6月、ロシアとの間で締結した包括的戦略パートナーシップ条約が「軍事同盟だ」と何度も強調。「同盟」とは言わないロシアのプーチン大統領との間で温度差を見せてきた。今回も北朝鮮のロシア派兵は「条約は軍事同盟で、朝鮮半島有事の際は必ずロシア軍も参戦する」と、プーチン大統領に確約を迫る狙いがある。

北朝鮮は今、国内に広がる韓流・西欧文化を、「日米韓が仕掛けるハイブリッド戦争」と受け止め、深刻な脅威を感じているからだ。朝鮮中央通信によれば、金正恩氏は火星19の発射を視察した際、「最近目撃している敵の危険な核同盟強化策動とさまざまな冒険主義的な軍事活動」と語り、危機感をあらわにした。

新型の大陸間弾道ミサイル(ICBM)「火星19」の発射を視察する金正恩総書記
2024年10月31日朝、新型の大陸間弾道ミサイル(ICBM)「火星19」の発射を現地で視察する金正恩総書記=朝鮮中央通信公式サイトより

ICBM発射もロシア派兵も、北朝鮮にとってみれば、「日米韓による文化侵略」を食い止めるために不可欠の手段だ。来年1月に誕生する米国の新政権が、北朝鮮の要求を丸のみするならまだしも、今の北朝鮮には米朝協議を行う余裕などない。