1. HOME
  2. World Now
  3. 北朝鮮のミサイル開発にスカウトされた技術者、ロシアからもウクライナからも

北朝鮮のミサイル開発にスカウトされた技術者、ロシアからもウクライナからも

北朝鮮インテリジェンス 更新日: 公開日:
2020年10月10日の軍事パレードで公開された北朝鮮の新型ICBM「火星17」
2020年10月10日の軍事パレードで公開された北朝鮮の新型ICBM「火星17」=労働新聞ホームページから

北朝鮮は2月27日と3月5日、弾道ミサイル各1発を平壌近郊の順安空港付近から発射した。労働新聞は発射翌日の報道で、それぞれ「偵察衛星開発のための重要実験」と説明した。2月28日付の同紙は、ミサイルから撮影したとみられる地球の写真を公開したが、ミサイル本体の写真はなかった。16日に失敗したミサイルとみられる飛翔体も、順安空港付近から発射された。

韓国軍関係者は11日、米韓の情報分析によって、北朝鮮が2020年10月の軍事パレードで公開した「火星17」が2月27日と3月5日の実験で使われたと指摘した。16日に発射された機体も火星17だった可能性がある。

当時、火星17は片側11輪の移動発射台に搭載されて登場した。2017年11月に発射したICBM「火星15」(射程1万3千キロ)を搭載した発射台は片側9輪。長さも胴体の周囲も、火星15より大型だった。世界でも片側8輪よりも大きな発射台は存在しない。

2020年10月10日の軍事パレードで公開された北朝鮮の新型ICBM「火星17」
2020年10月10日の軍事パレードで公開された北朝鮮の新型ICBM「火星17」=労働新聞ホームページから

自衛隊の元幹部は当時、片側11輪の移動発射台について「車軸が11もあると、未舗装の道路で故障しやすい。重いミサイルを積めばなおさらだ。渡れない橋も多いし、坂やカーブが続く場所も無理。移動半径が限られて発見されやすい」と語っていた。

韓国国防研究院で北朝鮮軍事を研究した金振武・韓国淑明女子大国際関係大学院教授は「火星17は、米国のミニットマンや中国の東風31のような最先端のICBMではない。旧ソ連が1970年代に配備していたICBMに似ている」と語る。

金教授は「おそらく白頭山エンジン4基を搭載しているため、機体が大きくなったのではないか」と語る。北朝鮮は17年3月、新型の「白頭山エンジン」の開発に成功した。同年5月に発射した中距離弾道ミサイル「火星12」(射程5千キロ)は同エンジン1基、火星15は同エンジン2基をそれぞれ搭載しているとみられた。

そして、この白頭山エンジンは、ウクライナのドニプロペトロウシクにある国営企業が1960年代に開発したRD250型エンジンに酷似している。韓国軍関係者の1人も「ノズルなどがRD250と似ている。北朝鮮独自で開発したとは考えにくい。国際的な協力を仰いでいるはずだ」と語っていた。

実際、米財務省外国資産管理室(OFAC)は11日、北朝鮮による大量破壊兵器(WMD)と弾道ミサイルの開発を支援したとしてロシアの個人2人と企業3社を対北朝鮮制裁リストに加えた。

射程1万3千キロの火星15はすでに米本土全体を射程に収めている。さらに大型の火星17を開発する目的はどこにあるのか。米ランド研究所上級アナリストのブルース・ベネット氏は「火星15のペイロード(弾頭積載重量)は明らかになっていない。北朝鮮は17年の火星15の発射実験では、最大の政治的効果を得るため、ペイロードを極めて小さくしたのではないか。火星17は確実に米本土の大半に届く核ミサイルになるはずだ」と語る。

また、金振武氏によれば、米国は核弾頭を約100キロ、中国は約300キロまで小型化した。金氏は「北朝鮮も核弾頭を300キロくらいまで小型化した可能性がある。火星17は弾頭部分が非常に大きい。北朝鮮は将来、火星17をより迎撃されにくい多弾頭にすることも念頭に置いているだろう」と話す。

一方、今回の火星17の実験を巡っては不可解な点も多い。

北朝鮮は過去6回、「人工衛星運搬ロケット」と称するミサイルを発射したが、予備実験を行ったのは今回が初めてだ。朝鮮中央通信は、カメラの撮影やデータ転送、衛星管制システムを確認したとしている。

北朝鮮が2月27日に発射した火星17は高度620キロに達した。米韓関係筋は「偵察衛星の高度は500キロ程度になる場合が多い。北朝鮮が2月28日に公開した地球の写真も、火星17が飛行した高度と符合する」と語る。

労働新聞が2月28日、偵察衛星開発の重大実験を伝える記事と共に掲載した地球の写真
北朝鮮の労働新聞が2月28日、偵察衛星開発の重大実験を伝える記事と共に掲載した地球の写真=労働新聞ホームページから

だが、ベネット氏は、この写真について「偵察衛星は、Googleマップの衛星画像よりも精密な写真を撮影する必要がある。これらの写真の解像度は、実際の偵察衛星のものと約10万倍の差がある」と指摘。「写真は北朝鮮の意図を欺くためだろう。実際にはミサイルをテストしただけなのに、衛星のテストだという主張を裏付ける意図があったと思う」と語る。

また、ベネット氏は軍需産業に携わった高位の脱北者から得た証言として「北朝鮮のミサイル開発実験は通常、成功すれば、2度も同じ実験はしない」と語り、1度目の実験で何らかの不具合が見つかった可能性があるとした。実際、北朝鮮による3度目の実験は失敗に終わった。

韓国軍関係者は16日、北朝鮮が発射した機体は高度20キロまで上昇せずに空中爆発を起こしたと説明した。関係筋の1人は、この様子について、北朝鮮が16年4月から10月まで計8度の実験中、実に7度まで失敗した中距離弾道ミサイル「ムスダン」(射程約3千キロ)を彷彿させると指摘した。

米韓関係筋によれば、米国のオバマ政権は当時、北朝鮮が輸入していたムスダンに必要な電子部品に、誤作動を引き起こすウイルスを混入させる秘密工作を行っていた。16日の実験失敗の詳細は不明だが、今後、同じような事故が繰り返されれば、米国が再び、同様の工作を行った可能性も高まりそうだ。

また、ベネット氏は、繰り返し同じ実験を行う理由として「政治的な目的」の可能性も指摘する。北朝鮮は2度目の実験を1度目から6日後、3度目は2度目から11日後に行った。実験が失敗に終わっている場合、原因の究明や改善には数カ月かかる場合も珍しくないからだ。

実験を行っている順安空港は、同じ近郊の山陰洞にある北朝鮮最大の弾道ミサイル組み立て工場から近距離にある。金振武氏は「衛星の実験だと何度も繰り返して主張しながら、中国やロシアが国連制裁の強化に反対してくれるかどうか見定めているのではないか」と語る。

2020年10月10日の軍事パレードで公開された北朝鮮の新型ICBM「火星17」
2020年10月10日の軍事パレードで公開された北朝鮮の新型ICBM「火星17」=労働新聞ホームページから

一方、北朝鮮は弾道ミサイルに必要な大気圏再突入能力を確認する方法がないという。金氏によれば、北朝鮮は2015年ごろ、再突入能力を確認するための風洞実験を行ったが、温度が1千度にしか達せず、大気圏再突入時の環境を再現できずに終わった。金氏は「再突入時に弾頭内部の温度が45度を超えると、回線ショートなどが起き、核爆弾を起爆できなくなる」と指摘する。

ただ、ベネット氏は「北朝鮮がロシア出身の科学者から弾頭設計で支援を受けた可能性がある。北朝鮮は弾頭が機能するという自信をある程度持っている」と指摘する。

北朝鮮は1990年代、崩壊した旧ソ連出身のロシアやウクライナの科学者約50人をスカウトし、核・ミサイル開発にあたらせた。旧ソ連出身の科学者と面会した経験がある脱北者は「旧ソ連の科学者たちには、エンジンや管制装置、弾頭、段分離技術など、様々な専門分野があった。分野が1つでも欠けるとミサイルは開発できない。彼らは数十人で一つのチームを作っていた」と証言する。

ベネット氏は「北朝鮮が課題を解決すれば、火星17は米国にとってかなり深刻な脅威と言える」と語る。

朝鮮中央通信は11日、金正恩朝鮮労働党書記が平安北道東倉里にある「西海衛星発射場」を視察したと報じた。北朝鮮が過去、「衛星運搬ロケット」と称した長距離弾道ミサイルを発射してきた場所だ。正恩氏は施設の拡充を指示した。

この視察で、金日成主席生誕110周年と金正恩氏の党最高指導ポスト就任10周年にあたる4月、北朝鮮がICBMを発射する可能性は極めて高くなった。北朝鮮は2012年3月16日、衛星運搬ロケット「銀河3号」を4月12~16日に打ち上げると予告した。間もなく、同じ趣旨の発表があるだろう。

今回、日米韓が同時に北朝鮮のICBM実験を公表した背景には、米国の強い反発があったという。米韓関係筋は「米国はホームランドへの核攻撃を強く憂慮している」と語る。

ただ、国際社会の視線は今、ロシアによるウクライナ侵攻に集中している。国連安全保障理事会常任理事国のロシアが侵攻の当事者になったため、国連は機能不全に陥った。北朝鮮がICBMを発射しても、新たな制裁決議を採択することは困難な状況だ。

米軍第7艦隊(母港・横須賀)は15日、朝鮮半島西側の黄海で空母艦載機による演習を行ったと発表した。関係筋の1人は「我々にできることは、戦略爆撃機や原子力潜水艦などを北朝鮮付近に展開することくらいだ。北朝鮮がICBMを撃つのを、ただ見ているしかない」と語った。

あるいは、米国は既にミサイル発射を阻止する秘密工作を施しているのかもしれない。