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アメリカとの交渉を急ぐ北朝鮮、軍事パレードと衛星開発の秘密指令

北朝鮮インテリジェンス 更新日: 公開日:
朝鮮労働党大会で、総書記に就任した金正恩氏。朝鮮中央通信が配信した=朝鮮通信

北朝鮮で1月5日から開かれていた朝鮮労働党の第8回党大会が12日、閉幕した。金正恩氏の「総書記」ポストへの就任、新しい経済5カ年計画の方針とともに、本来秘密であるはずの軍事開発に関する詳細な説明がひときわ目を引いた。その裏で、軍事開発を担当する国防科学院にある秘密の指令が出されていた。バイデン政権の発足を見据えた北朝鮮の動きを読み解いてみる。(朝日新聞編集委員・牧野愛博)

朝鮮中央通信によれば、金正恩総書記は党大会での報告で、様々な軍事開発に言及した。「米本土をとらえる射程1万5千キロの弾道ミサイルの命中精度向上」「原子力潜水艦の配備」「核弾頭搭載ミサイルの多弾頭化」、また極超音速滑空弾や500キロをカバーする無人偵察機の開発などだ。

同通信がこうした金正恩氏の発言を紹介したのは1月9日。米国でバイデン次期米大統領の当選が確定した直後というタイミングだった。日本政府関係者の1人は「絶妙のタイミング。大統領選の勝者を見極めたうえで公開したのだろう」と語る。

北朝鮮でも、軍事開発の詳細は秘密事項だ。2017年に次々に発射した中距離弾道ミサイル「火星12」や大陸間弾道弾(ICBM)の「火星14」「火星15」など発射まで開発の詳細は伏せられていた。あえて公表したのは、バイデン米次期政権に対し、米朝交渉に応じるよう圧力をかける狙いがある。

北朝鮮も一気に米朝関係を正常化する考えはない。核の放棄や全面的な開国は、体制の維持に有害だからだ。一方、新型コロナウイルスの防疫のための国境封鎖、国際社会による制裁などで北朝鮮経済は疲弊している。制裁緩和によって外貨を得て、市民生活に必要な物資やエネルギーを供給したいのが本音だ。

そのため、軍事開発の詳細をあえて公表し、米側に交渉に応じるよう圧力をかけている。核実験やICBMの発射など具体的行動には触れなかったのは、バイデン政権の方針がまだ分からず、反発を招く恐れがあるからだ。

2017年1月29日に発射された北朝鮮のICBM「火星15」=朝鮮通信

ただ中には、北朝鮮独自では難しい開発も含まれていた。極超音速滑空弾はその一例だ。自衛隊関係者は「極超音速滑空弾は米国、ロシア、中国などが開発中。速度がマッハ15にもなるため、高温と衝撃に耐えられる機体と管制能力が必要だが、北朝鮮が独自にできるとは思えない」と語る。

弾道ミサイルの多弾頭化も難しい。北朝鮮は依然、固体燃料式のICBMを完成していない。大気圏再突入実験も行っていないからだ。米国を「最大の主敵」と呼んだことと合わせ、米国の注目を引くための過激な発言だとみられる。

ただ、侮れない発言も含まれていた。

金正恩氏は「軍事偵察衛星の設計の完成」にも言及した。北朝鮮は過去、2012年4月や12月などに「衛星運搬ロケット」を発射、衛星軌道に衛星を投入することに成功したと宣伝している。国連安全保障理事会で、中ロ両国は北朝鮮による宇宙の平和利用には反対しない姿勢を示しており、民間用であれば、制裁強化につながらないだろう。

衛星に関し、北朝鮮関係筋によれば、北朝鮮当局は2020年末、第8回党大会に向けた各部門の目標設定作業として、軍事開発を担当する国防科学院に指示を出した。

金正恩氏は12日、党大会の閉会演説で「新たな国家経済発展5カ年計画を遂行するための決死の闘いを展開すべきである」と訴えた。国防科学院への指示も、今後5年間で達成する目標を定めたものだったという。

具体的には、指示は同院の国防科学院の1017衛星研究所と宇宙開発局宛てに行われた。今後5年間に軍事偵察衛星の運用を実現させろという過激な命令ではなく、2025年までに通信衛星の実用化を実現するよう指示する内容だったという。

同筋によれば、北朝鮮当局は通信衛星の使用目的について、軍事と共に、山間部や離島などとの連絡、災害時の通信など民間用にも利用するとしている。制裁を回避しながら、米国を牽制する狙いがあるのかもしれない。

自衛隊関係者も「軍事偵察衛星は、北朝鮮の技術力では、すぐに運用に入るとは考えにくい。もっと初歩的な衛星ならありうるかもしれない」と語る。

北朝鮮が、米国との交渉を急いでいる兆候は他にもある。米朝関係筋によれば、昨年末、オンラインで非公式の国際会議が開かれた。会議に参加した北朝鮮の専門家は米国の参加者に対し、バイデン次期政権が米朝協議をどのくらい重視しているのか尋ねた。米側の参加者が「バイデン政権は新型コロナ対策や経済問題などで忙しい。北朝鮮問題はトップ10にも入らない」と説明すると、北朝鮮側の担当者は愕然とした反応を示したという。

朝鮮中央通信は15日朝、北朝鮮が14日夕に平壌で軍事パレードを行ったと発表した。

最新型戦術ロケット総隊(戦略ロケット軍)などが登場。同通信は、「核保有国としての我が国家の地位、世界最強の軍事力を保有する我が軍隊の威力を証明した」と伝えた。配信した写真をみると、「北極星5」と書かれた潜水艦発射型弾道ミサイル(SLBM)とみられる機体が登場していた。昨年10月の軍事パレード以降も、戦略兵器の開発を進めているという事実をアピールする狙いとみられる。これも米国に対する示威行動の一つだろう。

1月14日夕に平壌で行われた軍事パレード。朝鮮中央通信が配信した=朝鮮通信

金正恩氏は党大会で、2016年から20年にかけて行った国家経済発展5カ年戦略の失敗を認めた。にもかかわらず、金正恩氏を総書記に推戴する決定書では、同氏を「主体革命の卓越した指導者」「尊厳あるわが国家と人民の偉大な象徴、代表者」などと、過剰な表現で褒めちぎった。党規約では「「人民大衆第一主義政治」を掲げた。

これらの現象は、政策の失敗続きで、正恩氏の威厳が揺らいでいる証拠だとみるべきだ。過剰な言葉で権威を保たなければならないほど、市民の不満は高まっている。「人民大衆第一主義」を掲げたのは、市民をなだめるために他ならない。

金正恩氏が最も信頼を寄せる実妹、金与正党第一副部長は、約30人しかいない党政治局員・候補から140人前後いる中央委員に格下げになった。理由は「権力の分裂を避ける」「失政がもたらす責任追及のリスクを分散する」など、色々な理由が考えられるが、金正恩氏の思い通りの人事が実現できないという状況にあることには間違いない。

2018年5月の南北首脳会談で、文在寅・韓国大統領(左)と握手する金与正氏=韓国大統領府提供

韓国軍合同参謀本部が北朝鮮の軍事パレード実施の可能性に言及、これに対し、朝鮮中央通信は13日、金与正党副部長が「世界に多くの国があるが、他人の祝賀行事に軍事機関を押し立てて敵対的な警戒心を現すのは南朝鮮(韓国)しかない」と批判したと伝えた。

この報道は北朝鮮国外に向けたもので、国内には流れていない。国際社会で華やかなスポットライトを浴びてきた与正氏自身と、同氏の昇進を望んできた金正恩氏のメンツに配慮したものだろう。ただ、この報道で与正氏が第1副部長から副部長に降格になったことも明らかになった。

余裕がない北朝鮮は次にどう出てくるのか。

当面は2月末にも行われる米韓合同軍事演習が一つの契機になるだろう。同盟を重視し、トランプ政権の政策を批判するバイデン次期政権が、北朝鮮の要求に応じて米韓演習を中止するとは思えない。

北朝鮮は、「米韓が軍事挑発に乗りだした」という名目で、様々な軍事挑発に乗り出す可能性がある。そのひとつの方法として、衛星運搬ロケットの発射が現実味を帯びてくるのかもしれない。