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深夜のパレード、使いこなせない兵器を見せた意味 金正恩氏は「先制」を繰り返した

北朝鮮インテリジェンス 更新日: 公開日:
10月10日の軍事パレードで登場した新型の大陸間弾道弾(ICBM)=労働新聞ホームページから

■片側11輪の巨大発射台

超大型ICBMは、片側11輪の移動発射台に搭載されて登場した。2017年11月に発射したICBM「火星15」(射程1万3千キロ)を搭載した発射台は片側9輪。長さも胴体の周囲も、火星15より大型になっていた。世界でも片側8輪よりも大きな発射台は存在しない。

超大型ICBMは、19年12月に2度にわたって噴射実験を行った新型エンジンを搭載しているようだ。北朝鮮国防科学院報道官は噴射実験当時、「重大な実験の結果は、遠からず朝鮮の戦略的地位をもう一度変化させる上で重要に作用する」と強調していた。機体がより大型になり、より大量の液体燃料を積めることは間違いない。

火星15は既に米東海岸に到達できる。それより大型のICBMを作ったのは、多弾頭の核ミサイルを作るため、搭載重量を大きくする狙いがあるようだ。ただ、北朝鮮はICBMの大気圏再突入技術があるかどうか疑問視されているし、高度な多弾頭技術を獲得できていないという見方が一般的だ。

むしろ、超大型ICBMは、北朝鮮の戦略にそぐわないとも言える。

北朝鮮が移動発射台を保有するのは、米軍による先制攻撃を避けるためだ。北朝鮮は200基前後の発射台を保有している。悪路に強い無限軌道車両もある。

だが、自衛隊の元幹部は、今回登場した片側11輪の移動発射台について「車軸が11もあると、未舗装の道路で故障しやすい。重いミサイルを積めばなおさらだ。渡れない橋も多いし、坂やカーブが続く場所も無理。移動半径が限られて発見されやすい」と語る。

実際、今回のパレードの開催前、事前練習が行われた平壌近郊の美林飛行場と金日成広場を結び、平壌市を流れる大同江にかかる玉流橋の補修工事が行われていた。補修しないと、超大型ICBMを移動させられなかったのだろう。

また、新型のSLBMは、わざわざキャニスターから機体を出し、「北極星4A」の文字が画面に映るように工夫していた。直径も、19年10月に実験した「北極星3」(射程2千~2500キロ)よりも大型になっていたようだ。

10月10日の軍事パレードで登場した新型SLBM「北極星4」=労働新聞ホームページから

だが、北朝鮮が新型SLBMを十分使いこなせないとみられている。

■ミサイル発射には足りない、潜水艦の能力

軍事専門家によれば、SLBMは水深50メートルより深い位置から発射しないと危険で、搭載潜水艦の排水量は最低3千トンが必要とされる。10日に公開された新型SLBMを複数発搭載するためには、最低でも4千トン級以上の潜水艦が必要とみられる。更にSLBMが戦略兵器として、敵に対する報復攻撃を担当するためには、長時間潜水できる原子力潜水艦が必要になる。

朝鮮中央通信は19年7月23日、金正恩氏が視察している新型潜水艦の姿を公開した。長さは70~80メートルとみられる。1990年代に北朝鮮がロシアから輸入したゴルフ級潜水艦の改造型の可能性があるとされた。ゴルフ級は弾道ミサイル3発を搭載できる通常型潜水艦だ。

新造潜水艦を視察する金正恩氏ら。2019年7月23日付の労働新聞が伝えた=労働新聞ホームページから

仮に北朝鮮がゴルフ級潜水艦の改造型に新型SLBMを搭載しても、「港を出た瞬間に撃沈されるだろう」(軍事関係筋)と言われている。北朝鮮の潜水艦は旧式でスクリュー音などから探知されやすい。北朝鮮海軍は遠洋での潜水艦運用の実績に乏しく、潜水艦が航行するための海図や、ソナー音を効果的に探知するために必要な海流や塩分濃度などを十分把握していないからだ。

こうしてみると超大型ICBMも新型SLBMも、本当の戦力として北朝鮮が自由に使いこなせるようになるまで、相当な時間がかかるのは間違いない。

また、北朝鮮の軍事パレードで登場したミサイルがそのまま、実戦で使われるとは限らない。2012年4月などに登場したICBM「火星13」や、2017年4月に登場したキャニスターに収納された固体燃料式の中長距離弾道ミサイルとみられる機体など、一度も発射に至っていない機体も数多い。

■狙った「心理的インパクト」

では、なぜこのような軍事的合理性に疑問符がつく新兵器を登場させたのだろうか。それを解くカギは金正恩氏がパレード冒頭で行った28分間の演説にある。

正恩氏は演説で、日米韓を名指しで非難しなかったし、核兵器という言葉も使わなかった。だが、「我が党は、我が国家と人民の自主権と生存権に手出しし、脅かし得る勢力を先制的に制圧できる」「我が国の安全を脅かすなら、最も強力で攻撃的な力を先制的に総動員して報復する」と強調した。

10月10日の軍事パレードで演説する金正恩氏=労働新聞ホームページから

韓国・韓東大の朴元坤教授は「核の先制使用とは言っていないが、意識的に先制という言葉を使っている。核ドクトリンからは非常に危うい表現だ。11月の米大統領選と来年1月の党大会を経ても、北朝鮮が生きる道が見つからなければ、先制的な行動に出るという脅しだ」と語る。

北朝鮮は自らの決意を表現するため、心理的なインパクトが強い、超大型のICBMや、新型のSLBMだとわかる名前をつけた機体を公開したのだろう。

現在は北朝鮮とアメリカの初めての直接対話を実現し、18年6月の米朝首脳共同声明を演出したトランプ米大統領が再選される道が残っている。再選なら米朝協議が再開される可能性もある。北朝鮮は現時点で米国を非難することは避けつつ、バイデン政権が登場して北朝鮮との対決路線を取れば、ただちに軍事挑発路線に切り替えるつもりなのだろう。

そして、朴教授は「それだけ、北朝鮮が苦しい状況にあるという裏返しだ」とも語る。

北朝鮮は今、国際社会による経済制裁、新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐための国境封鎖、大規模水害という「三重苦」にあえいでいる。正恩氏自身、「わが人民に吐露したい真情は、ありがとうの一言である」と涙ながらに語っていた。

現在は秋の収穫期にあたり、9月にトウモロコシ、10月にコメの収穫があるため、食糧不足の懸念は当面ないだろう。だが、中国向け輸出の急減から外貨不足が深刻だという未確認情報もある。

10月10日の軍事パレードに参加した市民は、すべて金正恩体制を支えるエリートたちだ。彼らは韓国に吸収統一されれば職を失う危機にある点で、金正恩氏と運命共同体という関係にある。行進する兵隊や新型兵器に熱狂し、拍手した姿はウソではないが、北朝鮮にはパレードに参加しなかった2千万人以上の市民がいる。彼らはどのような心情でパレードのニュースに接したのだろうか。