岸信夫防衛相は25日、火星17が通常角度で発射された場合、射程が1万5千キロになる可能性があると説明した。米ランド研究所上級アナリストのブルース・ベネット氏は「火星17は確実に米本土の大半に届く核ミサイルになるはずだ」と語る。韓国国防省は29日の韓国国防委員会で、北朝鮮が16日のミサイル発射に失敗したため、24日に火星15を発射したうえで「火星17の発射に成功した」と宣伝していると報告した。
複数の専門家は火星15や17について「旧ソ連のミサイルを改良、大型化したミサイルだ」と語る。火星15と17は、ウクライナの国営企業が1960年代に開発したエンジンと似たタイプを搭載しているとみられるからだ。
ICBMは大気圏再突入時、マッハ20に近い速度に達し、弾頭部の摩擦熱は数千度になるとみられる。北朝鮮には再突入の状況を再現できる実験装備がない。ICBMの最終的な軌道を追跡する航空機や艦船も保有していない。
防衛省関係者は「北朝鮮は火星15や17の核弾頭が本当に作動するのか、CEP(半数必中界=発射数の半分の着弾が見込める範囲)がどのくらいなのか、設計上の理論の裏付けしかないはずだ」と語る。
朝鮮半島エネルギー開発機構で北朝鮮核問題に取り組んだ経験がある、日本エネルギー経済研究所の黒木昭弘研究顧問は「火星15や17はあくまで、米国に対するブラフという性格が強いだろう」と語る。金正恩朝鮮労働党総書記らの体制を守るため、米国の介入を防ぐための「脅し」という意味だ。韓国の軍事専門も北朝鮮の核戦略を「コスムドチ(ハリネズミ)戦略」と呼ぶ。
朝鮮中央通信によれば、金正恩氏は火星17の試射の際、「誰であれ、わが国家の安全を侵害しようとするなら、必ず凄絶な代償を払うことになる」と語った。「米国が金正恩体制を脅かす場合には、核を使う」と脅す手段として火星17を開発したのであれば、高い命中精度はもちろん、本当に核兵器が爆発するかどうかを徹底的に検証する必要はないわけだ。
一方、ロシアのプーチン大統領はウクライナ侵攻直後の2月27日、戦略核を運用する部隊を特別態勢に置くよう、ショイグ国防相らに命じた。ロシアのペスコフ大統領報道官も3月22日、米CNNに対して、ロシアが存在の危機に直面した場合、核兵器を使用する可能性があるとした。
プーチン大統領は元々、2014年12月に承認した「ロシア連邦軍事ドクトリン」や20年6月に署名した「核抑止の分野におけるロシア連邦の国家政策の基礎」で核兵器の使用について触れてきた。後者では核兵器の使用基準として6項目を挙げている。事実上、通常戦闘でも核兵器を使えるようにする内容だと言える。ロシアのやり方は、「核の使用」で脅して、相手を譲歩させる「ディエスカレーション戦略」として、欧米諸国から批判されてきた。
自衛隊の元幹部らによれば、北大西洋条約機構(NATO)が介入する場合、ロシアが実際に核兵器の使用に踏み切る可能性があるという。その場合、すぐに核を使うのではなく、徐々に脅威を高める手順を踏むとみられる。核を搭載できる爆撃機や潜水艦の公開から始まり、核の使用を想定した演習の実施、無人地帯での爆発力が小さな核爆弾の使用――といった順序が想定されている。
スウェーデンの放送局TV4は30日、核兵器を搭載したロシアの爆撃機スホイ24が3月上旬、スウェーデン領空を侵犯したと報じた。
では、北朝鮮も「ディエスカレーション戦略」を行使するようになるだろうか。
北朝鮮軍で弾道ミサイルを担当する戦略軍報道官は2017年8月、中距離弾道ミサイル「火星12」によって米軍基地があるグアムに対する包囲射撃を検討しているとする声明を発表した。同年9月には、李容浩外相(当時)が太平洋での水爆実験の可能性に言及した。
だが、いずれも、発言を裏付ける具体的な動きは示さなかった。防衛省関係者は「米軍の強大な軍事力に比べ、北朝鮮のICBMは不確かな点も多い。とても、核の脅迫など行えないだろう」と語る。
ただ、北朝鮮の短距離弾道ミサイルはICBMに比べ、急速な技術の発展を見せている。ロシアミサイル「イスカンデル」に似たKN23(射程約600キロ)や米ミサイル「ATACMS」に似たKN24(射程約400キロ)は固体燃料を使う。過去の実験では、北朝鮮が「低高度滑空跳躍型飛行軌道」などと説明する、変則的な軌道を取った事実も確認されている。命中精度も火星17よりもはるかに高く、日米が主導するミサイル防衛(MD)を打ち破る可能性があるとみられている。
また、スウェーデンのストックホルム国際平和研究所(SIPRI)によれば、北朝鮮の昨年1月時点での核弾頭推定保有数は40~50発。SIPRIの推計値では最近、北朝鮮の核弾頭は毎年10発のペースで増えている。
黒木氏は「これだけの核を保有すると、使いたい誘惑にかられるかもしれない」と語る。金正恩氏は21年1月の党大会で核抑止力の強化を巡る成果のひとつとして「既に蓄積された核技術の戦術兵器化」に言及した。北朝鮮は、ロシアがウクライナ侵攻でちらつかせている「ディエスカレーション戦略」と欧米諸国の反応も観察し、研究しているだろう。
KN23やKN24は、主に韓国を狙う兵器とみられている。北朝鮮の通常兵力は老朽化が著しい。空軍の主力戦闘機のミグ23は、冷戦時代に活躍した兵器。韓国軍の最新鋭ステルス戦闘機F35には全く歯が立たない。陸軍の主力戦車も、1970年代に生産が終了したとされるT62だ。
北朝鮮の核兵器は、米国に対しては単なる「脅しの手段」にとどまっていると言えるが、韓国や日本に対しては、通常戦闘での「使える核兵器」を目指す可能性が十分ある。
日米は2009年から米韓は10年から、それぞれ米国の「核の傘」の信頼性を確認する拡大抑止協議を定期的に行っている。米国のバイデン大統領は24日の岸田文雄首相との会談で、日韓両国に対する「核の傘」を含む拡大抑止力の提供を改めて確約したという。
ロシアによる「核の脅迫」によって、日韓世論の米国の「核の傘」に対する信頼は揺らぎ始めている。北朝鮮の豊渓里核実験場では現在、2018年に爆破した坑道を修復する動きが観察されている。韓国国防省は29日の国会国防委で、米韓両国が4月以降にありうる北朝鮮による7回目の核実験への対応策を検討していることを明らかにした。
米国防総省は29日、「核態勢の見直し」(NPR)の概要を公表し、核抑止力の維持を最優先する方針を明確にした。だが、北朝鮮が今後、米国と日韓に対し、それぞれ異なった核戦略を展開した場合、日韓の世論は更に動揺するだろう。日韓両政府は米国に対し、「本当に核の傘を提供してくれるのかどうか」を改めて問い直す時期に来ている。