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北朝鮮の金正恩氏、経済優先から軍拡路線に転向 きっかけは側近の処刑?脱北者が指摘

北朝鮮インテリジェンス 更新日: 公開日:
朝鮮労働党中央委員会の拡大総会(6月16~18日)に出席する金正恩総書記(中央)
朝鮮労働党中央委員会の拡大総会(6月16~18日)に出席する金正恩総書記(中央)=2023年、平壌、朝鮮中央通信/朝鮮通信

金正恩氏が登場した当時のスローガンは、「経済強国の建設」だった。祖父がつくった思想強国、父の軍事強国に続く、新たな戦略になるはずだった。

ところが2013年3月の労働党中央委員会総会で、経済建設と核開発をともに進める「並進路線」を始めた。次第に軍事に重点が置かれ、2017年には大陸間弾道弾(ICBM)の発射実験や核実験も断行。2018年に一時対話路線に戻り、同年4月には並進路線の終了を宣言したが、米朝協議の失敗によって、現在は再び軍事路線に逆戻りした。

韓国銀行によれば、北朝鮮の経済成長率は2011年から2014年まで前年比1%前後の低い伸びを示したが、2016年には好調な中朝貿易に支えられて同3.9%増を記録した。

だが、2017年から2021年までは国際社会による制裁や新型コロナウイルスの影響により、2019年の0.4%増を除いて、ずっとマイナス成長が続いている。

アパート価格上昇……経済活発だった時代

李炫昇氏によれば、金正恩体制の経済戦略を引っ張ったのは張成沢元国防副委員長だった。張氏は正恩氏の父親、金正日総書記の指示で、経済建設や中国との窓口役を担った。北朝鮮は2011年1月、国家経済開発10カ年計画を策定し、外資の窓口になる合営投資委員会や経済特区などを担当する国家経済開発委員会を設立した。李氏は「2011年ごろから、事業で海外に出る人が以前の10倍になった。海外渡航の許可証を渡航ごとではなく、マルチの発行にした。海外事業の許認可権を地方にも認めた」と語る。

張成沢氏(右から2人目)=2012年8月、北京、林望撮影

自由化が進んだため、市民の経済活動が活発になった。その典型がアパート建設だった。北朝鮮は平壌市の人口増に住宅の供給が追いついていなかった。李氏が最初に住んだ平壌市平川区域のアパートには、2LDKという間取りが多かったが、そこに2世帯が暮らすのがあたり前だった。李氏は次のように振り返る。

「国家は平壌の市民証はくれても、十分な家を供給できなかった。1世帯に二つの家族がトイレと台所を共同で使って暮らしていた」

逆にいえば、アパート建設は必ず需要があるため、儲かった。金を稼いだ新興富裕層(金主=トンチュ)が、我先にアパートの建設を始めた。こうした都市開発の資金源になったのが、鉄鉱石や無煙炭を中国に輸出して得た金だった。

北朝鮮では住宅はすべて国有になっている。「アパートを建設すると、世帯の半数を市や中央政府に上納することで、黙認してもらっていた」(李氏)。アパート価格は上昇を続け、2014年時点で、平壌市の最高級アパート(4LDK、トイレ二つ)には、20万ドルの値段がついたという。

アパートの建設に引っ張られて高級レストランも相次ぎ、開店した。「西側の報道では、ピザやワインなどに注目が集まっていたが、ほとんど中国の模倣だった。2008年の北京五輪で街が発展した様子をそのまま真似た」と李氏は明かす。

李氏の父、李正浩氏も、日本海側の元山と、韓国が開発を支援した金剛山、正恩氏が大規模スキー場の建設を主導した馬息嶺を一体化した観光ゾーンの開発を具申していたという。

リチュンヒさんらが入居した平壌の新しいアパート群
平壌の新しいアパート群=朝鮮中央通信ホームページから

張成沢氏の処刑で経済「逆回転」

ところが、こうした経済戦略は2013年12月、張成沢氏が処刑されたことで混乱した。複数の北朝鮮関係筋の証言によれば、金正日氏はすべてに軍が優先する「先軍政治」の影響で肥大化した軍や国家安全保衛部(現・国家保衛省)、党組織指導部などの権限縮小を張成沢氏に指示していた。軍などは張氏を嫌い、金正恩氏に「張が国を乗っ取ろうとしている」と讒言し、処刑に至ったという。

この処刑で、北朝鮮は中国との有力なパイプ役を失った。それまでの経済自由化に対する揺り戻しも始まった。正恩氏は市場の営業時間の短縮や、金主たちの活動の制限などを打ち出した。軍は勢いを取り戻し、核・ミサイル開発に拍車がかかり、国際社会による厳しい制裁という結果を招いた。

2018年には一時的に外交を推進したが、やはり軍や党の保守派が米国への大幅な譲歩を嫌がり、最終的に米朝協議は決裂した。

「すべての政策は最高指導者から始まる」という言葉の通り、住宅建設も最高指導者が統括することになった。金正恩氏は2021年、平壌に5年間で5万世帯の新たな住宅を建設すると宣言した。2022年、平壌・松花通りに1万戸、今年4月には和盛地区に1万戸がそれぞれ完成した。

ただ、李氏は「高級幹部は新しい住宅には入らない」と語る。「国家プロジェクトで作られた住宅はむしろ危険だからだ」といい、次のように内情を明かす。

「国家プロジェクトは千里馬運動、万里馬運動などのスローガンの下、スピード重視でつくられる。専門家ではない学生や兵士が動員される。私も参加したことがあるが、崩壊する可能性もあり、危ない。幹部たちは、金主がつくった、しっかりした建築物に入りたがる」

朝鮮中央テレビは昨年4月、金正恩総書記が北朝鮮の名物アナウンサー、リ・チュンヒさんに、国家プロジェクトで作れた新しい住宅をプレゼントしたと伝えた。李炫昇氏は「リさんは人民放送員の称号をもらったエリートだが、副業がなければ生活は苦しいはずだ。きっと喜んで入居したのだろう」と話す。逆に国家プロジェクトで住宅建設を推進するため、金主たちも資金提供などの協力を求められ、自由な市場原理に基づいた活動ができなくなっている。

新しいアパートで記念撮影する金正恩氏とリチュンヒさん(左隣)ら
新しいアパートで記念撮影する金正恩氏とリ・チュンヒさん(向かって左隣)ら=朝鮮中央通信ホームページから

正恩氏、独裁維持に躍起

経済政策における反動は、正恩氏が抱いた「独裁への不安」が原因だった。正恩氏は同じように、思想統制や頻繁な人事を繰り返し、独裁を維持しようとしている。最近では、反動思想文化排撃法や平壌文化語保護法などを作り、韓国ドラマなどを視聴したり、韓国語を真似たりする人たちを処罰している。李氏の知り合いのなかでも、外国の映像を無断で視聴したため、家族と一緒に平壌から辺境に追放された人がいたという。

また、「側近を信頼できないため」(李氏)、人事を繰り返す。李氏の父、李正浩氏は2014年の脱北当時、最高幹部の半数が知り合いだったという。「でも、今、父の知り合いは全体の1割くらいにまで減った」(李氏)という。

しかし、北朝鮮では軍事パレードなど大きな行事があるたび、大勢の市民が熱心に金正恩氏に手を振り、感激した様子で跳びはねているではないか。李氏はこう語る。

「まず、行事担当者がどんな行動をすべきか、事前に指示を出す。あとは群集心理だ」

軍事パレードなどに参加した人々は、その場の雰囲気に飲まれ、興奮し、行動する。みな、行事が終わると異口同音に語るという。李氏はこう打ち明けた。

「なぜ、あそこで涙が出たのか。自分でもわからない」

2020年10月10日の軍事パレードで公開された北朝鮮の新型ICBM「火星17」
2020年10月10日の軍事パレードで公開された北朝鮮の新型ICBM「火星17」=労働新聞ホームページから