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北朝鮮のエリートという「知られざる」存在 異例の抜擢遂げた元朝鮮労働党員が告白

北朝鮮インテリジェンス 更新日: 公開日:
李炫昇氏(リ・ヒョンスン)=本人提供
李炫昇氏(リ・ヒョンスン)=本人提供

李炫昇氏が住んでいた北朝鮮の首都・平壌は、北朝鮮の人々が「一生に一度は住んでみたい」とあこがれる場所だ。

北朝鮮の人口は約2500万人だが、平壌市民の数は近郊の区域も含めると「300万人ほど」(李氏)だという。平壌は「革命の首都」と呼ばれ、海外からの訪問客にアピールするための「ショーウィンドー都市」に位置づけられた。

かつて別の脱北者から「北朝鮮の他の地域は、平壌を支えるために存在している」と聞いたこともある。平壌市に立ち入るためには、普通の旅行証明書以外に、特別の許可証が必要になる。

平壌の様子
平壌の様子=2002年9月、代表撮影

ただ、李氏は「平壌市民すべてがエリートというわけではない」と語る。「北朝鮮にはエリートという言葉はない。普通は幹部という言葉を使う。幹部と呼べる人々は中央党や政府、軍の高官だろう。合わせて数千人というところではないか」。

特に、党の部長級や政府機関の次官級以上は「最高幹部」なのだという。「最高指導者が自ら、任命する職責だからだ」。李氏の父親もその一人だった。

李氏の人生もエリートそのものだ。まず、平壌のエリート層の子弟が通う金星学院(小学4年制、高等中学6年制、大学4年制の一貫校)に入学した。金星学院には金正恩総書記の妻、李雪主氏も在学していた。

李炫昇氏は小学校部門だけ通い、やはりエリートが通う平壌外国語学院に進学した。どちらの学校も在学生は軍服務を免除される。通常なら男性はかつて10年、現在でも7年ほどは軍に勤務しなければならない。ただ、李氏も3年4カ月、軍に勤務したという。「父が高位職だったからだ」という。

北朝鮮では、特別なエリートの子弟には社会奉仕が義務付けられているのだという。李氏は除隊後、崔善姫外務次官らが卒業した平壌外国語大学に入り、英語と中国語を学んだ。

彼の人生のなかで燦然と輝くのが、2005年8月、軍から除隊後に果たした労働党への入党だ。李氏は当時、20歳だった。自ら「超高速昇進だった」と語る。

北朝鮮ではかつて労働党員はエリートの証明とされ、職場での昇進や許認可での便宜、福利厚生などで優遇されてきた。党員は500万人とも600万人とも言われる。出身成分と言われる北朝鮮独特の身分制度により、親族に資本家や朝鮮戦争で韓国に協力した人物などがいれば入党できない。

かつて徴兵を嫌がる市民のため、「軍服務を終えたら入党資格を与える」と約束していた時期もあった。40代でようやく入党したという人もざらにいるなかで、20歳での入党は異例の人事と言える。

党員人気に変化

ただ、北朝鮮も変化している。別の脱北者は「昔は女性の結婚相手として労働党員は人気があった。でも、今人気があるのは、生活に余裕がある男性、特に外貨を稼げるかどうかが重要だ」と語る。

北朝鮮では1990年代の半ば、大量の餓死者を出した「苦難の行軍」を境に配給制度が崩壊した。李炫昇氏によれば、平壌でも2000年代初めまでにエリート層が住む中区域以外の地域で配給制度が機能しなくなった。「それまでは、食料や調味料、油などの生活必需品には、国から配給票が配られていた。市民は配給票を配給所に持っていけば、国定価格で買い物ができた」(李氏)

例えば、コメ1キロの国定価格は現在、200ウォン余とされる。市場価格が5千ウォン前後だから、20分の1以下の値段だ。李氏は「中央党に勤務する人々は依然、配給を受け取っている。ただ、彼らの住居は中区域に集中しているので配給所も中区域にしかない。それ以外の地域に住む人間には配給の様子をうかがい知ることはできない」と語る。

もちろん、配給が生活手段の全てではない。李氏によれば、配給制度の崩壊により平壌市民は他の地域の人々と同様、生きる手段を探すことに迫られた。それが様々な副業を生んだ。

在日朝鮮人の一人は昔、平壌を訪れた際、地元住民から1枚のチラシを見せてもらった。粗末な紙に、いなりずしや海苔巻きなどの値段が書かれていた。北朝鮮に戻った在日朝鮮人の市民が自宅で作って近所に届けてお金を稼いでいるという。

冬、アパートに練炭を届けに来た人もアルバイトだった。運ぶ練炭の重さや、運び込むアパートの階数に応じて値段を決めていたという。北朝鮮の労働者は基本的に公務員だが、勤務時間外になれば、大学の先生は家庭教師を、医師は自宅で医院を、特別な技能を持たない人は夜間警備員などを、それぞれ副業にしている。まれに商才があり、事業に成功する人間も出てくる。彼らは「金主(トンチュ)」と呼ばれる。

ただ、中央の党や政府、軍に勤務するなど、一般市民を監視・統制する側に回る人々は副業ができない。なかには最高指導者からの「贈り物」という恩恵に浴する人もいるが、それはごく限られた最高指導者の側近に限られる。

一般的に、こうした人々は市民を監視・統制するために何らかの許認可権を持っている。旅行証や運転免許証など各種証明書の発給、進学や就職の審査、入院や治療の許可などだ。これらの許認可で便宜を図る代わりに賄賂を受け取る。韓国人権団体の調査結果などをみると、北朝鮮では賄賂が常態化し、人々も「ほんの挨拶代わり」として受け止めている。賄賂が副業収入になる。

あるいは組織として事業を行う。北朝鮮では国家経済が脆弱で、政府予算が十分確保されていない。在外公館の場合、政府が外交官に給与を支給するのは北京やモスクワなどの大規模公館に限られる。多くの政府機関や在外公館、軍組織などは自給自足を迫られている。

李炫昇氏の父、李正浩氏が所属した党39号室は、ロイヤル・ファミリーの資金を稼ぐため、こうした事業を手広く展開できた。特に外貨稼ぎを自由に行える立場にあったことが大きかった。李正浩氏は大興船舶貿易総会社代表を務め、日本への松茸やカニの輸出を独占し、巨額の利益を得ていたという。

北朝鮮は近年、ユーチューブを使い、「平壌の日常生活」と称して、高級レストランやスーパー、デパートなどの様子を紹介している。スーパーには外国産を含む高級な食材がそろい、人々が生鮮食品や乳製品などを購入している。李炫昇氏は「スーパーの存在はウソではない。確かに利用する人もいる。しかし、利用できる人は10万人もいないだろう。平壌でも多くの人々は副業で、何とか生活を維持しているのが実態だ。うまく金を稼いでも、取り締まられる側の人々にとっては副業は違法行為にあたる。だから目立つのを恐れて、金があってもそのようなスーパーに出入りしない人もいるからだ」と語った。

もちろん、賄賂も公式には違法にあたる。派手にやれば取り締まりに遭う。公式の事業で成功しても側近たちの忠誠競争に巻き込まれ、最高指導者に讒言(ざんげん)されて地位を失うことも日常茶飯事だ。

現代の北朝鮮は、どんな立場であっても、息苦しい世の中であることだけは間違いない。