――この10年間、北朝鮮の人権問題で進展があったでしょうか。
COIの報告書が推奨した結果、国連人権高等弁務官事務所のソウル事務所が設けられました。北朝鮮は障害者権利条約にも参加しました。障害者の権利に関する国連関係者が訪朝しましたが、アクセスが非常に限られていました。北朝鮮は国連の北朝鮮人権状況特別報告者の受け入れも拒んでいます。
過去10年間、北朝鮮の全体的な人権状況は改善されず、人道に対する罪が依然続いています。政治犯収容所の状況は、特に新型コロナウイルス禍ではひどいものです。北朝鮮当局は移動を禁止し、外界からの情報や市場活動を取り締まっています。家で料理をつくり、路上で売っていた人々まで取り締まっています。
COIの報告書によって、北朝鮮の人権問題に対する機運が盛り上がりましたが、失速しました。主に二つの理由があると思います。
まず、トランプ前米大統領による米朝首脳外交です。米朝交渉のなかで、人権問題は取り上げられませんでした。トランプ大統領の新しい試み(首脳外交)を批判する気はありませんが、人権問題を交渉の犠牲にすることは間違いだと思います。
第2に、北朝鮮を懐柔しようとした韓国の文在寅政権の責任があります。文政権当時、韓国は北朝鮮を巡る国連人権決議の共同提案国になりませんでした。北朝鮮人権問題への取り組みは、保守、進歩(革新)のどちらの政権であろうと、一貫して継続されるべきです。
COI報告書による勧告の多くは実施されていません。COIは、国連安全保障理事会が北朝鮮の人権問題を国際刑事裁判所(ICC)に付託するよう勧告しました。ルワンダやユーゴスラビアのケースで設立された特別法廷というやり方もありますが、どちらも安全保障理事会の決議が必要になります。中国にも、脱北者の強制送還を停止するよう求めていますが、中国の態度は変わっていません。勧告を実施するための行動が不足していると思います。
――金正恩総書記の責任についてどう考えますか。
金正恩氏は、北朝鮮で起きている全ての問題に責任があります。彼はシステムの最上位にいます。彼は有罪です。
彼も父も祖父も民主的に選出されたわけではありません。金正恩氏が権力の座にあるのは、父の息子であり、祖父の孫だからです。ロイヤルファミリーと朝鮮労働党の究極の戦略目標は、政権の存続です。
そのために、核兵器やミサイルを次々開発しているのです。彼らは国内外で自国民を抑圧し、搾取します。正恩氏はこの泥棒政治国家の究極の受益者です。だから彼には間違いなく責任があります。
彼はスイスで勉強したので、北朝鮮の政治体制の改革を期待する声もありました。彼は外の世界を知っています。しかし、外国人を知っていても、外国人が好きというわけではありません。カンボジア人虐殺の首謀者だったポル・ポトもフランスに留学していましたから。
金正恩氏が選ばれたのは、彼が改革者になる可能性が高かったからではありません。彼が選ばれたのは、彼が父から最も信頼されていた一人の息子だったからです。彼ができるだけ早く支持基盤を作るためという理由で、多くの人々が家族や仲間と一緒に粛清され、逮捕され、拷問され、殺されました。
――最近、金正恩総書記の娘のキムジュエ氏が登場しました。
韓国の情報機関によると、息子のほか、キムジュエ氏とは別の娘もいる可能性があります。キムジュエは本名でない可能性もありますが、金正恩氏は、強固なロイヤルファミリーの姿を示し、次世代への継承を宣言しているのだと思います。
また、金正恩氏は27歳で国を継承しなければなりませんでした。権力継承のための準備はたった3年間しかありませんでした。正恩氏は、彼の子供たちに同じ事が起きないようにしたいから、早い段階から準備するつもりなのでしょう。
――北朝鮮の最近の状況について何か聞いていますか。
コロナで多くの外交官や国際組織職員が北朝鮮を去りました。以前よりもはるかに少ない情報しかありません。まだ残っているいくつかの情報源は、「悲惨な状態だ」と訴えています。教化、抑圧、強制、統制、監視、刑罰の危険にさらされています。ボトムアップからの政権交代は不可能です。
北朝鮮市民は、統治システムがどのように機能しているのかを知りません。平壌以外の人々には関係がありません。軍と党の間に緊張はないと思います。軍は党に属しています。党の軍隊です。過去、何度か軍事蜂起が試みられた可能性が非常に高いですが、失敗に終わりました。
権力と特権は首都平壌に集中しています。非常に厳しい監視のために、人々が組織化したり、北朝鮮の政治的変化について考えたりすることは非常に困難です。政権の監視がありますし、悲惨な経済・人道的状況の下では、革命ではなく、本人と家族の生存について考えるしかないのです。
政治犯収容所にいる人々は10年前、約12万人と言われていました。しかし、政治弾圧が強まり、現在は20万人という数字の方が現実に近いと思います。
――米朝対話が始まる可能性はあるでしょうか。
バイデン政権は外交の機会が常に開かれているというメッセージを送りました。外交が進むかどうかは、基本的には北朝鮮次第だと思います。
米朝対話にかかわらず、北朝鮮は核・ミサイル開発を続けます。対話がない状態であれば、北朝鮮は公然と行います。対話局面では、開発の事実を少し隠すかもしれませんが、継続します。
北朝鮮がミサイル実験を続ける明らかな理由は、開発プログラムをテストする必要があるからです。新型コロナの影響で、北朝鮮経済は苦しい状況に追い込まれています。一方で、北朝鮮はイランなどに兵器の顧客を持っています。ミサイル実験を行い、北朝鮮が健在で、商品を供給できることを顧客に示したいのでしょう。
また、韓国と米国に圧力をかけたいと思っています。米韓同盟だけではなく、日米同盟にも圧力をかけたいのかもしれません。
2019年2月の米朝首脳会談で金正恩氏は大失敗したと思います。その責任は随行者たちにあると考え、ハノイから平壌に戻る車中、随行者たちは、壁に向かってひざまずいて手を上げるように強制され、金正恩氏に謝罪するように求められたと聞きました。それだけ、金正恩氏にとって強烈な体験だったのです。正恩氏が米国とは別の国の首脳と会談を検討することには非常に消極的だと思います。
合意が可能な状況でもありません。私たちが望むのは、完全で検証可能、不可逆的な非核化(CVID)です。
北朝鮮が望んでいるのは、核保有国としての承認です。金正恩氏は核兵器を握っています。今、北朝鮮は米国によって認められ、外交関係を持ち、核保有国になることを目指しています。米朝双方の主張が大きく食い違っているので、交渉は簡単ではないでしょう。