中朝国境を流れる鴨緑江沿いに、北朝鮮側を撮影していた姜教授に、子どもたちが何かを向けるしぐさをした。別の子どもも同じものを振り回していた。ホコリで汚れた模造の小銃だった。
北朝鮮の義務教育は、幼稚園1年、小学校5年、初級中学校3年、高級中学校3年の計12年だ。ここで重点的に教えられるのは2つ。その一つが「誰が敵なのか」ということだ。
2017年に入手した北朝鮮の教育用タブレットに収められていた小学校2年の算数。こんな問題があった。「祖国解放戦争(朝鮮戦争)で人民軍のおじさんたちが、最初の戦闘で米帝の山犬野郎どもを265匹殺し、2番目の戦闘で最初より70匹多く殺しました。2番目の戦闘では何匹殺し、全体で何匹殺しましたか」。初級中学校1年の技術の教科書は、木製の模造拳銃の作り方を22ページにわたって紹介していた。
10年ほど前、訪朝した専門家が平壌市内の小学校を通り過ぎた。校庭で児童たちが何かを夢中で投げていた。同行した北朝鮮当局者が胸を張って説明した。「見なさい。我が国ではこんな小さい子でも手投げ弾を投げる練習をしている」。もちろん、投げつける相手は米軍兵士だ。
北朝鮮で人気があるアニメシリーズがある。題名は「賢いタヌキ」。優しいタヌキは弱いウサギやネコなどを守るため、知恵を絞ってずるがしこいオオカミやキツネを打ち負かす。タヌキは北朝鮮軍、オオカミは米軍、キツネは韓国軍を比喩している。倒すときには戦車を使うこともある。姜教授が鴨緑江の対岸にいた児童に手を振ると、児童は「あっちに行け。ケーセッキ(犬の子=朝鮮半島で使われる相手を侮辱するスラング。この野郎という意味)」と叫んでいた。
そして2番目に大事な教育目標は「誰のお陰で幸せに暮らせるのか」ということだ。
北朝鮮で親がまず子どもに教える重要な決まり事の一つは「金日成主席の銅像を指ささない」ということだ。重大な不敬にあたるからだ。主席の銅像を指し示す必要があるときは、手の甲を下にしなければならないと教える。
北朝鮮の学校には教室ごとに、金日成主席と金正日総書記の写真が飾ってある。当番の子は朝早く登校し、写真をきれいに拭いておかなければならない。かつて教師だった脱北者は「学校には素行不良の児童生徒はいた。でも、金日成や金正日の悪口を言う子はいなかった」と話す。
問題はゆがんだ教育内容だけではない。姜教授は中朝国境沿いで、働く子どもたちの姿を頻繁に確認したという。
鴨緑江の川岸では、大人の男性に連れられた子ども5人が一生懸命、大きなペットボトルなどに水を入れていた。脱北者の1人は姜教授に「大人は学校の教師だろう。農作業に必要な水を手に入れるため、川にやってきたのだろう。子どもは大人の奴隷みたいなものだ」と語った。
蒸し暑い日、中朝国境沿いを走る鉄路のそばで、大勢の児童たちが雑草を取っていた。近くには「一心団結」「万里馬速度戦」などと書かれた旗が掲げられていた。姜教授は「一人一人にノルマがあるようで、割り当てられた作業が終わらなければ帰れないようだった」と語った。
脱北者の1人によれば、北朝鮮では労働力の確保と教科書が十分確保できない事情などから、授業を午前と午後の2部制にしているところが多いという。児童生徒は毎日、勉強と労働のために登校することになる。労働だけでは足りず、学校の施設補修や教員の給与穴埋めのため、金銭や資材を求められることもある。学校に通わなくなる子どもも大勢いるという。
子どもたちの楽しみは何だろうか。
姜教授はアイスクリームを楽しむ子どもたちの姿を撮影した。アイスクリームは北朝鮮では数少ないお菓子の一つだ。普通のアイスが「エスキモー」、チョコレート味が「カカオ」と呼ばれる。ただ、北朝鮮では乳製品や砂糖が絶対的に不足している。脱北者は「外国人に提供するアイスクリーム以外、ほとんど氷を砕いて固めただけのような薄い味だ」と語る。
金日成主席の誕生日などには、国家が児童にお菓子を配る習慣もあるが、固くて甘くない粗悪品が多い。もちろん、そんなお菓子でも手に入るのは年に数回だけだ。恵まれた平壌であれば焼き栗や焼き芋を楽しむこともできるが、地方の子どもは、味がほとんどしないアイスクリームを楽しむくらいだという。
中朝国境地帯は冬になれば雪に覆われ、河川は凍結する。子どもたちはそり遊びを楽しんでいた。脱北者たちによれば、北朝鮮の人が楽しむ冬の遊びはソリかスケートだという。金正恩総書記が広めようとしたスキーを楽しむ習慣はほとんどない。
姜教授が撮影した北朝鮮の子どもたちの服には、汚れや破れが目立った。ある子どもが着た青いシャツには、正恩氏が開発した「馬息嶺スキー場」の白いロゴが描かれていた。ロゴは薄汚れ、ほとんど消えかかっていた。