「ゼレンスキー当局、物乞いと請託の念仏」
声明は、ウクライナが独自に核武装するか、米国核兵器の配備を望んでいるとして、「ゼレンスキー当局の陰険な政治的謀略の産物」だと非難した。「目を開ければ主人を見上げ、口を開けば物乞いと請託の念仏を唱えるゼレンスキー当局は、最初からロシアの相手になり得ず、彼らが現在のように核の妄想に執念を燃やせば、むしろロシアの核の照準圏内でより鮮明な標的になるであろう」と述べ、激しい表現でウクライナをこき下ろした。
北朝鮮を建国した与正氏の祖父、金日成主席は中ソ対立のなか、自主独立路線を掲げてきた。1970年代までに整備した主体思想はその象徴だ。北朝鮮は非公式の場では、スターリンに兵器を請い、毛沢東の経済支援を期待したが、公式の立場は自主独立だ。公式の立場で露骨にロシアにすり寄った与正氏の声明は極めて異例だ。
この場合、ウクライナを敵視するというよりも、国際社会で苦境に立つロシアに寄り添い、ロシアからこれまで得られなかった大規模な経済支援や軍事支援を手に入れようという思惑が透けて見える。
また、北朝鮮は核武装にあたり、「なぜ戦勝国の米英中ロ仏だけが核兵器を保有できるのか」として、戦後秩序に挑戦してきた。ウクライナの主張を批判すれば、自分の立場と矛盾する。韓国の一部で出ている米戦術核の朝鮮半島再配備が嫌なのかもしれないが、金日成主席がこの声明を読んだら怒り出すだろう。
背景に経済事情か
では、なぜ、北朝鮮はこんな身もふたもない論理を展開しているのか。北朝鮮は国際社会による制裁や自然災害に加え、新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐための国境封鎖のため、経済活動が大きく落ち込んでいる。
韓国銀行によれば、北朝鮮の実質国内総生産(GDP)の成長率は、2020年が前年比マイナス4.5%、2021年が同マイナス0.1%だった。市民たちの生活は困窮を極め、韓国国家情報院によれば、一部の地域では餓死者も出ているという。
そのなかで、北朝鮮を逃れた元労働党幹部が北朝鮮当局の苦境ぶりとして注目するのは、金正恩氏が平壌で展開している住宅建設事業の停滞だ。金正恩氏は2021年1月に発表した国家経済5カ年計画の一環として、2025年までに計5万戸の竣工を命じた。
ただ、北朝鮮の公式報道をみる限り、事業が3年目に突入したというのに、完成したという報道は1万戸にとどまっている。労働新聞は1月31日付で、「1月だけで9万数千人の青少年が、住宅建設に動員された」と報じた。人海戦術に頼らざるを得ないほど、工事は難航しているとみられる。
元幹部は「平壌の住宅不足は深刻だ。5万戸全て完成しても、まだ全然足りないだろう」と指摘する。韓国統計庁によれば、平壌市の人口は300万人余とされる。「これまで軍事や巨大建築物にカネをつぎ込んだため、住宅建設がおろそかになっていた」。元幹部はそう語る。
1989年の世界青年学生祭典の際、統一通りとして10万戸、1990年代にも光復通りとして約10万戸を建設した程度だという。元幹部はこう述べる。
「最近は、余裕がある企業所や(新興富裕層の)金主が住宅を建設することを黙認しているが、まったく足りてない」
平壌では、同じアパートに親戚や同じ職場の複数世帯が同居することは珍しいことではない。困った北朝鮮当局は意図的に平壌の行政区域を縮小したり、教育機関を市外に出したりして、人口調整を図ってきたが、効果は上がっていない。元幹部は「たとえ5万戸が完成しても、電気や水道がきちんと完備されているかどうかも疑わしい。専門家でもない学生や軍人に住宅を建設させること自体、危なっかしい」と話す。
逆にみれば、正恩氏が住宅建設を急ぐのは、高官層を含む北朝鮮市民たちが徐々に指導部の言うことを聞かなくなっているからで、「市民は家族を危険な目に遭わせたくないから、むちゃな抵抗はしない。でも、経済的に困窮してくると、当局の指示に従えない人間が出てくる」(元幹部)という。日々の生活費を稼ぐため、当局が命じる勤労動員などに参加しなくなるという意味だ。さらに、市民の大きな不満の象徴である、住宅難も解決できないとなると、更なる政権の求心力低下は避けられない。
焦った北朝鮮当局は、反動思想文化排撃法や平壌文化語保護法の制定などによって、市民が米韓などからの情報に触れて更に動揺することを防ごうと躍起になっている。金与正氏の声明も、ゼレンスキー氏を「米国を祖父とあがめて主人の虚弱な約束を盲信する手先」と非難し、米国への敵愾心をむき出しにしている。元幹部は「最近の戦術核訓練もそうだが、危機をあおり、国民の団結を訴えている。逆にいえば、それだけ団結が揺らいでいるということだ」と言う。
金与正氏が声明を発表し始めたのは、米朝協議が失敗に終わった後からだった。2020年3月には、トランプ米大統領(当時)が金正恩氏に親書を送ってきたとして、「良い判断であり、正しい行動であると見なして当然、高く評価されるべきだと思う」とする談話を発表した。同年7月には、米朝首脳会談を巡る談話で「朝食時間の暇つぶしとしては申し分なくよかった」などとうそぶく余裕もあった。ところが最近は、非難一本やりで、表現に余裕がなくなっている。米朝協議を主導した金与正氏の立場が厳しくなっている可能性もある。
北朝鮮は知らず知らずに、自分たちの窮状を国際社会に吐露する結果に至っている。これから、固体燃料を使った大陸間弾道ミサイル(ICBM)や衛星運搬長距離ロケットの発射などに踏み切るのだろうが、それは更に自分の首を絞めることにつながるだろう。