①体重
平壌で10日、正恩氏の最高位推戴10周年を祝う中央報告大会が行われた。演壇の背景には巨大な正恩氏の肖像画が飾られ、正恩氏の偶像化を更に進めたい北朝鮮当局の意図を浮き彫りにした。
ひたすら権力の強化に邁進する正恩氏だが、心中は穏やかではないようだ。韓国の情報機関、国家情報院は昨年7月に開かれた韓国国会情報委員会で、金正恩氏の体重について「最近、10キロから20キロくらい体重を減らした」と報告した。
身長約170センチとされる正恩氏の体重は、権力を継承した2011年末は約80キロで、翌年8月に90キロに増えた。足を引きずる姿が確認された14年に120キロ、16年に130キロ、20年に140キロに、どんどん増えた。高血圧や糖尿病、痛風などの疾患を抱え、20年4月に重病説が流れた。体重の減少は10年ぶりで健康管理のためだったようだ。現在は120キロくらいとみられている。
日米韓の情報関係者は、正恩氏の体重増について「権力を維持する極度のストレスから来る過食が原因」(関係筋の1人)とみている。正恩氏は深夜になると高カロリーの肉やエメンタールチーズ、ビール、ワインといった食事を繰り返していたという。
「権力を奪われる」という不安からか、側近たちも頻繁に入れ替わった。北朝鮮軍トップの総参謀長の場合、治世10年の間に李英鎬氏から現職の林光日氏まで、のべ8人が登場した。金正日総書記の時代(1994~2011年)の4人を大きく上回る。北朝鮮の軍人だった脱北者は「在任期間が1年ちょっとでは、組織を掌握しきれない」と語る。
逆に、韓国統一省などの資料によれば、金正恩氏が出席する重要な政治会議は2012年から19年までは年間3~8回程度だったが、20年には18回、21年には14回にそれぞれ激増した。北朝鮮メディアの報道も「正恩氏が会議を指導した」という表現が減り、「会議を司会した」「参加した」という表現が増えた。国政運営がうまくいかないなか、責任を分散する狙いがあるとみられる。
②軍事・核兵器
最高人民会議常任委員会の崔竜海委員長は10日の大会で正恩氏の業績に触れ、「国家核武力完成の歴史的大業を実現した」と持ち上げた。
ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)の資料によれば、北朝鮮は2010年ごろ、約30キロの兵器用プルトニウムを保有していた。核兵器1個あたりの必要量は4~5キロとされ、当時は6~7個の核兵器を保有しているとみられた。
北朝鮮は金正恩氏の権力継承前に2回、継承後に4回の核実験を行った。SIPRIによれば、21年1月時点での北朝鮮の核兵器は40~50個。毎年10個のペースで増えている。北朝鮮は4回目の核実験(16年1月)で水爆を使ったと発表した。
金正恩氏は21年1月の党大会で核抑止力の強化を巡る成果のひとつとして「既に蓄積された核技術の戦術兵器化」に言及した。実妹、金与正党副部長は今月4日付の談話で、韓国に対する核兵器の使用に言及した。
北朝鮮はこれまで、中国やロシアの「核の傘」に入る考えを示したことはない。今後、英仏と同じくらいの水準を念頭に、200~300個くらいまで核兵器の保有数を増やす可能性がある。北朝鮮は同時に、核兵器の多様化や高度化、小型化も進めている。金正恩氏が指示した低出力の戦術核兵器の保有が進めば、金与正氏の談話のように「核を使った脅迫」を行う場面が増えるだろう。
北東部・豊渓里の核実験場では昨年末から、坑道の修復作業が続いている。米国のソン・キム北朝鮮担当特別代表は6日、北朝鮮が7回目の核実験に踏み切る可能性があるとの見方を示した。
一方、北朝鮮は3月24日、大陸間弾道弾(ICBM)を発射した。金正恩氏は12~21年の間に計62回にわたり、弾道ミサイルを発射した。今年は3月24日まで、巡航ミサイルを含め、11回のミサイル発射に踏み切っている。日本の防衛省は、北朝鮮が既に日本を核ミサイルで攻撃する能力を保有したとみている。
正恩氏は昨年1月の党大会で発表した5カ年計画のなかで、「1万5千キロの射程圏内の戦略対象を正確に攻撃、消滅する命中率をさらに高めて核先制・報復攻撃能力を高度化する目標」「水中・地上固体燃料のICBMの開発」「原子力潜水艦と潜水艦発射型核戦略兵器を保有する課題」などを示している。
③経済と生活
金正恩氏の経済政策は前半期は好調だった。統一省の資料によれば、北朝鮮の国内総生産(GDP)は権力継承直後の2012年に33・8兆ウォン(約3兆4300億円)だった。前半期は部分的な市場経済化の効果もあり、徐々にGDPが上昇。ピークの16年には35・5兆ウォンに達した。その後は国連制裁や新型コロナウイルスの影響などから景気が減速し、20年は31・4兆ウォンにまで落ち込んだ。
北朝鮮が17年に弾道ミサイルの試射や核実験を繰り返したことで国連制裁が強化された。韓国銀行が3月30日付で発表した資料によれば、16年に65・3億ドル(約8120億円)だった輸出入額は18年には28・4億ドルに急減した。20年1月には新型コロナウイルスの流行を防ぐために国境を封鎖したため、21年の輸出入額は7・6億ドルにまで激減した。
金正恩氏は19年2月の第2回米朝首脳会談で寧辺核実験施設の放棄と引き換えに制裁緩和を求めたが、会談は決裂。外交・安全保障政策の破綻が経済を圧迫した。
新型コロナのために国境を封鎖したのも、正恩氏らが社会基盤や福利厚生への投資を怠った結果だった。世界で新型コロナのワクチン接種を始めていない国は、北朝鮮とアフリカ・エリトリアだけだ。韓国統計庁によれば、2019年の北朝鮮の総発電電力量は238億キロワット時(kWh)。北朝鮮全体の電力需要の2割程度しか満たさず、ワクチンを低温で保管・供給するコールドチェーンを備えられない。
庶民の生活も圧迫されている。北朝鮮は2009年11月に行った貨幣改革(デノミネーション)でコメ1キロあたりの価格を44ウォンに統一したが、統一省の資料によれば、12年に4463ウォン、20年には4632ウォンになった。ただ、災害などの影響で7千ウォンにまで上昇することもあった。4人家族の1カ月あたりの生活費は平壌で80万ウォン(実勢レートで約100ドル)、地方でも30万ウォン程度が必要とされる。
北朝鮮の経済が不安定なため、市民生活にはドルや人民元が深く浸透。北朝鮮の貨幣価値は、12年には1ドルあたり5218ウォンだったが、20年には8015ウォンにまで下落した。
公務員の平均月給は4千~5千ウォン程度のため、国営企業や政府機関で働く義務がない人々は市場などで働き、公務員は夜間警備員などの副業を行うか、市民からの賄賂で生活費を補っている。
北朝鮮の人口は約2500万人。うち、比較的裕福な暮らしとされる平壌市民が200万から300万人程度。そして、日用品などで特別な配給を受けられる特権階級が60万人程度とされる。正恩氏が過去10年間で行った高級アパートや平壌総合病院などの建設は、こうした特権階級の支持を集めるための政策だったと言える。
正恩氏は昨年9月の施政演説で「新しい育児政策のため乳生産量を現行の3倍以上に増やせ」と命じた。北朝鮮で牛乳や乳製品を日常的に飲食できるのは、こうした一部の特権階級に限られ、残りの人々は豆乳やヤギの乳で我慢する生活を送っている。
④世論
北朝鮮は08年12月、第3世代携帯(3G)サービスを始めた。金正日総書記は04年4月に平安北道龍川郡で起きた爆発事件後に携帯サービスを一時停止するなど、携帯事業に消極的だった。情報化社会が北朝鮮の発展に貢献するとして、父親を説得したのが金与正氏だったとされる。
韓国統一省が18年10月に明らかにした時点で、北朝鮮の携帯電話利用台数は580万台。現在は600万台を超えているとされる。一番安い旧式の携帯でも270ドル、記者が19年に入手したスマホ「アリラン」は620ドル。もう一つのスマホのブランド「平壌」は740ドルもする。
それでも、少しでも安い品物を買い、少しでも高く品物を売り、当局の取り締まりや交通規制などの情報を得るため、市民たちは携帯を手に入れようとする。北朝鮮当局は逆に、市民らが情報に接する機会を抑えようとしている。脱北者の1人は「当局は特に、配給制度の恩恵を受けたことがなく、欧米社会の文化に敏感な青少年層の動揺を恐れている」と語る。
北朝鮮は、脱北者らが韓国から金正恩氏を批判するビラなどを風船につけて飛ばすことに反発。20年6月、南北連絡事務所を爆破し、同年末には欧米社会の映画やドラマなどを視聴する行為を厳しく取り締まる反動思想文化排撃法を制定した。
北朝鮮の朝鮮中央テレビは3月25日、金正恩氏が大陸間弾道ミサイル(ICBM)発射を視察する短編映像を放映した。革ジャンにサングラス姿の正恩氏が滑走路を兵士たちと一緒に歩く姿など、青少年層を意識した編集になっていた。
だが、軍事パレードや核実験を通じ、金正恩氏の権威を再確認する北朝鮮の青少年層がどれだけいるのかはわからない。
⑤外交
金正恩氏が出席した首脳会談は18、19両年に集中した。統一省の資料などによれば、正恩氏は米中韓などの首脳とのべ15回にわたって会談した。新型コロナウイルスの防疫措置として20年1月に国境を封鎖して以降、正恩氏が国外に出たことはなく、今年2月の北京冬季五輪開幕式にも出席しなかった。国境封鎖が解かれるまで、正恩氏の外交活動にも制限がつきまといそうだ。
また、米朝首脳会談や予備協議などを通じ、金正恩氏が「弱い指導者」である事実も明らかになった。正恩氏は18年4月の南北首脳会談の際、文在寅韓国大統領に「1年以内の非核化も可能だ」と伝えた。
だが、側近の金英哲党統一戦線部長や崔善姫外務次官らは非核化に極めて消極的な姿勢を繰り返した。正恩氏は19年2月の第2回米朝首脳会談で、寧辺核施設の放棄にしか応じられないという姿勢を示した。
米政府は一連の協議から、金正恩氏と側近たちが共生関係にあると分析している。側近たちには、権力の正当性を説明する手段として正恩氏が必要であり、人脈や経験が不足している正恩氏も側近たちを必要としている。
金正恩体制が今後、20年、30年と続くかどうかはわからない。