「砲弾不足」情報は間違い?
「西側世界は楽観的に過ぎないか。ロシアはそれほど追い詰められていないぞ」
私が3月の中ロ首脳会談について尋ねたときの、彼の答えだ。西側の報道では、ロシアが中国に軍事支援を求めたのではないかという観測が流れていた。
「ロシアは中国に軍事支援を期待していない。ただ、経済制裁には加わらないで欲しいと思っている。武器はロシアのなかで生産できる。ごく単純に言えば、ロシアが中国に燃料を提供する代わりに、中国から(ミサイルなどに必要な)半導体を売ってもらえれば良いのだ」
米国などは情報衛星を使い、ウクライナの戦況を逐一把握している。ロシアの砲弾が枯渇しそうなのかどうかは、ロシア軍が使った砲弾の薬莢(やっきょう)を見ればわかる。
薬莢には製造年とメーカーを示す刻印がある場合が多い。砲弾は基本的に古いものから使っていく。砲弾が古くなれば、火薬が劣化して、不発弾になったり、想定した距離を飛ばなくなったりするからだ。味方を掩護(えんご)するつもりで、後方から撃って、敵まで届かず、味方の頭の上に落ちたら大変だ。
ところが、西側世界が観察している限り、いつまで経っても、ロシア軍の薬莢から、新しい砲弾を次々に使っている兆候が出てこない。本当に砲弾が不足しているなら、生産したての新しい砲弾を次々に投入するはずだが、そうでもないらしい。
ただ、ロシアの民間軍事会社ワグネルは砲弾不足を訴えている。創設者のプリコジン氏が砲弾不足を理由に、ウクライナ東部の激戦地バフムートからの撤退を宣言したこともある。
「ワグネルは昨年秋、北朝鮮から砲弾を調達したではないか」。私がそう問うと、知人は反論した。
「北朝鮮軍の砲弾が使い物になると本気で思っているのか。あれは、韓国がウクライナを支援するなら、ロシアは北朝鮮と接近するぞ、と脅すのが本当の目的なのだ」
確かに、韓国の尹錫悦(ユンソンニョル)大統領が4月、ロイター通信とのインタビューでウクライナへの軍事支援の可能性に言及した直後、メドベージェフ安全保障会議副議長(前大統領)が、SNSで北朝鮮に対する軍事支援をほのめかした。
私がプーチン政権の現状について尋ねると、「安定している。がんだとか、クーデターの可能性だとか、ありえない」と即答した。「同じような楽観論はロシアのなかにもある。ロシア人の間では、バイデン(米大統領)が政治的にも肉体的にも不安定だという見方が広がっている。それと同じだ」
ただ、「ロシアが困っていない」ということではないという。中国がロシアに対する経済制裁に踏み切れば、ロシアには致命傷になる。だから、ロシアは中国への傾斜を強めているのだという。
ロシアは4月、太平洋艦隊の「緊急点検」だとして、極東で大規模な軍事演習を行った。約2万5千人、艦艇約170隻、核兵器を搭載できる戦略爆撃機などが参加した。演習が、中国の李尚福国務委員兼国防相のロシア訪問中に行われたことをみても、中国に対するアピールであった可能性が高い。
「極東での演習は珍しくないが、あれだけフルスペックで実施するのはあまり例がない。目的は二つ。第1に、クリルやサハリンを日本に侵略させないというメッセージだ。日本がトマホーク巡航ミサイルを購入するなどしている動きに反応した。そして、第2の理由が、台湾有事の際に中国を助けるというシグナルだ」
プーチン大統領は9日の対独戦勝記念日での演説で「日本の軍国主義との戦いでの中国兵の功績に敬意を表す」と語り、中国の歴史認識を支持する考えも示した。日米などの専門家の間では、台湾有事の際、ロシアや北朝鮮が軍事挑発を行い、日米などの戦力を分散させるのではないかという懸念の声が出ている。
「ウクライナに核兵器使わない」
ロシアが中国を引き留めておくための材料である「燃料」とは、天然ガスのことなのか。この問いには、こんな答えが返ってきた。「ロシアは昨年、濃縮ウラン240トンを中国に売却している」
そんな話は聞いたこともない。IAEA(国際原子力機関)は知っているのか、と尋ねると、「IAEAも把握しているはずだ」という。まさか、そこまでのことをロシアがするだろうか、と半信半疑で聞いていた。
会食から数日後。
香港メディアなどが、「ロシアが中国に高速増殖炉で使用する高濃縮ウランを供給している」と報じた。
「ロシアはウクライナには核兵器を使わない。血を分けた兄弟だと思っているからだ。だが、英国やドイツには使っても構わないと、ロシアは考えている。北朝鮮やイランとの関係を強めるため、核開発で協力する可能性もある」
非常に興味深い話を繰り返すので、私はオンレコでのインタビューを申し入れた。「それは断る」と言われた。
「私の分析は、米国の一般のそれとは異なる点が多い。オンレコでインタビューに応じたら、私の仕事に障害が生じる可能性が高いからだ」
19日から広島で始まる主要7カ国首脳会議(G7サミット)はウクライナを主要議題の一つとして取り上げる見通しだ。おそらく、ウクライナへの支援強化とロシアに対する制裁強化を打ち出すのだろう。
しかし、ロシアにそれほど大きな衝撃にはならないという。「ロシアはG7など恐れていない。様々な枠組みの一つに過ぎないと考えているからだ」
3月、アフリカ・アンゴラのジョアン・ロウレンソ大統領をインタビューしたときのことを思い出した。アンゴラは歴史的に旧ソ連・ロシアとの関係が深く、ロウレンソ氏自身、旧ソ連への留学経験がある。
インタビューのなかで、日本には中国のアフリカへの影響拡大を懸念する声もあることを指摘すると、ロウレンソ氏の表情が厳しくなった。「なぜ、そんな質問をするのか。アンゴラにとって中国も日本も関係ない。みなと仲良くするのがいいのだ」という答えが返ってきた。
3月21日、アフリカ南部・ナミビアで独立33周年を祝う記念式典が開かれた。ナミビア政府のフェイスブックに掲載された式典の映像によれば、式典では各国からの祝電が読み上げられた。日本の天皇陛下、中国の習近平国家主席、北朝鮮の金正恩総書記と、次々に名前が読み上げられた。誰も特に反応を示さない。
ところが、「ウラジーミル・プーチン・ロシア大統領」と読み上げられると、突如、大歓声と拍手がわき起こった。ナミビアは独立戦争で、南アフリカでアパルトヘイト(人種隔離政策)を行った白人政権などと戦った。アパルトヘイトに反対した旧ソ連はナミビアを支援した。南アフリカのアパルトヘイトを推し進めた政権を倒したアフリカ民族会議(ANC)政権は、ロシアと親密な関係を築き、2月には、ロシア、中国両国とともに合同軍事演習を実施した。
西側の「常識」と異なる話の連続に、頭が混乱した。自分の英語が下手だから、聞き間違えているのかとも思ったぐらいだ。
自分が、主に日本語と英語の情報世界に生きてきた反動なのかもしれない。最後に、第2次世界大戦(1939~1945年)と比べた場合、今はどの時点にあたるのだろうか、と聞いた。
「ようやく1942年ごろといったところだ。まだ先は長い」