自民党の麻生太郎副総裁は4月23日午後(日本時間24日午前)、米ニューヨーク中心部のトランプタワーでトランプ前米大統領と会談した。トランプ氏は麻生氏を出迎えると、「彼(麻生氏)は素晴らしい人物だ。私たちは現在の日本と米国、そして他の様々なことを話し合う」と語った。
11月の米大統領選に向け、「トランプ陣営には今回の会談を政治的に利用する意図があった」と複数の日米の外交経験者は指摘する。
会談が、岸田文雄首相の「国賓待遇」での訪米からわずか2週間ほど後に行われたからだ。トランプ氏は同日、外国為替相場でおよそ34年ぶりに円安ドル高水準になっていることについて、「アメリカにとって大惨事だ」とSNSに投稿していた。4月10日の日米首脳会談では為替の問題で目立った合意はなかった。
日本の外務省元幹部はトランプ氏の思惑について「首脳会談直後のタイミングといい、為替の問題といい、バイデン(大統領)との差別化を狙ったのは間違いない」と語る。トランプ氏は麻生氏を出迎える様子も一部メディアに公開した。
「麻生氏にも利益があった」と別の外務省元幹部は語る。
麻生氏を巡っては一時期、派閥解消などの問題で岸田首相との間ですきま風が吹いていると伝えられたが、最近は関係も修復されているようだ。麻生氏が周囲に、「ポスト岸田」含みで、上川陽子外相の名前に触れる機会も減っているという。
自民党内では、4月28日に行われた衆院3補選で自民党「全敗」の結果を受けても、倒閣の動きは起きないという見方が大勢になっている。自民党に対する支持率がどん底の今、「火中の栗」を拾うのは得策ではないというわけだ。
麻生氏はこうした状況を見極め、トランプ氏との会談を通じ、政権ナンバーツーとして存在感を示したい思惑があったようだ。
麻生氏は2022年11月、日韓関係の改善が始まらないなかで訪韓し、尹錫悦(ユンソンニョル)大統領と会談した。日本に戻った後、麻生氏は岸田首相らに「尹氏は良い奴だった」と説いて回った。これが契機となり、岸田首相は日韓関係改善にかじを切る決意を固め、翌年3月の尹大統領の訪日と関係改善につながったという。
麻生氏にしてみれば、「トランプと直接会えるのは俺だけ」という状況を作りたかったのだろう。林芳正官房長官は麻生氏とトランプ氏の会談を「一議員としての行動」としたが、元外務省幹部の一人は「政府と麻生氏の出来レースだろう。トランプとパイプができることは、岸田政権にとって悪い話ではない」と話す。
ただ、現職のバイデン大統領も11月の大統領選に出馬する。いくら一議員とはいえ、首相まで務めた麻生氏とバイデン氏の対抗馬であるトランプ氏の会談は、外交的にみてお行儀のよい行動とは言えない。実際、バイデン政権内では、今回の会談について不快感を示す声が上がっているという。
もちろん、麻生氏ら日本側にも言い分はある。安倍晋三元首相は2016年11月、米大統領選に勝利したばかりのトランプ氏と面会した。外務省は当時、「外交儀礼上問題がある」として反対したが、振り切った安倍氏の判断のおかげで、トランプ氏と親しい個人関係を築くことができた、というものだ。
元外務省幹部の一人はこう語る。「日米思いやり予算の大幅な増額や日本の輸出自動車への高額な関税などを避けられたのは、安倍氏とトランプ氏の個人的な関係があったからだろう」と語る。別の元幹部は「トランプ氏に影響力があって、必ず日本側の考えを伝えられる側近がいれば、無理をする必要はないかもしれない。そういう人物が見当たらない以上、トランプ氏との関係を作っておくことは重要だ」とも語る。
それでもやはり、現職のバイデン大統領を差し置いて、大統領選を争うトランプ氏に接近することは外交的に好ましくないだろう。
最近、「トランプ詣で」をした、ハンガリーのオルバン首相やポーランドのドゥダ大統領、英国のキャメロン外相らをみても、その印象はぬぐえない。
オルバン首相は、露骨にロシアに接近して、ウクライナを支援する欧州連合(EU)の結束をかき乱す問題児だ。ドゥダ大統領は地政学的なロシアの脅威にさらされ、ウクライナ支援を積極的に行ってはいるものの、反LGBT(性的マイノリティー)発言でも知られる。キャメロン氏といえば、首相時代の2016年、ブレグジット(英国のEU離脱)を止められないなど、英国の政治的混乱を引き起こした人物という評価が定着している。
日本外務省の元幹部の一人は「元首相なのに外相を引き受けた。要請する方も問題だが、受けたキャメロン氏もどうかと思う」と話す。別の元幹部は「トランプ氏と麻生氏は、お互いにヒール(悪役)だから、すわりがいいのかもしれない」と冗談交じりに指摘する。
一部とはいえ、外交儀礼を混乱させるトランプ氏は、それだけ国際政治にとって脅威ということなのかもしれない。ただ、米国務省の元幹部は「トランプには本物の友達はいない。利用価値がなければ会わないし、自分を気持ちよくさせてくれる人だけと会う」と語る。
安倍元首相の側近たちは、安倍氏がトランプ氏と親しい関係を築けた秘訣として、「公式の場では面と向かって、トランプ氏の言うことを否定しない」やり方を挙げていた。
普通の人間関係にあてはめて考えてみても、麻生氏とトランプ氏の会談は、「親しい友達の再会」といったものでも何でもなく、「利害と打算に満ちた政治ショー」だと言えるだろう。