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再選で権力強化のプーチン大統領、ロシアは次にNATOを狙うか?河東哲夫氏の見立て

揺れる世界 日本の針路 更新日: 公開日:
大統領再選を決め、「赤の広場」で行われた集会に登壇したプーチン氏
大統領再選を決め、「赤の広場」で行われた集会に登壇したプーチン氏=2024年3月18日、モスクワ中心部、ロイター

ロシア大統領選で3月18日、プーチン大統領が勝利宣言を行った。ロシアによるウクライナ侵攻も3年目に入った。NATO(北大西洋条約機構)諸国の間では、「ロシアはウクライナの次にNATOを攻撃する」という声も上がっている。ロシア情勢に詳しい河東哲夫・元駐ウズベキスタン大使は、ロシアとウクライナの早期停戦に否定的な見方を示すと同時に、「ロシアにはNATO諸国を攻撃する意思も能力もない」と語る。(聞き手・牧野愛博)

――2月のミュンヘン安全保障会議では、ロシアによるNATO攻撃を懸念する声が相次ぎました。

少なくとも現時点で、ロシアにNATO諸国を攻撃する意思も力もないと思います。「ウクライナを攻撃したから、NATOも攻撃する」という見方は早計です。ロシアによるウクライナ侵攻の発端は、2014年2月の「ユーロ・マイダン革命」とも呼ばれるウクライナ右派勢力による、当時のヤヌコビッチ政権の追い落としでした。ロシアが「自分たちの勢力圏を、力で奪い取られた」と考えたことが、直後のクリミア半島の強制併合につながりました。

その後、ウクライナ東部の帰属を巡るミンスク合意の履行を巡り、ロシアとウクライナが対立するなか、NATOがウクライナ軍の強化を進めました。こうした状況を経て、ロシアがクリティカルポイント(臨界点)を超えたと判断したことが、2022年2月の侵攻につながったと思います。

NATO加盟国の中にも、バルト三国やポーランドなど、ロシアとの国境に近い国々は、米国や英仏独などNATO強国の兵力常駐などを得るために、「ウクライナの次は自分たちが攻撃される」と主張しているのでしょう。ドイツなど、こうした見方と距離を置いている国もあります。ロシアにとっても、NATO諸国への攻撃は米国の参戦を招く可能性があるため、簡単ではありません。

――ロシアが黒海での権益を握るため、黒海沿岸にあるウクライナの隣国で、NATO加盟国ではないモルドバを狙う、という見方もあります。

ロシア軍は現在、クリミア半島・セバストポリの海軍基地を事実上、使えなくなっているようです。ウクライナ軍のミサイル攻撃に悩まされているからです。モルドバを狙うためには、少なくとも黒海沿岸にあるウクライナの主要都市、オデーサまで進出する必要があります。

しかし、セバストポリが使えないため、ロシアの黒海艦隊は自由に活動できていません。陸路でオデーサに迫ろうとしても、ザポリージャ州を南下しつつあるウクライナ軍に阻まれる可能性が高いと思います。このような状況では、ロシアがモルドバを攻撃する懸念はないとみていいでしょう。

――ウクライナの戦況をどうみていますか。

昨年6月から始まったウクライナ軍の反転攻勢は成功しませんでした。しかし、ロシア軍も万全ではありません。

まず、兵力が不足しています。ロシアの青年人口は減っていて、軍に深刻な影響を与えるという指摘が以前から出ています。そのうえ、ロシアが2022年9月に出した動員令では、数十万人の青年が国外に避難しました。ロシアは戒厳令を敷いていないので、いつでも出国は可能です。

このため、ロシアはコーカサス地方やバイカル湖周辺を中心とした低所得層などに働きかけ、高額の賃金で兵士を募っています。囚人も兵士として雇ったため、国内の囚人数が減ったというデータも出ています。中隊や小隊を指揮できる下士官も不足しています。

また、兵器など装備の不足も深刻です。ウクライナ侵攻後、国防費を倍増して兵器を増産しているようですが、2022年2月の侵攻直後のように、ウクライナに毎日ミサイルが飛来した状況にはなっていません。戦車も、旧式の戦車を整備して使うような状況にまで追い込まれています。すぐに増産して元に戻るとは考えにくいでしょう。

ウクライナ軍も兵器不足に悩まされていますから、一日に戦線が数十キロも移動するような事態は起きないでしょう。小規模な陸上兵力の投入による、地味な戦闘が続くと思います。すでにロシアとウクライナは2014年からウクライナ東部で同じような戦況にありました。その再現が続くということです。今後は、例えば米国が支援を打ち切るといった、政治的に大きな動きがない限り、簡単には停戦にならないと思います。

――ロシア大統領選の結果をどうみていますか。

少なくとも政治的には、プーチン大統領の権力は強化されたと言えます。プーチン氏は「法を守る」と繰り返し、以前も大統領を2期務めた後、首相を1期務めるなどしました。建前は、憲法と民主主義を守ったということでしょうが、実態は反体制派の指導者、ナワリヌイ氏の死去に国際社会の批判が集まるなど、独裁への懸念が強まっています。

ナワリヌイ氏は自然死とされていますが、真実はわかりません。元々、血管が詰まりやすい症状があったようですが、そうなりやすい状況に追い込んだのかもしれませんし、そうした症状を誘発する薬も存在します。プーチン氏を嫌う世論は確実に増えていると思います。弾圧を恐れて表に出ていないだけです。

ロシアは軍需経済が進んだため、国営体質が強まり、民間経済の活力が失われています。石油などエネルギー輸出の不振からルーブルの価値が下落し、インフレ要因が高まっています。ロシアの指導者たちは「西側諸国による制裁の危機を脱した」と広言していますが、実際は経済の不安を抱えたままです。

経済が悪化した場合、今は隠れているプーチン氏に反対する世論がいつ表面化してもおかしくないと思います。