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ウクライナ侵攻で注目のザポリージャ、ロシアにとってなぜ重要か 河東哲夫氏が解説

揺れる世界 日本の針路 更新日: 公開日:
ウクライナ中南部ザポリージャ州の州都ザポリージャ市で、ミサイルが着弾した現場で活動する消防隊員
ウクライナ中南部ザポリージャ州の州都ザポリージャ市で、ミサイルが着弾した現場で活動する消防隊員。ウクライナ非常事態庁が2022年10月6日、SNSに投稿した

――現在の状況をどのように見ていますか。

ロシア軍は11月、ウクライナ南部ヘルソン州の州都ヘルソン市から撤退しましたが、ドニプロ側東岸地域を依然、占領しています。この撤退による影響について、水と鉄道に注目しています。

ドニプロ川北方に、カホフカダムと貯水池があります。この大きな貯水池のはずれには、現在ロシアが占領しているザポリージャ原発があり、冷却水を採取しています。

ザポリージャ原発の位置=Googleマップより

この貯水池から南下する北クリミア運河は、クリミア半島にとって、ほぼ唯一・最大の水供給源にもなっています。2014年、ロシアがクリミア半島を占拠してしばらくして、ウクライナはこの北クリミア運河に障壁を設けて、クリミア半島に水が流れないようにしました。

2022年2月、この地域にも攻め込んだロシア軍が真っ先にしたことは、北クリミア運河の障壁を破壊し、クリミアに水を通すことでした。ヘルソン市からのロシア軍撤退で、北クリミア運河がまた塞がれたとは聞いていませんが、当面の焦点の一つです。

また、この地域、特にザポリージャは鉄道の結節点にあたります。ロシア領からウクライナに入って西に進む鉄道は、ここでクリミアに南下する鉄道と接続します。

ロシア軍は補給を主として鉄道に依存していますが、ロシアとクリミアを結ぶ路線は二つしかありません。一つは先日、一部が爆破されたクリミア橋を通る路線(現在は単線で再開しているようです)、もう一つはこのザポリージャを経由する路線なので、ロシアにとって死活的に重要なのです。

10月29日、クリミア半島の軍港セバストポリで、ロシアの軍艦がウクライナの水上・水中ドローン(無人機)による攻撃を受けました。セバストポリは、ロシアの黒海艦隊にとって、ほぼ唯一の拠点で、ここが安全でないと、ロシアの黒海艦隊は機能しなくなります。

既に4月、旗艦の「モスクワ」をウクライナのミサイルで撃沈されています。ロシアは補充のために、太平洋艦隊のミサイル巡洋艦「ワリャーグ」を黒海に入れようとしましたが、トルコがボスポラス海峡の通過を拒み、実現しませんでした。ロシア軍による黒海の制海権はかなり怪しい状態になっています。

一方、ウクライナ東・南部ではロシア軍とウクライナ軍の戦闘が続いていますが、10月までとは異なり、戦線は膠着状態にあります。秋の長雨により土地が泥濘化したため、軍の進撃ができないためでしょう。

ロシアは、ウクライナの変電所や電力結節点をミサイルで攻撃していますが、電力が来なくなると、ロシア軍の鉄道輸送にも影響が出ます。ロシアはミサイルの在庫と増産能力に限りがあり、最近では核戦争用のミサイルから核弾頭を外して使用を始めた、とウクライナ側が主張しています。

ロシアは、ウクライナの発電所を破壊しているわけではないし、北大西洋条約機構(NATO)加盟諸国もウクライナに変圧器などを送り始めましたので、停電が広い範囲で長期にわたって続くこともないでしょう。

これから、冬になって地面が凍結すれば、お互いに軍を進軍させるかもしれませんが、まだ戦局がどちらに有利に働くかは見通せない状況です。

雪が舞うなかミサイル攻撃で壊れた建物を修理する作業員たち
雪が舞うなかミサイル攻撃で壊れた建物を修理する作業員たち=2022年11月、キーウ、杉山正撮影

――11月15日のポーランドへのミサイル着弾を巡っては、NATO諸国の慎重な姿勢も目立ちました。

ミサイル着弾の数日前、米国のサリバン大統領補佐官がモスクワを訪れ、ロシアのウシャコフ大統領補佐官やパトルシェフ安全保障会議書記らと会談しました。サリバン氏はその後、キーウ(キエフ)を訪れ、ウクライナのゼレンスキー大統領とも会談しました。

サリバン氏はゼレンスキー氏に、「『プーチンがいなくならない限り、交渉はしない』などと言わないでほしい。そのような硬直した発言で、西側はウクライナを支援する意欲を失う」と語ったという報道もありました。

ウクライナのゼレンスキー大統領とアメリカのサリバン大統領補佐官
ウクライナのゼレンスキー大統領(左)とアメリカのサリバン大統領補佐官=朝日新聞社

米軍のミリー統合参謀本部議長も11月9日、「ウクライナ、ロシア双方とも、軍事的手段では目的を達することができないかもしれない。それを双方が認識した時が、交渉のチャンスだ」と指摘しました。

ポーランドにミサイルが着弾した数時間後には、バイデン米大統領が訪問先のインドネシア・バリ島で記者団に対して「初期の情報はそれ(ロシア国内からのミサイル発射という事実)に反している」と述べたうえで、「軌道を考えるとロシアから発射された可能性は低い」と語りました。

ミサイルがどこから撃たれたのか、真相ははっきりしませんが、はっきりしたのは、欧米諸国の間で「支援疲れ」が明確になり、停戦を望む動きが増えてきたということです。ただ、ウクライナにはこの停戦の働きかけを受け入れる動きは見えていません。

――ウクライナでどのような戦略が練られているのでしょうか。

「ウクライナの人々は愛国心に燃えて、一致団結して国を守っている」という報道が目立ちますが、実態は一枚岩ではないと思います。

ロシア系のニュースですが、ウクライナ富裕層の一部が本国を脱出し、地中海沿岸に滞在しているという話があります。与党国会議員の一部にも同じような動きがあったようですし、徴兵を逃れて国外に出た人もいるようです。

ゼレンスキー大統領は本来、選挙公約としてクリミアなどウクライナ東部を巡る紛争和平を巡る「ミンスク合意」の実現や早期和平を掲げて当選した人物です。

しかし同様のことを目指したポロシェンコ大統領が任期早々、極右からその主張を止められたのと同様、ゼレンスキーも極右から厳しい縛りを受けるに至っています。

最近は極右勢力の中核だったアゾフ大隊がウクライナ南部・マリウポリの陥落によって崩壊しましたが、また数を盛り返しているようです。

一方、ウクライナ軍のザルジニー総司令官は極右勢力の影響下にない人物だと思います。ザルジニー氏はウクライナ軍の実力を誰よりもよく知っている人物ですから、むしろ、停戦を支持する可能性があります。

ウクライナのザルジニー司令官
ウクライナのザルジニー司令官=ウクライナ国防省/Wikimedia commons

ただ、ウクライナのゼレンスキー政権の内部権力図はほとんど明らかになっていません。今後、停戦を巡って政権内部や、大統領府と軍との間などで、摩擦が起きる可能性もあります。大統領府は最近の戦果でザルジニー司令官の人気が上がることを警戒している、という報道があります。

――ロシアのプーチン政権も苦境が続いているようです。

ロシアの国際的地位は、どんどん下がっています。相対的にユーラシア大陸の中央部でトルコの影響力が強まっています。

ロシア主導の軍事同盟「集団安全保障条約機構」(CSTO)の首脳会議が11月23日に開かれましたが、議長国アルメニアのパシニャン首相が宣言への署名を拒否しました。隣国アゼルバイジャンとの紛争へのCSTOの対応に不満があるためです。

ただ、CSTOは解体しないでしょう。CSTOは解体したワルシャワ条約機構の残滓をかき集めたもので、司令ラインも決まっていないなど、NATOと比べると大した実体がなく、わざわざ解体することもないでしょう。

ロシアとベラルーシも微妙な関係が続いています。2020年8月のベラルーシ大統領選でルカシェンコ氏が圧勝しましたが、票の不正操作があったとして激しい抗議活動が起きました。

その後、ルカシェンコ氏はプーチン氏の後ろ盾があって、ようやく政権を維持していますが、彼も海千山千の人物で、ウクライナへの介入には慎重です。ロシアは、今回の事態に乗じてベラルーシへのロシア軍の駐屯を認めさせましたが、ベラルーシの参戦にまでは至っていません。

記者団の質問に答えるルカシェンコ大統領=2006年、ミンスク、駒木明義撮影
記者団の質問に答えるルカシェンコ大統領=2006年、ミンスク、駒木明義撮影

今月2月に発生したロシアによるウクライナ侵攻は、2014年のクリミア強制併合から連続して起きた事件であり、全く新しい戦争ではありません。2014年以後も、東ウクライナでは戦闘が散発的に続いていたのです。

しかし、2月の侵攻は、ロシアが正規軍で白昼堂々侵攻して、他国の領土を手に入れるというやり方であり、国連を中心とした国際社会が到底受け入れられないものです。中央アジア諸国は、まさにこの点からロシアとの距離を取り始めているのです。

――この先の展望は見通せないのでしょうか。

過去、ロシアは何度も「冬将軍」に助けられてきました。ナポレオンもナチスドイツも、モスクワ占領をあきらめざるを得ませんでした。

しかし今回、「冬将軍」はウクライナを助けるかもしれません。「冬将軍」はいつも、守る側より攻める側につらく当たります。攻める側は防寒具、食料の補給で劣勢に立っているからです。

なお、ゼレンスキー大統領は、自国のエネルギー施設を標的にしたロシアの攻撃について「エネルギーテロだ」と非難していますが、既に申し上げたように、これでウクライナが凍り付いてしまうこともないでしょう。

ロシア・極東地方は10年以上前、停電が日常茶飯事でした。それでも、凍死者が続出したという話は聞いていません。ウクライナ市民も、電力がなければ、ガスや木材を使って生き延びるでしょう。

天然ガスは、ウクライナを通るパイプラインで、相変わらずEU諸国に供給されていますので、ウクライナは途中でガスを「抜けば」いいのです。そういうことは、これまでにもありました。

ウクライナは今、利用できるものはすべて使い、徹底抗戦を考えているように見えます。ロシアによる侵攻から9カ月以上が経ちましたが、まだ国際世論はウクライナに同情していますから、ウクライナは今しばらく、抗戦を続けられるのではないでしょうか。

一方、プーチン大統領は10月19日、軍需生産を増強するための「特別調整委員会」の設置を発表しました。これは軍事優先の戦時経済体制を意味します。議会の承認を受けた予算案を無視して、資金・資源を優先的に軍事に投入できます。

こんな状態が長く続けば、ロシア経済はソ連時代の統制・計画経済に逆戻りしていくでしょう。原油輸出収入も、西側制裁でこれから減少していきます。

輸入が途絶えることで、2000年代以降作られた、ロシア各地にある超巨大なショッピングセンターが廃墟になるかもしれません。ウクライナだけではなく、ロシアにも厳しい冬になりそうです。ウクライナ、ロシア、どちらが先に立ちゆかなくなるか、わからない情勢になっています。