プリゴジン氏、好戦派ゆえの反旗?
「プーチン大統領を好戦派の超愛国主義者が打倒しかねない」
プリゴジン氏が率いるワグネルの乱は、ロシアの有力国会議員マトベイチェフ氏が2月のインタビューで発したこの「警告」が現実となった格好だった(タイムズ紙)。
記事の4カ月後の6月、好戦派と指摘されたプリゴジン氏はロシア西部の軍司令部を2日間、占拠。プーチン氏といったん「和解」して退去したものの、8月末、搭乗した航空機が墜落し、謎の死をとげた。
ウクライナ東部の親ロシア派反乱軍の元司令官で、諜報機関出身のギルキン氏もプリゴジン氏の乱直後の7月、ロシア当局に「SNSで過激な行動を(軍人らに)呼びかけた」として拘束された。
2人はともに、ロシアのウクライナ侵攻を支持していた。一方で、ロシア軍の占領地からの撤退などの「失態」をめぐって国防省を批判、「国民総動員令をかけ、ウクライナへの攻勢を強めるよう」要求もした。
しかし、ロシアでは都市部を中心に「自分は前線に行きたくない」という人も少なくなく、総動員令はロシア国民の反発を招く危険がある。
「政権にとって唯一の敵」
マトベイチェフ氏は強硬派をこう呼んだ。プーチン政権の反対勢力といえばこれまではリベラル派だったが、彼らの多くが国外へ逃れ、強硬派こそがプーチン氏の戦争指導を国内で自由に批判、政権を不安定化させかねない状況だった。
マトベイチェフ氏は「強硬派が来年のロシア大統領選に候補を送り出すかもしれない」と危惧を表明していた。
この2人以外にも、プリゴジン氏と親しいとされる航空宇宙軍司令官のスロビキン氏ら複数の高級軍人が8月、解任された。スロビキン氏とみられる私服姿の男性がテレグラムに投稿された(9月3日)。当局に拘束はされていないものの、降格が確実視されている。
こうして強硬派に関係する有力者は一掃され、2024年3月に予定されているロシア大統領選挙では、プーチン氏が再選される可能性がいっそう高まった。
混迷深まる「ポスト・プーチン」
強硬派の排除が進む中、「プーチン氏の若い後継候補が消えていくのでは」との声もあがる。ポスト・プーチンの将来の大統領候補の芽が摘まれつつあるのだ。
モスクワ南方のトゥーラ州の知事、アレクセイ・ジューミン氏(51)がその一人だ。
ジューミン氏はプーチン氏の警護役を務めた側近だった。7年前、州知事に転身。首長のランキングを問う世論機関「レイティング」の全国調査(6月)では、モスクワ市長らに次ぎ3位で、その知名度や軍内部でのキャリアもあり、知事から国防大臣への昇格を予測する声が強かった。それをステップに将来、大統領候補になるとの観測もあった。
だが、ロシアで発行されている英字紙「ザ・モスクワ・タイムズ」(7月12日)には、こんなタイトルの記事が掲載された。
「プリゴジンの乱は、プーチンの『お気に入り』ジューミンの棺桶に釘を打つのか」
記事によると、プリゴジン氏が生前、ショイグ国防相の罷免をプーチン大統領に強く求めたが、そうした圧力を嫌う大統領はかえってショイグ氏の擁護に回った。そのため、国防相の座を目指すジューミン氏の昇進には打撃になったという。
独立系ロシア語メディア「メドゥーザ」(8月25日)によると、ジューミン氏はプリゴジン氏の死後、「国にとり巨大な悲劇、損失だ」と述べた。これを受け、プリゴジン氏系のSNSアカウントは一斉にジューミン氏の言葉と写真をアップした。
そうした関係の近さもあだとなり、地方勤務の長さともあいあまって、中央政界進出の芽はしぼみつつある。
一方、「後継候補」の中では、セルゲイ・キリエンコ大統領府第1副長官(61)の影響力の増大を指摘する声もある。
ポーランドのロシア研究者で、『ワグネル』という著書もあるグジェゴジ・クチンスキー氏は「プーチンの行政組織のマネージャー。組織上の上司であるワイノ大統領府長官よりも影響力、実力ともに上でしょう」と話す。
キリエンコ氏は内政を担当し、各知事の候補者も選定しているとされる。1998年に首相も経験したが、その時は急進的な経済改革に失敗して退任した。クチンスキー氏は言う。「その悪いイメージは残っていますが、卓越した実務能力でプーチン大統領の信頼を得た。今、ロシアがウクライナで軍事占領した地域の『民生部門』をまかされています」
ワグネルが一部を占領したウクライナ東部ドンバス地方では、キリエンコ氏はその「管理」をめぐってプリゴジン氏と対立したという。タイムズ紙によると、「超愛国主義者がプーチン氏を打倒しかねない」と警告したマトベイチェフ議員も、キリエンコ氏の「子飼い」だ。
では、反ワグネルの立場は、キリエンコ氏の立場を強めるのだろうか。クチンスキー氏は「キリエンコ氏には、『シロビキ』の中に味方や支援者がいません」と指摘する。
鍵を握るシロビキ
シロビキとは、軍や治安機関・諜報機関といった「力の省庁」の出身者のことだ。ソ連国家保安委員会(KGB)出身でもあるプーチン氏にとって政権の屋台骨といえる。軍歴のあるジューミン氏はその一員なのに対し、キリエンコ氏は民間出身。「ポスト・プーチン」の候補になるにはシロビキの後ろ楯がないと厳しい、とみられている。
実際、キリエンコ氏は力の省庁に頼らざるを得ない事態に直面している。担当するロシア軍占領地の「内政」がその一つだ。ウクライナ東部・南部の占領地での「投票」と称する行為(9月8~10日)は、力の省庁の一つ、ロシア内務省の警護のもとで実施された。
ウクライナ東部・南部の4州にまたがる占領地で砲弾が飛び交う現状では、キリエンコ氏が目立った功績を挙げる機会もなさそうだ。
ウクライナ軍の新たな進軍が予想される中、プーチン大統領を継ぎそうな「ナンバー2」不在のまま、シロビキを中心とした、多くの「側近」と言われる人たちが「独裁的な権力者」を支える構造が続きそうだ。