描けない未来予想図
ロシアのプーチン大統領の現在の任期は、2024年5月7日まで。連続2期目の任期を務めているプーチン大統領は、ロシア憲法の規定により、次の大統領選挙に出馬できません。2024年以降の体制をどうするかが、2020年代前半のロシア政治における最大のテーマとなります。
結論から言えば、もちろん現時点でプーチンの後継者が誰かなどということは、まったく決まっていません。マスコミなどでしばしば取り沙汰される潜在的な候補者が、何人かいるという程度です。
今年11月に大統領選挙が行われるアメリカの場合であれば、もう政治の仕組みや選挙の方式は確立されていますので、あくまでもその選挙戦で誰が勝つかということが焦点になります。いかにトランプ現大統領が気まぐれでも、選挙のやり方を根本から変えてしまうなどということはできないでしょう。それに対し、ロシアの場合には、現在ある支配体制の利益を守るということが最優先であり、必要に応じてゲームのルールを変えてしまうことも辞さないので、それだけ未来予想図が描きにくいのです。
プーチン体制を延命するシナリオ
実際、プーチンが2024年に意中の後継者に権力を譲って、普通に引退するなどというシナリオを描いている専門家は、逆に少数派ではないでしょうか。むしろ、プーチン体制が何らかの形で延命されるという見方の方が、一般的かもしれません。
2024年5月にプーチンは71歳になっていますが、今のところ健康上の問題もなさそうですし、2024年以降もしばらく最高権力者として君臨することに、気力・体力面での支障はないものと思われます。
第1に、カザフスタンのようなやり方があります。本連載でも以前、「ナザルバエフ・カザフスタン大統領退任 ユーラシアの国際関係図はどう塗り替えられるのか?」と題するコラムで解説しましたが、長年カザフスタンに君臨したナザルバエフ氏は2019年3月に大統領職を辞しながら、初代大統領、与党「ヌル・オタン」党首、国家安全保障会議議長として、引き続き実質的な最高指導者に留まっています。プーチンも、畏友ナザルバエフに倣って、憲法を修正し院政を敷く可能性が考えられます。
第2に、もしもプーチンの気力がいまだにみなぎっているのなら、ロシアの政治体制を議院内閣制に変えて、プーチンが首相に就任し、象徴的な大統領は別の誰かに任せるということも、ありえるかもしれません。第1および第2のケースでは、次の大統領に誰がなるのかという問題は、二次的なものになります。
第3に、ロシアがベラルーシあたりと国家統合して、たとえば「ロシア連合」といった新国家を樹立し、プーチンが改めてその大統領に就任するというシナリオがあります。一部の論者によって根強く語られているものですが、筆者はあまり現実的だと思いません。ベラルーシ活用説については、以前「『ロシアがベラルーシを併合?』との怪情報を追う」で疑問を呈したとおりです。
挙がっている後継者の候補
このように、そもそもゲームのルール自体が変わってしまうかもしれないのですが、それでも、プーチンの後継者となる可能性がある候補の顔触れを見ておくことは、無駄ではないと思います。
ロシアの「ペテルブルグ政治基金」というシンクタンクが、「大統領後継者候補ランキング」という資料を発表しているので、最新のデータを抜粋し上掲のような表を作成してみました。主な政治家をその露出度、専門家筋の注目度、本人の意欲、敵の少なさ、無派閥性(特定の派閥の利益にばかりとらわれて他の派閥から敵視されたりしていないこと)といった尺度で評点し、その合計値によって順位付けしたものです。以下では、上位5名についてコメントしておきます。
1位になっているのは、メドベージェフ首相。首相が大統領の後継者候補として一番手になるのは自然なことですし、メドベージェフ氏にはすでに2008~2012年に中継ぎ役として大統領を務めた実績もあります。
ただ、このように候補者を一通り挙げればその筆頭には来るものの、メドベージェフが大本命かというと、ちょっと違うかなという気がします。プーチンは、2011年にプーチン・メドベージェフの「入れ替わり」を発表した時の国民の拒絶反応を忘れられないでしょう。メドベージェフはここ数年、失言や不正蓄財疑惑で国民から疎まれるようになっています。メドベージェフはさらに、国民から厳しい目で見られている政権与党「統一ロシア」の党首でもあります。2021年9月の議会選挙結果や、あるいは経済不振の責任をとらされる形で、メドベージェフ首相が解任されてもおかしくありません。翻って、その時に起用される新首相は、プーチンの有力な後継者という位置付けになるのではないでしょうか。
ランキングで2位になっているのは、ソビャーニン・モスクワ市長。油田地帯チュメニ州の地方行政を振り出しに、中央政界に進出して、大統領府長官、政府官房長官を歴任し、2010年から首都モスクワの市長を務めています。実際、ソビャーニンがモスクワの交通インフラの整備や街の美化などで挙げてきた実績にかんがみれば、大統領候補に擬せられるのも、無理はありません。しかし、モスクワという条件の整った都市での仕事と、ロシアのような広大で複雑な国家の統治とは別物であり、大統領になった場合の手腕は未知数と言わざるをえません。本人も、今のところ大統領への意欲などはおくびにも出していません。
一方、有識者の間でプーチンの後継者候補として名前が挙がることが多いのが、ランキングで3位に入っているジューミン・トゥーラ州知事です。実はプーチンはかつて自分のボディーガードを務めたスタッフ3名ほどを厚遇しており、その中でも出世頭がジューミンなのです。プーチンとジューミンは、プライベートで一緒にアイスホッケーをプレーする間柄。しかも、ジューミンは2014年にはロシア連邦軍参謀本部情報総局の特殊部隊を率いてクリミア併合に重要な役割を果たしたとされており、今日のロシアの国家アイデンティティにも合致する人物です。2016年にトゥーラ州の知事に就任してからは、当地に多数所在する軍需企業と軍との関係を取り持ち、州の経済も好転させていると聞きます。
ランキングで4位に入っているのが、ショイグ国防相。「なんかロシア人っぽくない名前だな」とお感じになるかもしれませんが、それもそのはずで、トゥバ共和国というアジア系少数民族地域の出身です。ロシア政界で、エリツィン時代から一貫して要職を務めているような人物は、もうこの人くらいしか残っていません。ロシア国民の意識の中では、ショイグが非常事態相として天災・事故等での人命救助に尽力していたイメージが強いと思います。モスクワ州知事、国防相としても、堅実な仕事をしてきました。本人は大統領への意欲などを特に示しているわけではありませんが、仮にそうしたお鉢が回ってきたとしたら、国民の多くが納得するでしょう(少数民族という出自はおそらく問題にならないと思います)。ただし、ショイグはプーチンよりも3歳若いだけですので、あまり若返りにはなりません。
最後に、ランキング5位のマトビエンコ上院議長は、女性政治家です。ロシアは女性の社会進出が当たり前の国で、当然、政界でも多数の女性が活躍しています。しかし、「男性の役割」、「女性の役割」を暗黙のうちに区別してしまうのもまたロシアの特徴であり、たとえばロシア政府では女性閣僚は社会保障や教育問題が担当とほぼ相場が決まっています。たまに州行政などで女性知事が誕生したりすることはあるものの、上手く行かないことが多いですね。そうした中、マトビエンコ氏はサンクトペテルブルグ市長としてかなり頑張った方であり、上院議長にまで登り詰めました。
マトビエンコ氏はプーチン大統領よりも3歳年上なので、そもそもプーチンの後継者ということは考えにいですね。ただ、年齢という要因を抜きにしても、「女が人の上に立つのは無理」という意識が根強いロシア政界において、女性政治家が最高指導者になるということは、ちょっと想像できません。