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ロシア版シリコンバレー、スコルコボで進む国家主導型イノベーションの現実

迷宮ロシアをさまよう
テクノパーク内に設けられた若い世代のための啓蒙スペース。(撮影:服部倫卓)

ヨーロッパ最大のテクノパーク

ロシアの首都モスクワの西の郊外に、イノベーションセンター「スコルコボ」があります。その中核を成すテクノパークの面積は10万平米近くに達し、ヨーロッパ最大のテクノパークということです。複合施設であるイノベーションセンター全体ではさらに広大で、400万平米の広さがあります。

スコルコボは2010年に、「ロシア版のシリコンバレー」という触れ込みで、当時のメドベージェフ大統領が設立を決めたものです。筆者は早くからスコルコボに注目し、それについての詳しいレポートを執筆したりもしたのですが、実際にスコルコボを訪問する機会がなかなかありませんでした。ようやく、この9月に初めての訪問を果たし、視察することができましたので、今回のコラムではこのスコルコボを題材にロシアにおけるイノベーションの問題を考えてみたいと思います。

テクノパークの外観(撮影:服部倫卓)

スコルコボへの道

スコルコボの構想が浮上したのは、今からちょうど10年前の2009年秋のことでした。ロシアでは割と名の知れているマクシム・カラシニコフという著述家が、同年9月に当時のメドベージェフ大統領に宛てた書簡のなかで、モスクワ近郊に「未来都市」を建設することを提言したのが、そのきっかけであったと言われています。メドベージェフ大統領はこれに応じ、連邦政府に検討を指示しました。

ちょうど同じ頃、メドベージェフ大統領は、「ロシア経済近代化の5つの戦略的ベクトル」として、①省エネ技術、②核技術、③IT、④地上・宇宙の通信技術、⑤医療機器・医薬品という5分野を優先的に発展させていくべきとの方針を明らかにしました。メドベージェフ大統領はさらに、2009年11月に行った年次教書演説のなかで、優先5分野を前進させるためには、研究開発を実施しやすい環境の整備が求められ、その一環として米国のシリコンバレーのような強力かつ現代的な研究開発拠点をロシアにも設ける必要があるということを、正式に提唱したのです。2010年9月にスコルコボについての連邦法が成立し、プロジェクトが動き出しました。

なお、ロシア版シリコンバレーの建設地は、最初からモスクワ近郊のスコルコボに決まっていたわけではありません。北都サンクトペテルブルグや、シベリアのトムスクおよびノボシビルスクなど、様々な場所が取り沙汰されました。2010年3月にメドベージェフ大統領が学生らと対話した際に、モスクワ市近郊のスコルコボに建設するとの方針が、初めて明らかにされました。その際に大統領は、「このセンターは、早く完成するよう、すでに適切な基盤があるところに作る。スピードがものを言う。だからスコルコボに建設するのだ」と説明しました。

実際には、くだんの建設予定地は当時、完全な原野でしたので、大統領の言うような「適切な基盤」があるとは言いがたい状況でした。ただし、建設地に隣接して、ロシアとしては先進的で国際色も豊かな「スコルコボ・ビジネススクール」がすでに開校されており、その理事長はメドベージェフ大統領その人でした。大統領がロシア版シリコンバレーの建設地としてスコルコボに白羽の矢を立てるに当たっては、この要因が大きくものを言ったと推察されます。

以前からあったスコルコボ・ビジネススクールと、新たに創設されることになったイノベーションセンター「スコルコボ」は、まったくの別物です。そもそも、ビジネススクールが経済学・経営学の研究・教育機関であるのに対し、イノベーションセンターは理工系の研究開発を目的とするわけで、畑違いですね。ただ、両者が混同されることが多いのは事実です。2010年に米カリフォルニア州のシュワルツネッガー知事がスコルコボを訪問した際に、「ロシア版シリコンバレーはもうこんなに進展しているのか!」と驚いたそうですが、実際に彼が見たのはビジネススクールであり、イノベーションセンターではありませんでした。

さて、法律によれば、スコルコボにおける研究活動は、①エネルギー効率・省エネ(革新的なエネルギー機器の開発を含む)、②核技術、③宇宙技術、とりわけテレコムおよびナビゲーション分野におけるそれ(関連する地上インフラを創設することを含む)、④機器および医薬品開発分野の医療技術、⑤戦略的コンピュータ技術およびプログラム開発、という5つの分野において実施されることになっています。

企業は、スコルコボに入居すると、税制などで様々な優遇を受けられ、またプロジェクトに対する助成金制度も用意されています。入居するためには諮問会議による審査を受け、上記5分野での斬新な成果を達成して新たな知財の創出につながるプロジェクトであることを認められる必要があります。ただし、スコルコボの関係者たちは、ベンチャーを育成するためには「失敗に寛容であること」が肝心だとの認識で一致しており、従来の経済特区などと比べて、審査は比較的緩いと言われています。

イノベーションセンター全体の完成図は壮大だが、その整備はまだ道半ばといったところ(撮影:服部倫卓)

先進国サミットをめぐるドタバタ

さて、高い理想を掲げて建設が決まったイノベーションセンター「スコルコボ」ですが、2012年にプーチンが大統領に返り咲いたあたりから、ロシアの有識者の間では「スコルコボは失敗プロジェクト」という冷笑的な論評が目立つようになりました。

上述のとおり、スコルコボはメドベージェフ大統領肝いりのプロジェクトでしたので、プーチン氏が大統領に返り咲いたあかつきにはトーンダウンするのではないかという見方が、当初からありました。そうした中、メドベージェフ氏は2012年4月、大統領の座からの去り際に、重要な方針を示します。ロシアがホスト役となる2014年のG8サミットを、スコルコボで開催するというものでした。

この方針が発表されて以降、スコルコボではイノベーションという当初の目的が置き去りにされ、単なる不動産開発プロジェクトと化したとのことです。当時ある関係者は、「サミットまでに建設を終えるという課題が示されてから、明らかに優先順位が変わった。今では、イノベーションの話など出ず、とにかく期間内に建設を終えるという話ばかりだ」と証言していました。

反政府派のある論客は、「不動産開発プロジェクトとしては、スコルコボは完成するだろう。しかし、イノベーションセンターとしては忘れ去られる。脱工業化社会において、すべてのイノベーションの担い手を一箇所に集結させるなどという考えは最初からバカげていて、そんなものを有望だと考えるのは我らがロマンチスト、メドベージェフくらいだ」と、痛烈にこき下ろしました。

2012年5月に大統領に復帰したプーチンは、同年12月になって、2014年のG8サミットをロシア南部のソチで開催するという方針を固め、2013年2月に正式決定しました。どんなに急いでもスコルコボの建設工事は2016年までかかり、「こうした公式行事を、工事現場で開催するとしたら、きわめて不適切だ」と、プーチンはコメントしました。

このように、メドベージェフ大統領はスコルコボ、プーチン大統領はソチと、それぞれ好みの場所をG8サミットの晴れ舞台に指定しようとしたものの、両者の努力とも報われませんでした。2014年にウクライナ危機が発生し、西側諸国はクリミアを併合したロシアを先進国サミットから排除、結局同年の先進国サミットはベルギーのブリュッセルで開催されたからです。

スコルコボと比較されることも多い中国の中関村(撮影:服部倫卓)

参加企業は増加するも拭えない疑問

「スコルコボでG8サミットを開催する」というメドベージェフ前大統領の夢は幻と消えましたが、結果的にイノベーションセンターの建設工事を加速する効果はあったのでしょう。現時点で、複合施設であるイノベーションセンター全体の整備はまだ道半ばといったところであるものの、本丸のテクノパークは立派な施設が出来上がり、すでに活動を始めています。

9月の訪問時に聞いた説明によれば、テクノパークはすでに空きスペースがなく、新たな棟を建設することになっているそうです。モスクワの空の玄関口であるシェレメチェボ空港とスコルコボを鉄道で直結させ、このテクノポリスを新しいロシアのいわば名刺代わりにしていくといった構想もあるそうです。

2018年までに、スコルコボのプロジェクトに参加しているスタートアップ企業は1,900社に上ります。それらによる2018年の売上高は日本円換算で約1,200億円で、約3万人の雇用が生み出され、特許出願数は約2,000に上っているということです。大手企業がスコルコボ内に開設した研究所も、45を数えます。

個人的には、設立当初から気になっていたスコルコボを、9月に初めて見学できて、ようやく念願がかないました。「メドベージェフ大統領の退任とともに消えてなくなるのではないか」などとも言われていたイノベーションセンターが、実際に誕生し、自分の目の前で威容を誇っているのを見るのは、非常に感慨深いものがあります。

ただ、筆者はどうしても、以前から感じていた疑問を払拭することができませんでした。スコルコボのモデルとなった米国のシリコンバレーは、決して政治が意図的に作ったものではなく、自然発生的な産業クラスターとして誕生したはずで、民間の企業家精神の賜物だったと言えるでしょう。一方、中国のシリコンバレーと呼ばれる中関村は、政府が計画的にハイテクパークとして整備したことは事実ですが、政府の政策に呼応する企業のバイタリティがあったからこそ成功したのだと、筆者は理解しています。

それに対し、ロシアのスコルコボでは、「国による上からのイノベーション化」という方向性が強すぎ、企業の熱意や能力が追い付いていないように感じるのです。スコルコボの設立が決まった当時、ロシアでは国の企業に対する「イノベーションの強制」といった言葉まで流行りましたけれど、今もそういった構図を引きずっているように思えてなりません。確かに、スコルコボの入居企業数は増え、研究開発の成果も出始めているようではあるものの、国による巨額投資や優遇策に見合うものなのか、さらにはロシア経済全体の構造転換を牽引できるのかと言うと、どうしても心許ない気がしてしまうのです。

むろん、経済の高度化を目指すロシア政府が、イノベーションセンターを作ったこと自体は、意義ある取り組みです。「ロシア経済も変わっていくのだ」ということを内外に示すショーケースとしての役割は、とても大きいと思います。ただ、筆者としては、スコルコボが現実に技術革新の実を挙げることができるかどうかを、引き続き慎重に見極めていかなければならないと思っています。