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スホーイ・スーパージェットの大事故でロシアの宿願が窮地に

迷宮ロシアをさまよう
2013年のモスクワ航空ショーで展示されたスホーイ・スーパージェット(SSJ100)。その後この機体はインドネシアのSky Aviationに納入された。(撮影:服部倫卓)
2013年のモスクワ航空ショーで展示されたスホーイ・スーパージェット(SSJ100)。その後この機体はインドネシアのSky Aviationに納入された。(撮影:服部倫卓)

痛ましい大事故

ロシアで痛ましい大事故が起きてしまいました。5月5日午後、首都モスクワのシェレメチェボ空港で、乗客・乗員78人が乗ったロシア・アエロフロート航空機が緊急着陸した直後に炎上し、41名もの尊い命が失われました。

事故機は、モスクワから北極圏の都市ムルマンスクに向けて飛ぶはずだったSU1492便です。機材はロシア国産のリージョナルジェット機であるスホーイ・スーパージェット(SSJ-100)。報道によれば、当該機はシェレメチェボ空港を離陸直後に落雷を受け、通信系統が使用不能に。すぐに空港に引き返して緊急着陸を試みたものの、着陸時に機体が滑走路に接触して火災が発生し、多数の犠牲者を出すこととなりました。

筆者自身、アエロフロートとシェレメチェボ空港は頻繁に利用しており、同じモスクワ~ムルマンスク便に乗ったこともあるだけに、大きな衝撃を受けました。事故原因については調査中なので、その結果を待つことにして、以下では今回の大事故がロシア経済・産業に及ぼしかねないダメージについて語りたいと思います。

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経済イノベーション化の切り札

ロシアという国にとって、石油・ガスをはじめとする資源・エネルギーに偏重した産業構造から脱却し、経済の多角化・高度化を遂げたいという願いは、数十年来の宿願です。特に、ここ10年ほどは、経済近代化、イノベーション化といった標語が、しきりに強調されてきました。

その中でも、航空機産業の育成は、最上級の位置付けをされていました。国策として軍需産業や宇宙開発を推進していたソ連時代の名残で、ロシアの軍用機にはいまだに高い国際競争力があります。プーチン政権は、その遺産を活かしながら、かつて一時代を築いた民間航空機部門を再興することを目指したのです。

実際、2011年12月にロシア政府は「2020年までのロシア連邦のイノベーション発展戦略」を採択しましたが、その中では、ロシアが世界で主導的な地位を狙うことが可能な分野として、航空・宇宙機器および複合材料、ナノテク、バイオ医療、原子力および水素エネルギー、合理的自然利用などが挙げられていました。その延長上で、ロシア政府は2012年12月に国家プログラム「航空機産業の発展」を採択し、世界の航空機産業におけるロシアの地位復権を目指した取り組みを強化しました。2016年現在、ロシアは金額ベースで世界の民間航空機・ヘリコプター生産の1%弱しか占めておらず、これをどれだけ伸ばしていけるかという挑戦です。

そして、その切り札となっているものこそ、リージョナルジェットSSJの開発プロジェクトなのです。なお、SSJのプロジェクト自体は2000年から始まっており、すでに2008年には初号機が生み出されていました。2018年までの生産および納入の実績は、上掲のグラフでご確認ください。

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ミッションSSJ

ところで、管見によれば、SSJにはもう一つ、「ロシア国土をネットワーク化する」という重要な使命も込められていたと思います。ロシアは、国土が世界一広い割には、航空網が未発達で、鉄道による移動が主流の国でした。都市間の移動はきわめて不便であり、鉄道で丸1日、2日をかけて目的地にたどり着くようなことはザラでした。そんな非効率を続けていたら、ロシア経済・社会の近代化は夢のまた夢です。上のグラフに見るように、近年になってようやく、飛行機の旅客輸送量が増え、2010年に初めて鉄道のそれを上回りました。このように、国内の都市間を結ぶ短・中距離の航空輸送への需要が高まってきたわけですから、ロシアとしてはその需要を国産機で賄うことができれば、一挙両得です。

SSJの市場投入後、ロシアのフラッグキャリアであるアエロフロートは、半ば国策に則り、SSJを積極的に採用しています。ただ、SSJがビジネスとして軌道に乗るためには、外国への輸出が欠かせません。ロシアの政権当局は、SSJの輸出促進に向け、涙ぐましい販売努力を積み重ねてきました。欧州市場へのSSJ売り込みを目論んだロシア政府は、アイルランドのCityJet社への供給に、破格の条件を適用しました。同社は過去4年も赤字だったのですが、ロシア側は同社への供給を戦略的なプロジェクトと見なし、優遇条件を提供したということです。プーチン大統領、メドベージェフ首相、マントゥロフ産業・商業相などの政権幹部は、外国を訪問するたびにSSJを猛プッシュしてきました。

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SSJはリージョナルジェットとしては室内の圧迫感がなく、乗り心地は悪くない。しかし、筆者が乗ったアエロフロート機では、写真に見るように、テーブルが大きく傾いていた。むろん飛行安全とは次元がまったく異なる問題だが、イメージにかかわるので、ちゃんとしてほしいものだ(撮影:服部倫卓)

顧客離れが進む中で起きた大事故

しかし、最近になって、SSJは外国の顧客離れに苦しんでいました。SSJの機体そのものの評判は悪くないものの、サポート体制が不充分だという指摘があります。上述のように苦労して獲得した顧客のCityJetは、今年に入ってSSJの運航を停止しました。

そうした中、2019年1月にもう一つの難問が発生しました。ロシアがSSJ40機をイランに供給する契約を結んだところ、米財務省が輸出認証を出さず、納入に待ったをかけたのです。筆者はこのニュースを最初に聞いた時、「核をめぐる米・イランの対立があるとはいえ、なぜ米財務省に外国企業同士の取引を差し止める権利があるのか?」と疑問に思ったのですが、米国産の部品が10%以上含まれる製品については、輸出に際して米財務省の許可が必要ということです。ロシア側は、現在は米国製の部品が22%含まれているので、イラン向けのSSJ供給は見合わせざるをえないが、米国製の比率を10%以下に引き下げ次第、イランとの取引を再開したいとしています。

この一件でも露呈したように、SSJはロシア国産機と位置付けられるとはいえ、実は外国製のユニットやシステムに依存するところがかなり大きいのです。アビオニクスが仏製、電子システムが米製、燃料系統が仏製、エンジンが仏・露合弁、制御システムおよび空調が仏・独製、車輪およびブレーキが米製、着陸装置が仏製、補助動力装置が米製、油圧系統が米・独製、などとなっています。ロシアと欧米が経済制裁を応酬している今日では、供給途絶の潜在的リスクを抱えています。

実際、現在ロシアが開発を進めている小型旅客機イルクートMS-21で先日、大問題が発生しました。MS-21では主翼および垂直尾翼用の複合材を米国から輸入して試作機を製作しているところだったのですが、米国の制裁措置により2019年に入ってその供給が途絶したのです。ロシアは急遽、複合材の国内生産を立ち上げることを迫られ、これによりMS-21の量産化には数年単位の遅れが発生しそうです。ロシア政府は、SSJとMS-21を主力に、数年後には民間航空機の生産を年産100機以上に高めたいという青写真を描いているものの、昨今の情勢からすると、50機も危ういかもしれません。

そうした状況下で発生したのが、今回のシェレメチェボ空港におけるSSJ機の大事故でした。むろん、冒頭申し上げたとおり、現在のところ詳しい事故原因は調査中であり、SSJの機体そのものに問題があったと決めつけるのは早計でしょう。ただ、真相はどうあれ、SSJのイメージに傷がつくことは、避けられないのではないでしょうか。ボーイング機が落ちても客離れはわずかだと思いますが、ロシア機が事故に遭えば「やはりロシア製は危ない」というネガティブイメージが広がりかねません。ロシア経済イノベーション化の行方が気がかりです。