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アメリカ大統領選めぐる「トランプ・シミュレーション」日本の安全保障、米中関係は?

揺れる世界 日本の針路 更新日: 公開日:
共和党主催の夕食会で演説するトランプ前大統領
共和党主催の夕食会で演説するトランプ前大統領=2023年7月28日、アイオワ州デモイン、朝日新聞社

トランプ氏は2017年から2021年までの大統領在任中、米国の国益を重視するとして、国際協力や同盟を顧みない行動を繰り返した。国連人権理事会や気候変動への国際的な取り組みを決めた2015年の「パリ協定」などから次々に離脱。日本や韓国などの同盟国に対し、従来の数倍にあたる大幅な防衛費の分担を要求した。

トランプ氏は政権後期になると、中国との対立姿勢を明確にしたが、自らの言動によって米国の一極支配体制が大きく揺らいだため、「多極主義」や「勢力圏構想」を掲げる中国やロシアなどの伸長を許した。

では、トランプ氏が米大統領選で勝利したらどうなるのか。

多くの専門家が一致するのが、ウクライナ支援から手を引くとの見通しだ。

ウクライナのゼレンスキー大統領も2023年12月19日の記者会見で「米国はわが国を裏切らない」と語る一方、「彼(トランプ氏)は異なる政策を持っていると思う。次期大統領のウクライナへの態度が変化し、政策が冷淡で内向きで節約志向となれば、ウクライナでの戦争の行方に大きな影響を与える」と述べ、危機感をにじませた。

年末の記者会見でのゼレンスキー大統領
年末の記者会見でのゼレンスキー大統領=2023年12月19日、ウクライナ首都キーウ、ロイター

また、国連を軽視した行動を取る可能性も強い。そうなれば、国連の15ある専門機関のうち、中国がトップを務める機関が、現在の国連食糧農業機関(FAO)1機関から更に増えていくだろう。国連平和維持活動(PKO)のミッションは2024年1月現在で、世界に11あるが、こうした活動への中国の影響力がますます強まる可能性が高い。

こうしたなか、見解が分かれるのが米中関係の行方だ。

現在の新冷戦時代の幕を開けたのはトランプ政権だった。トランプ政権のポンペオ国務長官(当時)は2020年7月の演説で、習近平中国国家主席を「破綻した全体主義イデオロギーの信奉者」と呼び、「今、行動しなければ、いずれ中国共産党は私たちの自由を侵し、自由社会が築いてきたルールに基づく秩序を転覆させる」と訴えた。

ポンペオ元国務長官=2020年3月、アメリカ・ワシントン、ランハム裕子撮影
ポンペオ元国務長官=2020年3月、アメリカ・ワシントン、ランハム裕子撮影

日本の安保専門家の一人も「トランプ氏は欧州からは手を引くかもしれないが、中国と厳しく対立するのではないか。その方が米国内世論の支持も得られるだろう」と語る。

ただ、安全保障の鉄則の一つに「常にワースト・シナリオに備える」というものがある。

別の安保専門家の一人は「日本にとってのワースト・シナリオは、米中が太平洋を二つに分ける世界だ」と語る。習近平氏は、オバマ政権時代から「太平洋には中国と米国を受け入れる十分な空間がある」と繰り返し発言し、2大国の共存を唱えてきた。2017年11月、当時大統領だったトランプ氏との共同記者会見でもそう発言している。

専門家は「トランプ氏は常識が通じない人物だということに加え、過去に日本にサプライズを起こしたのは全て共和党だったという経験則もある」と指摘する。

共和党のニクソン政権は1969年、アジア地域の同盟国に更なる負担を求めるグアム・ドクトリンを発表。1971年には米ドル紙幣と金との交換の一時停止を宣言し、ブレトン・ウッズ体制を終わらせた。同年には米中関係正常化に道筋をつける電撃的な「キッシンジャー訪中」もあり、日本外務省を仰天させた。

フォード米大統領(中央)が見守る中、毛沢東・中国共産党主席と握手を交わすヘンリー・キッシンジャー国務長官(当時)
フォード米大統領(中央)が見守る中、毛沢東・中国共産党主席と握手を交わすヘンリー・キッシンジャー国務長官(当時)=1975年12月2日、中国・北京の毛沢東邸、ロイター

そして、安保専門家たちが注目するのは、トランプ氏が議会襲撃事件への関与を疑われるなどしても、今なお高い支持率を誇る、その理由だ。

専門家の一人は「トランプ氏が支持されるのは、米国人の本音を語っているからだ」と語る。「難民や移民は米国に来るな」「なぜ、米国が小国を守ってやる必要があるのか」などの「暴言」には、多くの米国人の共感を呼ぶ魔力がある。

ブッシュ(子)政権時代、国防総省の当局者がイラク戦争の時期に「同盟の任務はデリバリー(運搬)である」と発言して、ひんしゅくを買った。米国自らが乗り出すよりも、同盟国を使えば、より早くて安くてお得だという意味だった。

多くの米国人は、中国の南シナ海の南沙諸島などでの横暴な外交や安保政策に眉をひそめている。だが、中国から日本や韓国、フィリピンなどを守るために、自分たちの懐を痛めることも、また愉快には感じていない。専門家の一人は「米国がこれ以上、負担を増やしたくないと考えれば、太平洋の西半分のオーナーシップ(主導権)を中国に譲り渡すかもしれない」と語る。

そうなれば、どんな事態が日本を襲うのか。

たとえば、尖閣諸島は日本だけでは守り切れない。中国海警の領海侵犯が更に激しくなり、外形的には日中共同管理のような状態に近づいていくかもしれない。

トランプ氏が米国人の本音を代弁しているのであれば、2024年11月の米大統領選でトランプ氏が敗北しても、いずれ「トランプ氏的な人物」が米大統領に就任するだろう。

日本人は過去、侵略や難民など、目の前の切迫した危機がなかった。だから、安全保障を巡る議論も抽象論で逃げることができた。でも、これからはそうはいかない。ワースト・シナリオが現実になったとき、どうやって身を守るのか、あらかじめ打つ手がないのか、今から議論する必要がある。