「ウォール街がこの国を築いたのではない。中間層がこの国をつくり、労働組合が中間層をはぐくんだのだ」
ストが最高潮に達していた昨年9月26日。ビッグ3を象徴する街、ミシガン州デトロイトの近郊にあるGM施設前で声を張り上げていたのは、ジョー・バイデン米大統領だった。
現職の米大統領が、スト現場で労働者たちに連帯を示すのは極めて異例だ。拡声機越しの大統領演説に組合員たちから大きな歓声が上がった。
UAWのマークをあしらった帽子をかぶったバイデン大統領は、訪問にあわせて「就任以来、自動車産業の雇用は、1カ月あたり(トランプ)前政権の4倍を創出した」と宣伝することも忘れなかった。大統領選での再選に向け、主要支持層である労組の支持固めを狙っているのは明らかだった。
歴史的なストの現場でアピールしたのは現職大統領だけではない。
翌27日。バイデン大統領と入れ替わりでデトロイト近郊に乗り込んできたのは、共和党の指名候補争いでトップを独走するドナルド・トランプ前大統領だった。
演説会場に招待した自動車労働者らを前に、バイデン大統領が主導する電気自動車(EV)の優遇策をやり玉に挙げた。「昨日、ジョー・バイデンがピケラインで記念撮影をしていたが、ミシガン州の自動車労働者を失業に追い込むのは彼の政策だ」
部品点数がガソリン車の3分の2になるともいわれるEVへの急速な移行は、自動車産業の働き口を大きく減らしうる。トランプ前大統領は、バイデン大統領の政策のために、自動車産業と雇用が「暗殺」されかねないと指摘。自分が大統領に返り咲けば、「ガソリンエンジンの使用を認める」と打ち出した。
11月の大統領選は、2020年の前回と同じ「バイデン対トランプ」となる可能性が高まっている。その主役たちがスト現場で支持を訴えた背景には、ともに労組や労働者層の支持を取り込みたいという考えがある。
バイデン大統領は、就任時から「史上最も労組寄りの大統領」を自任し、外交を含むあらゆる政策を労働者や中間層に結びつける戦略をとってきた。背景には、トランプ前大統領に労働者票を大きく奪われ、民主党のヒラリー・クリントン候補が散った2016年大統領選の苦い記憶がある。
民主党はもともと、労組や労働者層を主要な支持層としてきた政党だ。だが、大都市のエリート層の「代弁者」とみなされたクリントン候補からは多くの労働者票が離反。一方、トランプ前大統領は、中国など海外に流出した製造業と雇用を米国に取り戻すと繰り返し訴え、ミシガン州など「ラストベルト」(さび付いた工業地帯)の白人労働者らの支持を得て、ついにクリントン候補を下したのだった。
トランプ前大統領は当時、クリントン候補に対し、組合員がいる世帯の支持獲得比率で8ポイント差まで迫った。
「実績」か「将来の不安」か 労働者の票の行方は
バイデン大統領には、安穏としていれば再び2016年のようにトランプ前大統領に労働者票を奪われかねないとの危機感がある。一方、トランプ前大統領がバイデン大統領のEV政策について「雇用を破壊する」と訴えるのも、EV化に不安を持つUAW組合員や自動車労働者の票をバイデン大統領から引きはがし、2016年の再現を狙うからだ。
UAWをふくめ主要労組がバイデン大統領支持を機関決定したからといって、組合員の票の行方が決まるほど大統領選は単純ではない。
任期中の雇用創出という「実績」を訴えるバイデン大統領と、EV推進による将来の雇用喪失という「不安」を訴え謙るトランプ前大統領。大統領選は、自動車産業を含む労働者の票を双方がどこまで取り込めるかも勝敗を大きく分けそうだ。