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労働者のリーダーは直接選挙で ビッグ3の工場で同時スト展開、25%賃上げの成果

World Now 更新日: 公開日:
全米自動車労働組合(UAW)のストライキに参加する組合員=UAW組合員のジェシー・ケリーさん提供

引き下げられてきた賃金と社会保障

だんだんと薄暗くなっていく米デトロイトの街角で、横断歩道をなんども練り歩きながら、音楽にあわせて「(ちゃんとした)契約がほしい!」と声を上げる人々がいた。2023年11月中旬、市内の複数のカジノで働く人たちがコロナ禍や物価高にあえぎ、初めてストライキに踏み切ったのだ。

「連帯を示しにきたんだ」

デモの参加者にそう話したのは、全米自動車労働組合(UAW)の赤いTシャツを着たクリス・ヴァイオラさん(40)。UAWは、カジノで働く人たちの労働組合を支える産業別組合の一つ。この日は、ゼネラル・モーターズ(GM)やフォードなど自動車3社との労使交渉のめどが立った直後の週末でもあり、UAWからは副会長らが駆けつけて支援した。

デトロイト市内のカジノで働く人たちのストライキに参加する全米自動車労働組合(UAW)のクリス・ヴァイオラさん(中央)。赤いUAWのTシャツを着て参加した=2023年11月、米デトロイト、藤崎麻里撮影

ヴァイオラさんのTシャツの文字に目を引かれた。

「END TIERS(ティアをやめろ)」

UAWが2023年9月からおよそ2カ月続けたストの焦点の一つ。「ティア(階層化)」は、07年につくられた新規雇用者の賃金と社会保障が引き下げられる制度で、働き出した時期が遅いほど条件が悪化していった。リーマン・ショック後の自動車大手の経営破綻で広がり、細分化された。

京都産業大学の篠原健一教授の調べによると、ビッグ3の会社で働く人の平均的な賃金などの待遇は2006年をピークに、2010年には3割下がった。日本の非正規雇用に重なる問題だ。

基幹産業だった自動車だが、1980年前後からアジアや欧州からの攻勢に落ち込み、工場を閉鎖していた。ヴァイオラさんは言う。

「僕の後に働くようになった人には年金がない。働き出した時期によって不平等が生まれているんだ」

公的な医療保険のない米国にあって、自動車産業で働く人々への保障は手厚かった。UAWが団体交渉を通じ、会社負担による医療保険や生活費手当などを獲得してきたためだ。長年UAWメンバーだったヴァイオラさんの父は現在、その年金で暮らしている。母が病気をしたときの医療費は、配偶者にも適用される医療保険でまかなわれた。

クリス・ヴァイオラは親子2代で、全米自動車労働組合(UAW)の組合員だ=2023年11月、デトロイト近郊、藤崎麻里撮影

ヴァイオラさん自身も賃金は2007年以前と変わらないが、会社が負担する医療保険はない。

「父の時代には、工場労働者は自分で作った車に乗れた。それが今、周囲を見回すと、とても無理だという人たちがいる。これから僕たちの世代の老後がどうなるか、考えると怖いよ」

退職者として、UAWの活動を支援しているマーサ・グレバットさん(66)は、「ティアは労働者の分断を生み、連帯を阻んだ」と振り返る。

ティアは2019年にUAWが行ったGMのストでも要求にあがったが、十分な成果を出せず、不満がくすぶる現場を残した。ともにストに参加した人たちから裏切られたという思いも聞き、ヴァイオラさんは「何かをやらないといけない」との思いを抱くようになった。

汚職事件で揺れた組合 改革でたたかう組織

その年、UAWを民主化しようという有志のグループ「Unite All Workers for Democracy(UAWD、民主化のため全ての労働者の結集を)」が生まれ、ヴァイオラさんも次第に参加するようになった。

UAWDのTシャツには「より良いUAWをともにつくっていこう」と書かれていた。クリスさん自身は、直接選挙について「なぜ大統領や地域の自治体のトップは選べるように信任されているのに、組合は自分たちの投票でリーダーを選べないんだろうと思って活動していた」と話した=2023年11月、藤崎麻里撮影

「あのとき、なぜ労働組合をあきらめなかったかって? 確かに、何十年も十分やって来なかった組合に失望する面もあった。でもなぜか、まだ道があると思ったんだ。そして、そう思えて良かったっていまは思っている」

UAWはその当時、前会長2人を含む幹部ら10人以上が逮捕、収監などされる汚職問題で揺れていた。

UAWDはその改革の後押しになったのだ。組合の役員は代議員の間で決めていたが、米司法省の指導による再発防止策で、組合員一人ひとりが一票を投じる直接投票で決めることになった。

昨年3月、ショーン・フェイン氏が改革派に支持され、従来の路線を継承する候補を破って会長に選ばれた。新執行部の体制も14人中7人が改革派支持、1人が中立派になった。

ストライキを激励するため、米フォード・モーター工場前を訪れた全米自動車労働組合(UAW)のショーン・フェイン会長=2023年9月、米デトロイト近郊、真海喬生撮影

UAWDはこの直接選挙も開催を求め、さらに改革派の候補者たちの推薦にかかわった。組合員38万人に対して、メンバーは約500人だが、ヴァイオラさんは「決して多いとは言えないが、すぐに活発に動いて改革につなげられたのは、草の根の運動があったからだ」と話す。

フェイン会長を陰で支えてきた、汚職前のUAWのボブ・キング元会長は「直接選挙がUAWを救った。ショーンも毎日現場の労働者と話し、当選後も工場に行き続けた。現場の怒りとフラストレーションを理解し、経営側との交渉のテーブルでも、現場の思いをうまく代弁できた。UAWは民主的で実効的な労組に生まれ変わった」と総括する。

昨秋、フォード、ゼネラル・モーターズ(GM)、ステランティスの「ビッグ3」と呼ばれる3社の主力工場で同時にストを展開。要求が通ればストを緩和し、他社との交渉の圧力にした。これまでは一般的に1社を対象にすべての工場でストをし、成果を同業他社の交渉に波及させてきたが、根本からやり方を変えたのだ。

要求も異例づくしだった。10年以上前からティアに反対の意を唱えていたフェイン会長は、これを会長選の選挙公約に掲げ、要求でも焦点化した。

全米自動車労働組合(UAW)の改革組織UAWDの初期メンバーの一人、ジェシー・ケリーさん(左)は息子(中央手前)を連れてストライキに参加した。母子家庭で育ち、大学進学はかなわなかった。自身も20歳でひとり親として出産。派遣経験も含めて長年、自動車産業で働いてきた。「同じことが引き継がれないようにしたい。それをどう変えようかと考えたときに、労働組合しかなかった。だから改革したいと思った」=ジェシー・ケリーさん提供

過去4年で最高経営責任者(CEO)らの年収が4割伸びたとし、働き手も4年で同じ幅の賃上げ率を求めた。その結果、物価調整の手当や今後4年半で25%の賃金アップなども勝ち取った。闘う姿勢への転換の反響は大きく、世論調査では国民の7割がUAWのストを支持した。

スト後、ティアは廃止されることになった。十分な保障がないティアの1人として自動車工場で働く組合員は「まだ解決して欲しいことも残っているが、全体としては成功だったと思う」と評価した。

トヨタ自動車やホンダも、米国現地法人では労組がないが、次々と賃金アップを表明。UAWは今、こうした工場で働く労働者にも労組の結成を呼びかけている。

昨年11月、UAWのフェイン会長がワシントンDCの議員会館を訪れた。バーニー・サンダース上院議員が委員長を務め、労組の役割を議論する委員会の公聴会に、他の産業別組合の幹部と呼ばれたのだ。

公聴会の後、サンダース上院議員は「強い中間層をつくるには、私たちは企業の強欲に立ち向かい、組合運動を発展させなければならないということを明確に示してくれた」とX(旧ツイッター)に投稿した。

フェイン会長は朝日新聞の取材に「いま、私を含めた(組合活動の)改革者たちが何年も、何十年もやってきたことが結実している。道のりはまだ長いが、私たちは正しい道を歩んでいる。もっと広げていきたい」と話した。

全米自動車労働組合(UAW)の本部。ソリダリティー・ハウス(団結・連帯の家)と呼ばれている=2023年11月、米デトロイト、藤崎麻里撮影

労組の直接選挙に集まる関心 俳優や脚本家組合でも

代表の直接選挙によって労働組合の有りようが変わる。これはUAWに限った話ではない。先行事例の一つが、100年以上の歴史があるトラック運転手らが入る産業別組合の全米運輸労組「チームスターズ」だ。

チームスターズは地方支部によってはマフィアとの近さが取りざたされ、連邦政府は1980年代から30年以上にわたって、米司法省の管轄下においていた。

現在の委員長となったショーン・オブライアン氏は、司法省の監督下のもとで続いた前委員長の長期政権を批判し、「もっとダイナミックに戦闘的にやっていくべきだ」と訴えた。

組合内の非主流派で「チームスターズ民主化運動(TDU)」のグループのザッカーマン氏を書記長にし、ともに直接選挙で選ばれた。両氏は昨年、UAWのティアのような同じ仕事でも賃金が異なる制度の解消などを進めた。

米国ではいま、労組の直接選挙が関心を集めている。組合代表を直接選挙で選ぶことは、昨年のストで大きな成果を上げてきた全米映画俳優組合(SAG―AFTRA)や全米脚本家組合(WGA)でも行われている。

米国の労組について詳しい早稲田大学の篠田徹教授は「一票を投じれば、組合員はより自分ごととして考えるようになる。選ばれる執行部も、より組合員を向いた運営になる」と指摘した上で、こう話した。「日本でも、企業単位の労働組合でもやっているところは少なくないが、連合や産業別組合といった労働組合の上部団体でも有用な仕組みではないか」

庵原和義さんは今の日本の賃上げ論議で、中小企業での賃上げが課題になっていることについて「労働者の80%を占める中小企業で『持続的賃上げ』を話し合うべき労働組合がなく、労使協議の場もないことに問題がある。労使協議制への法律が急務だ」と話した=本人提供

米国労働組合員の83%を占め、1330万人を代表する20大労組のうち、直接選挙は6組合の270万人にとどまるという。日本のUAWにあたる自動車総連で国際局長を務めた後、カナダに移住して日本の労働界に向けて国際労働財団で記事を書いている、庵原和義さん(89)はこの50年ほどUAWを見てきた。

「直接選挙よりも、代議員選挙の方が経営との安定的な労使関係という点で長所を発揮することも多い。日本の労組は労使協力を重視し、米国のような戦闘的な労組の形は好まない」とみる。

ただ「日本では経営側が強いが、本来は対等に話し合える労使協議が必要だ。労使協議が行き詰まり、必要を感じた場合にはストライキをちゅうちょしないなど、日本の労働組合が米国から学べることもある」と話した。