勝ちたいという気持ちは、どの選手も同じだろう。ただ、北朝鮮の場合は「勝利への圧力」が2倍にも3倍にも選手にのしかかっている。
理由1:国家養成の重圧
まず、「ステートアマ(国家養成選手)」としての重圧がある。脱北した元朝鮮労働党幹部によれば、故金日成(キムイルソン)主席はかつて、オリンピックについて「参加することではなくて勝つことに意義がある」と語ったという。元幹部は「北朝鮮では皆、国旗を掲げて争うのはスポーツと戦争の二つしかない、と常々言い合っている」と語る。
オリンピックや世界選手権で各国の間で有名なのが、「北朝鮮は勝てる種目にしか選手を派遣しない」というものだ。10月2日現在、北朝鮮が獲得したメダルは金5銀9銅5で、金メダル獲得数では9位につけている。金メダル獲得数で29個、第3位につけた日本に比べれば見劣りするが、北朝鮮がアジア大会に派遣した選手は約200人。約800人弱の日本選手団に比べ、「テコンドーや柔道、射撃など、メダルを取れそうな種目に重点的に派遣している」(関係者)結果だという。当然、サッカーもメダル獲得を期待されていた。オリンピックを見据え、U22代表で固めた日本に対し、北朝鮮はU24代表で臨み、オーバーエイジ枠の3人もフルに使って勝負に挑んだ。
理由2:国内屈指の人気スポーツ
次に、サッカーは、北朝鮮の人々が一番親しみと誇りを持つスポーツだ。
ボール一つあれば、誰でも楽しめるサッカーは、北朝鮮ではバレーボールと並んで広く親しまれている。男子サッカー1部リーグが毎年、通年で行われている。脱北者の知人によれば、リーグの3強は「4・25」(本拠地・南浦)、「機関車」(同・新義州)、「鴨緑江」(同・平壌)の各体育団だという。「4・25」が北朝鮮軍、「機関車」が鉄道省、「鴨緑江」が社会安全省(一般警察)にそれぞれ所属し、豊富な資金と人材を集め、チームの強化を図っている。過去、1966年のW杯イングランド大会ではベスト8に進出、女子サッカーも2016年のU17(17歳以下)女子W杯で優勝するなど輝かしい戦績も残している。
元党幹部によれば、平壌などで日曜日に視聴できる娯楽専門の「万寿台(マンスデ)テレビ」では、必ずサッカーの国際試合の録画放送が流れていた。それだけ視聴率が高いのだという。注目度が高いため、選手もそれなりにプレッシャーを感じるだろう。
理由3:金正恩総書記も注目
第三に、金正恩(キムジョンウン)総書記が力を入れているという背景がある。正恩氏は西洋社会で人気が高いバスケットボールやサッカーの振興に力を入れてきた。2013年5月に平壌国際サッカー学校を開校した。年代別に強化指定選手を決めて、育成を続けている。2017年ごろには、国内すべての児童・生徒にサッカーボールを1個ずつ支給するよう指示したこともある。金正恩氏は最高指導者になる前も、2010年W杯南アフリカ大会に強い関心を示し、現地のチームにも指示を出していたとされる。「最高指導者が強い関心を持っている」という状況から、アフリカに駐在する北朝鮮大使館などが、海外派遣労働者が応援のために南アフリカを訪れる費用の工面などに全力を挙げたという。
理由4:試合成績で処遇が決まる選手たち
第四に、選手たちにとっても「天国と地獄」を決める大切な場でもあった。アジア大会は、北朝鮮ではオリンピックやW杯に比べれば、それほど重要な国際大会とは位置付けられていない。逆にアジア大会では「決勝に進出して当たり前」くらいの空気が流れている。今回の代表選手たちは準々決勝敗退ともなれば、もう次の国際大会に出られる機会を与えられないかもしれない。何しろ、今回が5年ぶりの国際大会出場だ。
脱北者の一人は「給水の際のマナーの悪さは批判されて当然だが、選手たちが国際大会慣れしていないな、という印象を持った」と話す。この脱北者によれば、準々決勝で負けたとなれば、労働鍛錬隊送りとはならないまでも、自分が希望する職場に就くことは難しくなる。軍隊に行くことも覚悟しなければならないだろう。アジア大会で好成績を残せば、もっと大きな国際舞台で活躍し、最終的には「北朝鮮のロナウド」と呼ばれ、イタリアなどで活躍した北朝鮮元代表FWの韓光成(ハングァンソン)にもなれたかもしれないが、それも夢に終わった。
理由5:日本には負けられない
最後に、相手が日本という事情もあった。
朝鮮中央通信は10月1日、アジア大会女子サッカー準々決勝で北朝鮮が韓国に勝利したニュースを伝えた。同通信は韓国代表を「傀儡(かいらい)チーム」と呼び、「4対1という圧倒的な点差で大勝した」と誇らしげに伝えた。同通信は2日昼現在、男子サッカー準々決勝の結果を伝えていない。元党幹部は「その時々の国際情勢にもよるが、日米韓と対決している今の状況の中、是が非でも勝たなければいけない試合ではあった」と語った。