サッカー人気、その理由は?
私が北朝鮮を訪れた2006年7月、ちょうどW杯ドイツ大会が開かれていた。ある夜、平壌・高麗ホテルのバーで、案内役の北朝鮮男性(当時20代)と名物の黒ビールを飲んでいた。
男性の視線がチラチラと私の斜め上に流れる。その先には、W杯の試合を録画放送するテレビ画面があった。北朝鮮はこの大会には出場できなかった。それでも、男性が「サッカーは共和国で一番大衆的で、人気があるスポーツなんです。みんな、W杯を楽しみにしていました」と語っていた記憶がある。
私が2019年に入手した北朝鮮製のスマートフォンには、スポーツの映像をダウンロードして楽しむアプリがあった。スポーツ映像は全部で177種類。一番人気だったのは、やはりサッカー。48種類もの映像が準備されていた。
メニューも「2013~2014年シーズンのスペイン1部リーグ・バルセロナ対レアルマドリード」「2015年のサッカー欧州選手権の10大ゴールシーン」「2016年U17女子ワールドカップ決勝・北朝鮮対日本」など、国際色豊かな内容だった。
2011年末に最高権力者の座に就いた金正恩総書記もサッカー振興に力を入れてきた。2013年5月に平壌国際サッカー学校を開校し、サッカーエリートの育成に乗り出した。2017年には、国内すべての児童・生徒にサッカーボールを1個ずつ、計100万個以上を支給するよう指示したこともある。
やはり、私が入手した北朝鮮の日本海側にある建設を目指した、葛麻海岸観光地区のプロモーションビデオにも、サッカースタジアムが映っていた。
なぜ、ここまで盛り上がるのか。脱北した知人の一人はこう語る。
「どのスポーツが盛んなのかは、その国の所得水準が反映されます。北朝鮮では、様々な道具や施設が必要になる野球やスキーは人気がありません。ボール一つで手軽にできる、サッカーやバレーボールに人気が集まるのは自然な話です」
W杯でベスト8の記録も
しかも、北朝鮮サッカーの歴史は輝かしい。日本統治時代からサッカーを楽しむ人は多く、1966年のW杯イングランド大会ではベスト8に輝いた。アジアのチームでは当時、過去最高の記録で、この話を知らない北朝鮮の人はまずいない。最近でも2010年南アフリカ大会に出場。女子も2016年のU17(17歳以下)女子W杯で優勝した。
朝鮮中央通信は10月28日、男子サッカー1部リーグの2021~2022年シーズンが終了したと伝えた。優勝したのは4・25体育団(チーム)。2位黎明、3位機関車という順番だった。別の脱北者の知人によれば、リーグの3強は4・25(本拠地・南浦)、機関車(同・新義州)、鴨緑江(同・平壌)の各体育団だという。
知人は「4・25は朝鮮人民軍の創建記念日。軍に所属するチームなので、人材も豊富だし、資金もあるから強い」と語る。
鴨緑江チームも、社会安全省(一般警察)に所属していて、人材や資金で恵まれた立場にあるという。北朝鮮の1部リーグ戦は2017年から通年開催になり、アジアサッカー連盟(AFC)のクラブライセンスを取得した13チームで争われてきた。
かつて、国連による経済制裁によって禁じられるまで、イタリアやカタール、オーストリアなどのプロリーグで活躍している北朝鮮選手もいた。
変わった楽しみ方
ただ、北朝鮮の人々のサッカーの楽しみ方は、ほかの国々とは少し違う。脱北者の知人の一人は、何度も国内リーグの試合を観戦したことがある。そこにはJリーグなど他の国の試合とは少し異なる風景が広がっていた。
「北朝鮮では特定のチームを応援するファンはいません。もちろん、軍人は4・25を、警官は鴨緑江を、それぞれ応援します。自分が所属している組織のチームだから。でも、組織と関係なく、特定のチームを応援する人はいません」
どうして、そうなるのか。その知人は言う。
「北朝鮮では、自分の意見や好みを他人に明かすことを控える文化が定着しています。間違って伝わったら、どんな不利益を被るかわからないからです」
祖国訪問団の一員として訪れた平壌で、一部リーグの試合をみた在日朝鮮人もいた。観客は5千人ほどいたが、熱狂的でもなく、整然と応援していたという。「チケットもどこで売っているのかわかりませんでした。観客はほぼ動員された人たちのようでした。ビールを飲んだり、笛を鳴らしたりといった世界でおなじみの光景はありませんでした」
北朝鮮は過去、W杯を報じてきたが、米国や韓国の試合については、北朝鮮との対決にならない限り、まず放映してこなかった。特定の外国選手にスポットを当てた報道もみられない。
北朝鮮の人々も、メッシやネイマールといったビッグネームくらいは知っているが、自分から応援することはしない。北朝鮮は2020年12月に反動思想文化排撃法を採択した。外国文化や思想に触れようとする行動は、非常な危険を伴うからだ。
今回のカタール大会に北朝鮮は出場しない。韓国は出場するが、南北関係が最悪の状態に陥っているなか、北朝鮮が国内で韓国の試合を伝える可能性はほとんどなさそうだ。
脱北者の知人の一人はこう語った。「それでも同じ民族。韓国が優勝すれば、喜ばない北朝鮮の人などいません。試合は見られないかもしれませんが、健闘をみな願っているはずです」