現地の野営地は「セマングム」と呼ばれる南西部・全羅北道ある広さ約8.8平方キロに及ぶ広大な干拓地だった。
日中に35℃前後に達する猛暑を避ける日陰がない上、シャワーやトイレが不衛生で用意された数も不十分だと指摘された。食事や飲料水も不足した。ぬかるんだ土地にわいた大量の虫に刺され、肌のかぶれなどに苦しむ参加者が続出。
連日、多数の熱中症患者が出たこともあり、最大規模の4000人以上を派遣していた英国代表団が4日には早々に現地から撤収。米国やシンガポールなどの代表団も後を追った。韓国政府で行事を担当した女性家族省は、台風6号の接近を理由に残りの代表団も現地から離れることにしたと説明した。
約1600人が参加した日本代表団の場合はどうだったのか。
日本代表団でも毎日数人程度の熱中症患者が発生していた。新型コロナウイルスやインフルエンザの患者も各20人ずつほど出たが、当初は「何とかなる」とも考えていた。ところが、米英などが撤退し、ニュースで伝えられると、日本から事態を見守っていた保護者などから心配の声が上がった。現地でも徐々に疲労感が濃くなり、「暑くてこれ以上、耐えられない。屋根があるところに避難したい」という主張に変わり、8日に野営地を離れたという。
準備期間は6年あった またしても「安全不感症」の批判
世界スカウト連盟総会が韓国を「2023ジャンボリー」の開催地に選んだのが2017年8月。韓国メディアも散々、「6年も準備期間があったのに何をしていたのか」と批判している。
猛暑や台風についても、気候変動問題が世界のトレンドになっている昨今、「予想できなかった」という説明には、十分な説得力がない。予算は1171億ウォン(約127億円)もあったと報じられている。
日本政府関係者の一人は「こうした災害が起きるたび、『韓国は安全不感症』という指摘が出るが、的外れとは言えないだろう」と語る。2022年10月のハロウィーンに、群集雪崩によって150人以上が死亡した韓国・梨泰院(イテウォン)の雑踏事故でも、事前に十分な交通規制を敷いていなかったという指摘が出た。
韓国メディアは、ジャンボリー会場の水はけが悪く樹木が育たなかった理由に、セマングム開発を急ぎたい地元政府が、公的財源から埋め立て予算を引っ張ってこようと、農地として新たに埋め立てたことを挙げている。
国家の品格もとめ 情熱燃やした国際イベント誘致
今回の惨状を目の当たりにして思い浮かべるのが、韓国の人が好んで使う「国格(クッキョク、国の品格)」という言葉だ。
2010年、当時の李明博(イミョンバク)政権は「国格向上運動」を始めた。同年11月の主要20カ国・地域(G20)首脳会議主催に合わせ、「G20として恥ずかしくない国をつくる」(韓国政府関係者)のが目的だった。李明博氏はこの年の新年演説で「国格を高めるため最善を尽くす」と訴えている。
韓国は1910年から1945年にかけ日本に統治され、「亡国」のつらい時代を過ごした。祖国への愛情は人一倍強く、自負心も並々ならぬものがある。韓国の人々がよく使う言葉の一つが「漢江の奇跡」と呼ばれる高度成長について「欧米は100年、日本は50年かかったのに、我々は20年で成し遂げた」というものだ(人によって、主張する年数は微妙に異なる)。
今年5月に広島で主要7カ国首脳会議(G7サミット)が開かれたが、韓国では「韓国も加わってG8に」という記事が間欠泉のように流れる。
この感情に支えられた行動の一つが「国際大会」の誘致だ。
G20もそうだが、韓国は国際的なイベントの誘致に情熱を燃やす。今回の世界ジャンボリーでも、尹錫悦(ユンソンニョル)大統領が2日夜に開かれた開営式に出席した。国際的な評価を気にするため、ジャンボリーで混乱が広がり始めると、韓国政府は一転、69億ウォン(約7億5000万円)規模の緊急支援を決め、医師やエアコン付きのバス車両を派遣するなど、迅速な対応ぶりを見せた。
日本代表団の場合、要請を受けたソウルの日本大使館が韓国外交省に「何とかしてくれ」と要請すると、すぐに忠清北道にある救仁寺(クインサ)を見つけてきた。同時に、日本側に対して「(本国に帰るという)撤退ではないよね」と何度も確認を求めてきたそうだ。
梨泰院雑踏事故でも、韓国政府は日本人被害者の遺族に対し、ソウルでの宿舎の手配や弔慰金の支払いなどで誠意のある対応を見せたという。韓国内部では、今回の混乱が、2030年の国際博覧会(万博)の釜山への誘致に悪影響を与えないかという心配の声が早くも上がっている。
高度成長が生んだ慢心 そそぐ機会に
外聞を気にするのは人間の性だが、韓国には特に「映えの文化」を強く感じる。
韓国では登山やサイクリングを趣味にする人が多いが、「まずは外見が大事」とばかり、本格的なウェアや装備品をそろえるところから入る人がほとんどだ。1994年10月に起きたソウル・漢江にかかる聖水(ソンス)大橋の崩落事故、1995年6月に発生したソウルの三豊(サンプン)百貨店崩壊事故の際も、「高度成長に浮かれ、安全点検を怠った」という指摘が出た。
「○度目の正直」になるのかはわからないが、今度こそ教訓を生かして「安全不感症」の汚名をそそぐ機会にしてほしい。