日本政府は大法院判決が出た2018年10月から一貫して「日本企業に損害を与えることは1965年の日韓請求権協定に違反し、受け入れられない」と主張してきた。韓国側は政府や企業などが日本側の損害を穴埋めするなどの案を示したことがあったが、日本は請求権協定の破綻を認めることになるとして受け入れを拒んできた。
これに対し、韓国は徴用工ら原告の権利保護や三権分立の原則などから、判決への介入はできないと説明してきた。文政権下の司法は、徴用工問題を巡る判決を遅らせたとして朴槿恵政権時代の関係者を訴追してきた。文政権が判決に介入すれば、自ら法的責任を問われかねないという警戒感も背景にあった。
複数の日韓関係筋によれば、事態が動き始めたのは9月に菅義偉首相が就任してからだった。韓国政府は菅政権について「安倍政権ほどイデオロギーが強くなく、実利で判断する」(関係者の一人)と分析。菅政権と政治的に合意しても、日本の歴史認識問題などに厳しい文政権の支持者を説得できると考えたようだ。
また、韓国政府は議長国として、年末までに日中韓首脳会談の開催を求めている。日本側が「日本企業による賠償の流れが止まらない限り、菅首相の訪韓は難しい」との考えを伝えたことも、事態を動かす一つの契機になった可能性がある。
では、どんな政治合意が可能なのだろうか。
日本政府関係者の一人は「韓国が、原告すべてに補償する仕組みを作る必要がある。そうすれば、韓国司法も判決を執行する必要性が失われたと自主的に判断するかもしれない」と語る。判決の執行がなくなったと客観的に判断できる材料がそろえば、日本は提案を受け入れるだろう。
ただ、韓国がこうした提案をすれば、文在寅政権は韓国世論から「変節した」という批判を受けるかもしれない。そうした事態を避けるためには、世論を納得させられる「成果」が必要だ。韓国はおそらく、自分たちの譲歩と引き換えに、日本政府が昨夏に実施した韓国に向けた半導体素材などの輸出管理措置の厳格化の取りやめを求めてくるだろう。韓国の経済界や世論の多くは措置の取りやめを求めているからだ。
もちろん、日本政府は厳格化措置について、徴用工問題に対する政治報復ではなく、韓国の輸出管理措置に問題があるという論法を取っている。おそらく、韓国がまず世界貿易機関(WTO)への提訴を取り下げ、日韓協議を再開させたうえで、「韓国の輸出管理措置が改善された」という検証を経て、措置を撤廃することになるだろう。
韓国からは朴智元国家情報院長が8日から来日し、二階俊博自民党幹事長と会談したほか、10日には菅首相とも会談した。朴氏は会談後、記者団に対して徴用工判決問題について話し合ったと説明。「韓日両首脳が解決する必要があるという認識で一致した」「文在寅大統領の韓日関係正常化への意思を伝えた」と語った。
朴氏の一連の協議の詳細は明らかになっていないが、おそらく、こうした政治的な妥協案について日本側が受け入れる可能性があるかどうかを探ったとみられる。自民党のベテラン議員の一人は「輸出管理措置の厳格化は、徴用工判決がなければ実施されなかったのも事実。判決を執行しないと確約すれば、措置を取りやめても問題ない」と語る。
もちろん、日本の政府・与党には「韓国は後で約束をほごにするかもしれない」という懸念も存在している。文在寅政権は、2015年12月の日韓慰安婦合意を反故にし、日本政府が資金を出してつくった元慰安婦らを支援する財団を解散に追い込んだからだ。
文政権の支持率は現在も40パーセントを超え、安定している。支持層を考えた場合、日本に厳しく対応したほうが、政治的に有利だという判断も働くだろう。来年4月には釜山とソウルの補欠市長選挙がある。与党が敗北すれば、22年初めに実施される次期大統領選に影響するかもしれない。
米国では日米韓協力の重要性を説いていたオバマ政権で副大統領を務めたバイデン氏が大統領選の勝利宣言を行った。今後、日韓関係の改善を求める米国の風当たりは強まるだろう。日本はこうした国際情報をもにらみながら、韓国との関係改善に踏み切るかどうかの判断を迫られることになりそうだ。