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海外で活躍する日本人の足を引っ張る国籍法、19世紀から続く国籍はく奪規定の問題点

ニッポンあれやこれや ~“日独ハーフ”サンドラの視点~ 更新日: 公開日:
無効として穴が開けられた日本のパスポートを持つ野川等さん=2018年2月12日、スイス・ジュネーブ、朝日新聞社
無効として穴が開けられた日本のパスポートを持つ野川等さん=2018年2月12日、スイス・ジュネーブ、朝日新聞社

「国籍は一つであるべき」が時代に合っていない理由

当たり前のことのようですが、日本人は日本にだけ住んでいるのではありません。海外に住み、働き、家庭を築く日本人も多くいます。そんな彼らが困っているのが「日本国民は、自己の志望によって外国の国籍を取得したときは、日本の国籍を失う」という日本の国籍法(国籍法111項)の規定です。

国籍はく奪条項違憲訴訟」の原告の一人である野川等さんは、1970年ごろからスイスに住んでいます。同氏の経営する貿易会社がスイスで公共入札をする際、「経営者がスイス国籍であること」が求められたため同氏は2001年にスイス国籍を取得しました。野川さんはスイス国籍を取得したからといって「日本人をやめた覚えはない」と語ります。でも本人の意思とは関係なく、日本の法律(国籍法111項)によって同氏は日本の国籍をはく奪されてしまいました。

野川さんのケースに限らず、外国に住む日本人が仕事で活躍するために現地の国籍が必要になることは珍しいことではありません。

「日本の国籍を失いたくないから」という理由から「現地の国籍を取得しない選択」をすると、現地で就労の機会は限られてしまいます。ノーベル賞受賞者の南部陽一郎さん(2008年物理学)、中村修二さん(2014年物理学)、眞鍋淑郎さん(2021年物理学)はアメリカで研究生活を続けるなかで米国籍を取得したため日本国籍を失っています。

彼らがノーベル賞を受賞した際、日本では「日本人がノーベル賞を受賞した」ととらえる人が多くいましたが、厳密にいうと彼らは法的に日本人ではないわけです。今後、もしも日本の国籍法が変わり、「外国の国籍を取得しても日本の国籍を失わない」状況になってはじめて日本のメディアは堂々と「日本人がノーベル賞を受賞した」と報じることができると考えます。

海外で活躍しようとする日本人の足を引っ張る国籍法は「時代遅れ」

イギリスを代表する二つの音楽賞を主催している英国レコード産業協会(BPI)は長らくミュージシャンの受賞資格について「イギリス国籍であること」を条件としていました。

2020年にイギリス育ちの日本人歌手リナ・サワヤマさんが自分に受賞資格がないという悩みをSNSにつづったところ、これがイギリスで議論となりました。結局、受賞資格は見直され、現在ではイギリス国籍がなくてもイギリスで生まれたり、永住権を持っていたりすれば、受賞ができることになりました。

でもこれは、二つの故郷を持つサワヤマさんが二重国籍を認められていれば起きなかった、つまり、そもそも日本が「外国の国籍を自分の意思で取得した者の日本国籍をはく奪する」ことをしていなければ起こらなかった問題なのです。

「国籍はく奪違条項憲訴訟」弁護団の事務局を務める仲晃生弁護士は330日に日本記者クラブで行われた記者会見「国籍はく奪~国籍法11条をめぐる問題」で日本の国籍法について「日本国外で活躍しようとする日本国民を応援するのではなく、足を引っ張る法律。足に合わせて靴を作るのではなく、靴に合わせて足を切るようなもの」だと語り、続けて「日本の国籍法(111項)は19世紀に作られた時代遅れのもので、個人を苦しめ不幸にしているゾンビ条項」と言い切りました。

孫が日本国籍はく奪 切実な思いを語った元最高裁判事の山浦弁護士

日本記者クラブで行われた前述の記者会見「国籍はく奪~国籍法11条をめぐる問題」で、元最高裁判事で弁護士の山浦善樹氏は「昔は『日本国籍を喪失して日本人としてのアイデンティティーを失ってしまった』という人の話を聞いてもあまりピンとこなかった」といいます。しかし、山浦氏の娘一家に起きた「事件」をきっかけに、同氏は日本の国籍法に疑問に持つようになります。

会見する仲晃生弁護士(左)と山浦善樹弁護士(中央)=2023年3月30日、東京都千代田区の日本記者クラブ、筆者撮影
会見する仲晃生弁護士(左)と山浦善樹弁護士(中央)=2023年3月30日、東京都千代田区の日本記者クラブ、筆者撮影

研究者である山浦弁護士の娘(日本国籍)Aさんは、同じく研究者である米国人(米国籍)の男性Bさんと結婚をしました。Aさんがアメリカで博士課程を修了した後、夫婦はイギリスに渡り研究者生活を続けます。母親であるAさんが日本人であるため、イギリスで生まれた2人の子供にも日本国籍がありました。

海外に長く住むにあたり、どのような資格で現地に滞在するかという在留許可の問題が出てきます。夫婦はイギリスで今後も長い研究生活が続くことが分かっていたため、日本国籍であるAさんはイギリスの永住権をとり、米国籍の夫Bさんはイギリスの国籍を取得しました。子供たちが今後、イギリスで教育を受けることを考え、子供たちは4歳と6歳の時に父親と同様にイギリス国籍を取得しました。

ある日、Aさんは研究で日本に帰国することが決まりました。子供たちを日本に連れて行くために、子供の日本のパスポートをチェックしたところ、期限切れになっていました。ロンドンの日本大使館を訪れ子供たちのパスポートを更新しようとしたところ、Aさんは大使館で衝撃の事実を知らされます。

大使館で「お子さんはイギリスの国籍を取得していますから、お子さんたちは日本の国籍を失っています」と告げられたのです。親が知らないまま子供たちの日本国籍はなくなっていました。このことを山浦善樹弁護士は「孫たちの日本国籍はあっという間になくなってしまった」と表現しています。

ショックに打ちのめされた一家でしたが、Aさんは日本で研究することは決まっていたため、子供たちが法的に日本人でなくなってしまっても、子供たちを日本に連れて行く必要があります。日本国籍を失ってしまった子供たちが日本に滞在するためにはビザが必要です。そこで子供たちのビザ申請の手続きをするためAさんが再びロンドンの日本大使館を訪れると、大使館の職員に「日本の国籍を放棄するという書類に署名しないとビザは出せない」と言われました。つまりビザを発行する条件として「自らの意思で日本の国籍を放棄する」という書類にサインをしなければいけないというわけです。

山浦善樹弁護士は記者会見で「実際には自分の意思で日本の国籍を放棄していないのに、日本政府は何が何でも『その人の意思』にしたいのです。これは詐欺のようなものではないでしょうか」と話しました。

日本政府が主張する「複数国籍の弊害」は「迷信」

日本政府は裁判でも「複数国籍には弊害がある」と主張しています。しかし記者会見で仲晃生弁護士は「国が主張する複数国籍の弊害は、まぼろしであり、迷信の類である」と語気を強めました。そして国が主張する「弊害」の検証結果を報告しました。

たとえば、国は複数国籍を認めた場合に「納税義務の衝突」が生じるとしていますが、納税義務はその人が所得を得ている国で課されるのが一般的であり、国籍はあまり関係ありません。たとえば日本で働いている人であれば、国籍を問わず日本で納税義務があります。外国籍だからといって納税しなくてよい理由にはなりません。ちなみに筆者は日本で「ドイツでも税金を払っているのですか」と聞かれることがありますが、筆者は日本でしか就労していないので、ドイツで納税はしておらず日本のみで納税をしています。

「国籍はく奪条項違憲訴訟」の弁護団は、「仮に生じうるとしても、税金にまつわる衝突(重複)による不利益にどう対処するかは個人の選択の問題。(中略)国が先回りして日本国籍をはく奪して回避すべき問題ではない」としています。

日本政府は複数国籍の弊害として「重婚の発生」も挙げています。しかし重婚はそもそも犯罪です。複数国籍者が単一国籍者よりも重婚をしているという統計はありません。

また日本政府が「単一国籍者が得られない利益を享受する者の発生」を複数国籍の弊害として挙げていることについて、仲弁護士は記者会見で「これは法律論ではなく、単なる感情論」だとバッサリ切り捨てています。

前述のように幼い孫たちが日本国籍を失ってしまったことについて山浦弁護士は「子供に日本国籍があることに一体どんな『弊害』があるというのか」と悔しさをにじませました。

同氏は会見で「本日は弁護士としてではなく(日本国籍を失ってしまった孫の)おじいちゃんという立場で来た」と話し、自らのスピーチを「孫たちのために日本国籍を取り戻す」という言葉で締めくくりました。

山浦善樹弁護士が記した「孫たちのために日本国籍を取り戻す」という言葉を示す司会の澤田克己氏=2023年3月30日、東京都千代田区の日本記者クラブ、筆者撮影
山浦善樹弁護士が記した「孫たちのために日本国籍を取り戻す」という言葉を示す司会の澤田克己氏=2023年3月30日、東京都千代田区の日本記者クラブ、筆者撮影

「日本人の夫婦の子供」も「国籍留保」が必要 届け出期限はたったの3カ月

両親ともに日本人(日本国籍)であっても、たとえば「出生地主義」をとるアメリカで子供が生まれて自動的にアメリカ国籍も得た場合、生まれてから3カ月以内に現地の日本大使館または領事館に「国籍留保の届け出」を出さないと、両親ともに日本人であっても、出生時にさかのぼってその子どもは日本国籍を失ってしまいます。慣れない地で乳児を抱えて生活している人がいたり、居住区が日本大使館や領事館から遠い場所にあったりする人のことを考えると、「3カ月」という期限は短すぎるのではないでしょうか。

また、日本国籍の再取得の道は残されているものの、その際に「日本に生活の拠点」が必要となるため、親の仕事や子供の学業などのことを考えるとハードルが高く、根本的な解決にはなっていないように思います。

筆者は、ノーベル賞受賞者の南部陽一郎さん、中村修二さん、眞鍋淑郎さんのように両親も祖父母も日本人で「日本の血」が流れているのに、海外で就労して現地の国籍を得たばかりに、それらの人を「日本人ではない」と日本国のシステムからいわば「放り出してしまう」ことについて、なぜ日本の愛国者や保守層が怒りの声をあげないのか不思議でなりません。

いわゆる「ハーフ」の人たちの国籍問題とは状況が違うので、「先祖代々日本人の家系の人」から日本国籍を取り上げることについて、愛国者の方々から異を唱える声が聞こえてきてもよさそうなものです。「ご先祖様」「血統」「血筋」といったものを重んじる保守層から「日本人から日本国籍を取り上げるとは何事だ」と怒りの声が上がっても良いと思うのですが…筆者の期待しすぎでしょうか。

サンドラ・ヘフェリンさんが感じる「ハーフ」の生きづらさ 日本とドイツのマルチルーツ視点から

自身の国籍などについても語るサンドラ・ヘフェリンさん