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東京五輪マラソンもカンボジア代表で狙う 猫ひろしにとって「国籍」とは

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猫ひろしさん=東京・渋谷の「ワハハ本舗」事務所で

――東京五輪が、新型コロナウイルスの影響で1年ほど延期されることになってしまいました。

驚きました……。でもこの状況では仕方ないですね。まずはコロナがきちんと収束して、万全な状態でオリンピックが開催されるのを願ってます。そして自分もきちんと変わらず練習してオリンピックで走れるよう、手洗い、うがい、毛づくろいして頑張ります。

――東京五輪でもカンボジア代表を目指すのですか。

はい。自己ベスト(今は2時間27分52秒)を出してアピールしたいんですが、いい感じできていた3月の東京マラソンの一般参加もコロナで中止になってしまって(苦笑)。

カンボジアでは陸上競技で五輪参加標準記録(男子マラソンは2時間11分30秒)に達する選手がいないので、陸上競技全体で男女1人ずつの出場枠を競います。今回はいい成績が出てなくて厳しいけど、残りの大会で頑張ります。

――ところで、国籍を変えるにしても、なぜカンボジアだったのですか。

マラソンは番組の企画で30歳から始めていて、2010年には3時間を切っていました。そのころネットで堀江貴文さんに芸人が相談する番組に出て、どう話題づくりをするかで「外国からマラソンで五輪に出るものいいじゃない」と言われました。

それを聞いて、ぱっと絵が浮かんだんですよ。五輪でアフリカの速い選手たちの中に僕がいて、「猫魂」のTシャツで真顔で走る姿が。芸人なんで面白いかどうかで判断してるんで、「やります!」と言ったんです。

2019年12月の東南アジア競技大会男子マラソンで、「ニャー」のポーズを取りながらスタートした猫ひろしさん(中央)=フィリピン・ニュークラーク、野上英文撮影

それで番組で調べてもらったらカンボジアから男子マラソンに出場していて、当時の1位のタイムが2時間31分。僕が37分まで来ていたので、やろうと決めました。国籍を変えると批判されると思ったけど、自分の足で決めたので。

■ロンドン五輪代表に、でも出られず

――批判されるというのは。

もともとカンボジアのことを知らなくて、ネット番組がきっかけですし、日本出身の僕が出ようとするのをカンボジアの人がどう思うだろうかと。

――ご家族には相談を?

もちろんもちろん。嫁は僕をいつも応援してくれますが、ちょうど子供がおなかにいる時でいろいろ大変だったので、約束事を決めたんです。嫁と子供は日本人のままということと、カンボジアの人に迷惑をかけないよう、正々堂々と五輪代表を勝ち取ると。

カンボジア国籍を取った11年に娘が産まれましたが、日本の建国記念の日でした。運命を感じました(笑)。

――それで12年にロンドン五輪の代表にいったん選ばれますが、その年に国際陸上競技連盟(IAAF)が作ったルールで出られなくなります。

2012年のロンドン五輪に出られなくなり、東京都内で記者会見する猫ひろしさん。手前はカンボジア五輪委員会幹部

国籍を取って1年経たないとその国の五輪代表になれないと。当時は猫が罠に引っかかったと言われました(笑)。

――諦めず次を目指したのですか。

マラソンが国籍も含めて自分を変えたので、そのマラソンを五輪に出られなかったからといってやめるのはすごく変だと思いました。次の五輪に関係なくもっと練習しようと思って続けたらタイムがよくなって、16年のリオ五輪で選ばれました。

――カンボジア代表として走ったマラソンはどうでしたか。

せっかく選んでくれたので、足が折れても完走しようと思いました。ビリから2位でしたが競り勝ってよかった。それで真面目に走ってゴールしたら、あとは自由じゃないですか。競技場で10分ぐらい踊ってたら会場からカンボジアコールが起きて、記者が集まってきて、「メダルに関係なく五輪を盛り上げた3人」として翌日の地元紙に載りました。

リオ五輪男子マラソンにカンボジア代表で出場し、139位でゴールした猫ひろしさん=諫山卓弥撮影

■国籍を変えても、人は変わらない

――カンボジアに戻って反応はどうでしたか。

いつも練習後に行くサウナの従業員に無愛想な若い兄ちゃんがいるんですけど、「オリンピック見たよ。カンボジア人だったんだな。まあ飲め」とペットボトルの水をただでくれました。洗濯屋のおじさんは一日だけ料金をただにしてくれた。そのぐらいですかね(笑)。

カンボジアではサッカーとかキックボクシングは人気だけど、スポーツ全般への関心は高くないように感じます。カンボジアだけではないと思う。テレビが普及してない貧しい国とかね。

――カンボジア代表の1人枠を競った他の陸上選手たちはどうでしたか。

練習している競技場に行くと、みんなに「小さなカンボジアを世界に広めてくれてありがとう」と言われた。五輪に僕が出ると彼らが出られないわけで気になっていましたが、僕が一番練習していたのを見てくれていたんだと思います。

――最近は日本との行き来は。

住んで仕事をするところは基本的に日本で、カンボジアにいるのは大会の前にぐわーっと練習に行ったりして、年に3カ月ぐらいですかね。去年は日本の永住権を取りました。

――ということは、カンボジア人として生きていこうと。

はい……。そこら辺は何か、僕の中で重要じゃないんで。

――五輪出場を果たしたから日本人に戻るということは。

そんなつまらないことは一切言ったことはありません。日本人でなくなって、住んでいても選挙権がなかったり海外に行くビザが取りにくかったりということはありますが、カンボジア人になっていいこともたくさんあります。

20歳ぐらい年下の選手たちと練習できてまた青春が来たみたいですし、日本で活動するカンボジア人の芸人なんて僕にしかない特権ですから。

――では最後に。猫さんにとって国籍ってなんでしょう?

結局、国籍を変えても人は変わらないじゃないですか。カンボジア人になっても僕は僕だし、前から知っている日本の友達も変わらずつき合ってくれる。僕は変わらないっていうのが答えかな。

カンボジア人になって、本当によかったなと思ってます。ニャー。

■朝日新聞社の言論サイト「論座」での藤田編集委員の連載記事「ナショナリズム 日本とは何か」