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吉野家に「拒否」されたミックスルーツの就活生、「勝手に外国籍とされ、ショック」

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採用説明会をめぐり、「外国籍」を理由に学生の参加を拒否して批判を浴びた吉野家(左)と、学生が拒否されたことを明かしたツイート
採用説明会をめぐり、「外国籍」を理由に学生の参加を拒否して批判を浴びた吉野家(左)と、学生が拒否されたことを明かしたツイート

吉野家の会社説明会に参加することを拒否された大学4年の女子学生
吉野家の会社説明会に参加することを拒否された大学4年の女子学生。「単なる炎上で終わらせず、一人ひとりが社会全体の問題として考えてほしい」と語る=5月、小川尭洋撮影

――吉野家から5月1日に、説明会への参加を断るメールが来たのですね。

メールには「外国籍の方の就労ビザの取得が大変難しく、ご縁があり内定となりました場合も、ご入社できない可能性がございます」などと書いてあり、説明会の予約をキャンセルすると一方的に言われました。

私の父親は外国籍で、母親は日本国籍ですが、私自身は生まれた時から日本国籍です。勝手に外国籍だと判断されてしまったので、ショックな気持ちが大きかったです。

就活サイトを通じてエントリーしたのですが、国籍や顔写真を登録する項目はありませんでした。私は姓も名もカタカナなので、それだけで外国籍だと決めつけられたのだと思います。いくつもの会社の説明会に参加してきましたが、こんなことは初めてでした。両親も「差別だ」と、とても怒っていました。

学生が吉野家から受け取ったメール。学生は日本国籍にもかかわらず、一方的に「外国籍」とされた上、説明会に参加することを断られている
学生が吉野家から受け取ったメール。学生は日本国籍にもかかわらず、一方的に「外国籍」とされた上、説明会に参加することを断られている=本人提供

――メールを受け取った2日後に、ツイートして大きな反響がありました。

私の中でとても衝撃的な出来事だったので、「同じ対応をされたのは、自分だけではないかもしれない。他の(ミックスルーツの)人も同じ対応をされたかもしれない」というふうに思い、投稿しようと考えました。(メールが来てから)少し時間は経ってしまったんですけれども、ツイートしようっていうふうに考えました。

ツイートが拡散されると、多くの方々が、私が感じていた以上に「これは差別だ」と怒ってくれたり、同じミックスルーツの子たちが「以前、別の企業で同じ経験をしたことがある」と教えてくれたりしました。

想像以上の反応で驚いています。やっぱり、ミックスルーツの人たちは名前だけで外国籍だと判断されてしまうことも、まだ結構あるのだな、と感じました。

吉野家からのメールを受けて学生がTwitterに投稿した文言。怒りの言葉が並ぶ
吉野家からのメールを受けて学生がTwitterに投稿した文言。怒りの言葉が並ぶ

――その後、吉野家からは謝罪や説明はあったのでしょうか。

ツイートしてから1週間以上経った5月9日に、初めてメールで謝罪の連絡が来ました。
「連絡先の確認に時間を要し、連絡が遅くなった」「参加申し込み情報から参加への確認が必要と思われる方には一報を入れさせて頂くところ、連絡の過程において不備があった」とした上で、謝罪の言葉がありました。

その後、人事部の担当者から電話もかかってきました。話した中身は、ほぼメールと同じでした。別のメールで説明会の案内も来ましたが、参加する予定はありません。謝罪して頂いたことについては良かったとは思います。

――そもそも、今回、なぜ吉野家の説明会にエントリーしようと思ったんですか?

就職活動で、特にどの業種がいいっていうのは自分の中で定めていなくて、多様性やライフワークバランスなどを軸に企業を見ていました。気軽に様々な業種の企業説明会に参加し、自分のやりたいことを見つけていこうと考えていました。

――牛丼の販売戦略について差別発言があったばかりでしたが、どう受け止めていましたか。

確かに発言は酷(ひど)いと感じましたが、逆に、そういった問題があったからこそ、より良いものを目指していこうっていう意識が会社に芽生えるのではないかなと思っていました。

吉野家はよく行く身近なお店でした。国籍関係なく、スキルアップを目指せるような、一体感のある職場のイメージがありました。ホームページでは、多様性を尊重する理念が書いてあって、好印象を持っていました。

その後、多様性を大きく謳(うた)っている一方で、実際はビザの関係で外国籍の人は入社できないどころか説明会も受けさせてもらえないんだと知り、失望したといいますか、すごくショックを受けました。そもそも、国籍を理由に説明会に参加させないことも、おかしいと思います。やっぱり差別や偏見は完全にはなくなってはいないのだなと感じました。

今後の就職先としては、先入観がなく、ミックスルーツの自分でも居づらくないような色んなルーツの方が活躍している会社で働きたいと考えています。

――今後、吉野家に望むことはありますか。

まず一番は、勝手に判断するのではなく、一度しっかり確認の連絡を取っていただけるとうれしかったなっていうのがあります。それだけでも少しは気持ちが変わったので。

吉野家で働いているアルバイトの方にも外国籍の方は数多くいて、色んな人の力で会社が成り立っていると思うので、差別、先入観、偏見がないように、誰でも受け入れられる会社になってほしいなと考えています。

――過去にも、勝手に外国籍だと決めつけられたことはありましたか?

大学生になって一人暮らしするアパートを契約する際も、名前で外国籍だと判断され、はじかれてしまったことがありました。

名前がカタカナであるだけで、国籍は日本だと自分から強く主張しなければ、今回みたいなことが今後また起こってしまうのかなって、考えちゃいますね。日本社会では、名前がカタカナだと、普通に受け入れてもらうことは難しいんだなと実感しています。

――悪意がなかったとしても、ミックスルーツの人々を傷つける言動は多いですよね。

外国人ではないのに「日本語が上手だね」と言われたり、勝手なイメージで「ハーフなのに英語喋(しゃべ)れないの?」と言われたりしたことがありました。最初のうちは嫌だなっていう気持ちがあったんですけれども、結構言われるので、慣れてきてしまいました。

特に「日本語が上手だね」は傷つきますね。相手からしたら、「外国人なのに日本語をすごい勉強してて、日本語うまいね」と、褒めて言って頂いているのだろうなというのは分かるんですけれども……。私は、ずっと日本で生まれて日本で育ってきたのに、「周りから見たら、自分は日本人じゃないのかもしれないな」っていうふうに考えてしまうので、悲しいなって思います。

――どのような世の中であってほしいですか?

今回のような差別は、吉野家だけの問題ではありません。(吉野家HDの社長が株主総会で謝罪したが、)単なる炎上で終わらせず、一人ひとりが社会全体の問題として考えていければ良いなと思います。社会全体で、もっと視野を広くして、多様性を理解してほしいと思います。

日本人の中でも、肌の色や顔のパーツなど、みんな人それぞれ違うと思うので、色々な人がいるということを、頭の中に置いといて頂けるとうれしいなと思います。私自身、ミックスルーツという立場で、小さい頃から、色々な視線を浴びてきたんですけれども、みんながもっと生きやすい世の中になればいいなと考えています。

吉野家、外国籍の事前確認を取りやめへ

吉野家HDは、朝日新聞GLOBE+の取材に対し、子会社「吉野家」の採用説明会への参加を申し込んだ大学生に対し、本人に確認せず外国籍だと判断して参加を断っていたことを事実だと認めたうえで、判断理由については「エントリーいただいた情報から総合的に判断した」と回答した。

また、今後は、説明会の参加希望者が外国籍かどうか事前に確認する方式を取りやめ、再発防止に向け「まずは、グループ全役員に、コンプライアンス研修を実施する」という。

繰り返される「よそ者扱い」

周りから見たら、自分は「日本人」ではないのかもしれない――。

今回インタビューに応じてくれた大学生に限らず、多くのミックスルーツの日本人が、このような苦悩を抱えている。中国の母と日本の父を持つ筆者も、その一人だ。

私自身、周りから「中国で暮らした方が相性良いんじゃない?」「半分は中国製だね」などと言われたことがある。「中国」というルーツを話せば、「よそ者」扱いされることがあるんだなと痛感した。

そして、中高時代の途中からは、ルーツについて自ら進んで語ることはなくなった。自分のアイデンティティーの一部分を押し殺したような罪悪感もあったが、「よそ者」には見られたくないという思いが勝った。

記者になった後は、自らの体験を交えて差別について問題提起する機会が増えた。応援してくれる人もいたが、「気にしすぎじゃないの」「何も言えなくなってしまう」と否定的にとらえる人もいた。

残念ながら、「分かりやすい差別」でなければ、個人の感じ方の問題として片づけられてしまう雰囲気が日本社会には根強い。今回の件は、Twitter上で炎上したことで可視化されたが、ミックスルーツの人々が「よそ者」扱いをされるのは、日常茶飯事に近い。だから、吉野家の炎上という一過性のもので終わらせてはいけない、と感じている。

私もあなたも、知らず知らずのうちに、誰かのアイデンティティーや尊厳を踏んでしまうことがあるかもしれない。大切なのは、踏んでいることを指摘された時、素直にその足をどけ、なぜ踏んでしまったのか考えることだ。そして、同じような状況を見かけたときには、声をかけてみたい。一声かけるだけでも、救われる人がいる。そんな輪が広がっていくことを願っている。(小川尭洋)