女性はアメリカ西海岸に住む黒人の大学生(23)。コスプレイヤーとしても活動し、SNS上で人気を集めていた。
女性が9月6日夜、「新世紀エヴァンゲリオン」の式波・アスカ・ラングレーのコスプレでダンスしている動画をTikTokに投稿したところ、コメント欄に日本人を自称する匿名アカウントが、英語で次のような主張を始めた。
「『カワイイカルチャー』は日本人のものだから、外国人が『カワイイ』という言葉を使ったら、文化の盗用だ。日本人を侮辱し、差別することになるから、『カワイイ』を使うな」
これをきっかけに批判や誹謗中傷するコメントが次々と書き込まれた。
「炎上」状態になっていることに女性が気づいたのは翌朝。大量の通知に驚いた。当時の心境をこう打ち明ける。
「日本文化を悪用する意図はなかったのに、なぜ?と。『マグマの中に飛び込め』などと脅迫のようなコメントもあり、混乱しました」
コメント欄で自分の考えを説明したが、炎上は止まらなかった。間もなくして、TikTokアカウントは凍結された。中傷とともに、大量の「規約違反」が報告されたためとみられる。
TikTokアカウントの凍結後も、ほかのSNS上で攻撃は続いた。精神的に追い込まれ、「日本文化を傷つけてしまい、申し訳ありません」との謝罪文をInstagramに投稿した。
彼女は小さい頃から「セーラームーン」や「あずまんが大王」などの日本アニメに親しみ、大学進学後に趣味と仕事を兼ねる形でコスプレを始めた。
「欠点があってもベストを尽くす(セーラームーンの)月野うさぎから、いつも勇気をもらっていました。そんな個性豊かな『カワイイ』をコスプレで表現することが、楽しくて仕方なかったんです」
「文化の盗用(cultural appropriation)」とは、ある文化圏の宗教や伝統、ファッション、音楽などを別の文化圏の人が敬意や理解を欠いたり、元々の文脈から外れたりした形で流用するケースに使われる言葉だ。特に少数民族のようなマイノリティーの文化が流用されると、論争になることが多い。
例えば、ファッション界では、白人モデルがネイティブアメリカンの羽根飾りを身につけたり、シーク教徒風のターバンを巻いたりするなどして批判された。
アメリカの白人女子高校生がプロム(学年最後に開かれるダンスパーティー)でチャイナドレスを着た写真をSNSに投稿して炎上した。
日本が関係する事例もある。アメリカのモデル、キム・カーダシアンさんが2019年、「KIMONO」という名前で下着ブランドを発表し、日米で批判が巻き起こった。下着として「KIMONO」の商標登録まで出願していたと報じられ、「日本文化である本来の『着物』が誤解されてしまう」との懸念が広がったためだ。最終的にブランド名は変更された。
アメリカの歌手ケイティ・ペリーさんが2013年、着物風の衣装でライブに出演して非難された。着物とチャイナドレスの特徴を部分的に組み合わせたようなデザインだった。
一方で、文化の盗用という概念はあいまいな部分もあり、乱用を懸念する声もある。今回の騒動をめぐり、批判にさらされた黒人のコスプレイヤーを日本人としていち早く擁護した紅林大空(くればやし・はるか)さんはInstagramにアップした動画でこう述べた。
「『Kawaii』は誰でも使うことができる言葉です。国籍も、性別も、年齢も、肌の色も、関係ありません」。そして、「どうか落ち込まないで。あなたの思う『Kawaii』を続けてください。応援しています」
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紅林さんは今回のケースは、文化の盗用とは「全く別の話」と考えている。
「そもそも『カワイイカルチャー』は、国内外の草の根の交流のなかで、育まれてきました。海外での『Kawaii』は、日本語の『可愛い』とは少し違い、『キュート』を超越した形容詞として使われています。今回の『文化の盗用』という主張は的外れで、黒人への言いかがりだと思っています」
紅林さんによると、黒人のコスプレが「文化の盗用」だとして中傷されるケースは、今回が初めてではないという。数年前には、「鬼滅の刃」の禰豆子のコスプレをした黒人女性も、攻撃のターゲットになった。背景には、黒人への根強い偏見や差別がある、と彼女は指摘する。
「黒人を攻撃する材料を探している人がいるんです。『黒人はいつも人種差別に反対しているのに、黒人より少数派の日本人の文化を搾取しているじゃないか』といった具合です」
紅林さんは、より多くのネットユーザーが、そうしたマイノリティーの問題に心を寄せてほしいと、願っている。
「元々、マイノリティーとして偏見にさらされている中で、表舞台に立って発信をするのは、とても勇気のいること。日本国内で言うと、道を歩いていたら『あ、黒人だ』と指さす人がいたり、日常の何げない場面で差別が起きますよね。今回のような誹謗中傷も、最初は小さなことでも、どこからともなく加勢する人が増えていきました。どの国であっても、肌の色や国籍で仲間外れを作ることは、許してはいけません。『カワイイカルチャー』が互いの表現を認め合う平和な文化であり続けるよう、活動し続けたいと思っています」
紅林さんに続く形で、黒人女性のもとには、日本人などから数多くの応援メッセージが寄せられた。女性は次のように感謝の言葉を口にした。
「黒人は、サブカルチャーのコミュニティで称賛されたり、報酬を得たりすることを恥じる場合があります。そうしたなかで、紅林さんや日本の皆さんがサポートしてくれて、救われました。心からありがとうと言いたいです。私は、これからも『カワイイカルチャー』を楽しみ、文化への理解を深めていきたいと思っています」